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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
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乗り継ぎ列車1

「次はあの列車よ!」


 私は駅の案内板を指さして、アシェルを急かす。重いリュックを背負い、発車時間が迫るホームを走り抜ける。


「乗り継ぎばかりで疲れるな……」


 アシェルが息を切らしながらぼやいたけれど、振り返らずに言い返す。


「追手を撒くには仕方ないでしょ。捕まったら元も子もないんだから」


 駅構内の空気は蒸し暑く、人々の話し声とアナウンスが混ざり合って雑音として耳に飛び込んでくる。


 遠くから聞こえる汽笛が、ますます私たちをせき立てるようだ。


「次の列車は……これね」


 私は表示板を見上げ、発車まで数分しかないことを確認する。隣を見ると、アシェルも無言で頷いた。


 列車に飛び乗ると同時に、私たちは空いてるボックス席を探し出し、座席に倒れ込むように腰を下ろす。


「田舎に行くにつれて、空席が目立つようになるのは有難いわね」


「そうだな」


 向かい合う形で腰を下ろしたアシェルが疲れた様子で窓の外を見つめる。


「でも、田舎だから安心ってことはないよね」


 窓の外を眺めながら、ぽつりと呟く。


 列車がゆっくりと動き出し、駅のホームが遠ざかっていく。


(無事に、逃げられた)


 列車が動き出すと、一瞬だけ安堵する気持ちに包まれる。けれど、この安らぎがどれだけ続くかは、まさに神のみぞ知るだ。


「どうだろうな。スペルタッチの普及率を考えれば、どこにいても安心は出来ないが、でも……列車を乗り換える度、時間稼ぎはできてるはずだ」


 アシェルは腕を組み、険しい表情を窓の外に向けている。


 私はそっと、座席に鳥かごを置く。


「お姉様、テミスに会わせてあげるからね」


 返事はない。


 列車の揺れが小刻みに伝わってくる。ポケットからエテルナキューブを取り出し、手のひらにのせて、じっと見つめる。


 光が消えている。淡い青白い輝きも、温かさも、すっかり失われていた。まるでただの無機質な石ころのように冷たくなったそれを、私はそっと手のひらで包む。


(いまは、エーテルが薄い国にいるから反応しないだけだよね)


 自分に言い聞かせる。


 私よりずっと魔道具に詳しい、目の前にいる彼に具体的なことを聞けないでいるのは、決定的なことを言われるのが怖いから。


「……お姉様、お腹すいてない?さっき買ったりんごを食べる?」


 鳥かごの中にいるカラスに尋ねるも、返事はない。それどころか、羽を畳み、目を閉じ、まるで気力を失ったように、ぐったりしている。


「ただの鳥みたいよ、お姉様」


 思わず漏れた声が震えた。


「シャルロッテ」


 不意に名前が呼ばれる。カラスから視線をそらすと、困ったような表情を向けたアシェルと目が合う。


「少し休め。君が倒れたら、それこそどうしようもないからな」


「ありがとう。でも平気よ」


 ニコリと微笑むと、アシェルが静かに制した。


「君の様子と表情は、今の言葉と真逆を示しているようだが」


「え……」


 アシェルが私の目をじっと見つめる。その眼差しに耐えきれず、私は思わず視線をそらした。


「酷なことを言うようだが、君の姉はそもそも半年前に亡くなっている」


 アシェルの言葉に耳を塞ぎたくなる。


「そんなの……わかってるわ」


 自分に言い聞かせるように、呟く。


「わかってるけど、突然消えちゃうのはずるいわ」


 せき止めていた本音があふれ出す。


「普通、物語とかだって、ちゃんと最後のお別れのシーンがあるじゃない。こんな中途半端で、しかも『イナゴだってよだれが出るほど、美味しそうに見えるわ』なんて言葉が、最後に交わした会話の中で一番覚えてる状況なのよ?」


 震える手でキューブを握りしめる。


「イナゴ……流石にそれは君に同情しなくもないが、現実は意外とそういうもんだろ」


 窓の外を向き、淡々と語る彼の顔が窓越しに映る。


「目の前で笑顔を見せる人間がいつ死ぬか。そんなの誰にもわからない。本人にだってわからないし、死にたいと常日頃願っている人間だって、今日死ねるか、明日死ねるか。それは自分でもわからないんだからな」


 少しやつれた顔で告げる彼は、今にも消えそうな脆さをまとっていた。


 昨日の夜、彼は言っていた。


『ずっと自分を殺したいと思っていた』


 そんな告白を聞いたからかも知れない。


(いつ死ぬかなんて、わからない)


 彼が私に伝えたいのは、「だから、今を精一杯生きろ」とは、違う気がした。


(人間なんて、わりと……)


「適当」


 口にして、自分的にはピッタリくると思った。


(だって、姉と交わした最後の言葉で覚えてるのは、イナゴが美味しそうだもの)


 自然とおかしくなってきて、まるで笑いきのこを食べたみたいに笑いが止まらなくなる。

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