クラウディアを取り戻す3
絶体絶命のピンチを前に、新たな人物が横槍を入れてきた。
「オリビア・ドーンズ、ならびにマシュー・ウッド。一体こんなところで何をしてるんだ?」
「その鳥かごはなんだ」
「駅でスリでもしようとしてるんじゃないのか?」
治安官が詐欺師二人に詰め寄る。
「い、いえ、滅相もない」
「そ、そうよ。この子達のカラスを預かっていただけで。ねぇ、そうよね?」
女は私に駆け寄ると、何故かエテルナキューブを私の手に握らせてきた。
(どういうこと?)
首を傾げつつ、これ幸いとエテルナキューブをしっかりポケットにしまい込む。
「さぁ、行きましょう」
女が私の手を掴む。
「いやよ。カラスを返して」
女の手を乱暴に振りほどく。
「ほら、マシュー、返してあげなさいよ」
「そうだな。ほらよ。次からは逃がすんじゃねーぞ」
赤毛の男がアシェルに鳥かごを渡す。
「お、おう」
ぽかんとした表情のアシェルが男から鳥かごを受け取った。
「じゃ、この子達を親の元へ返さないとなので失礼しますわ。マシュー」
「ほら、いくぞ」
男が私とアシェルの背中を乱暴に押す。
(なるほど、私たちにかかっている懸賞金目当てってことね)
閃いた私は、わざとらしく大きな声で二人に告げる。
「いくら私たちに金貨五百枚の懸賞金がかけられているからって、白昼堂々と誘拐しようとするなんて、あなた狂ってるわよ?」
「しかも治安官の前でな」
アシェルが追加で彼らをけなす。
「私が見つけました!」
突如見知らぬ男性が私たちの前に飛び出す。
「嘘をつかないで」
詐欺師の女がぴしゃりと言い放つ。
「いや、俺が」
「いいえ、私が」
「何を言ってる、僕が!!」
「私が」
周囲にいる人たちが次々と、我こそはと名乗りを上げる。
「え、ちょっと」
(この展開は望んでなかったんですけど)
顔を引き攣らせながら後ずさる。
「君が最初に見つけたという証拠はあるのか?」
「そういう君はどうなんだ」
「うるさいわね、私が見つけたのよ!」
詐欺師の女が自分が見つけたと突如主張しだした男の胸を押す。
「やったな!」
よろけた男性は、拳を振り上げた。
「まて、相手は女だぞ」
止めに入った男性の頭に、振り下ろした男性の拳が直撃する。
(うわぁ、痛そう)
目を細めている間に、あたりは突如乱闘騒ぎに発展してしまう。
「金貨五百枚って、人をこんなにも醜くするものなのね」
「まあ、自由競争を通じて国の経済が発展しやすいのが、資本主義社会の良い所だしな」
「なるほど」
よくわからないアシェルの解説に、ひとまず頷いておく。
「カァー!!」
姉が一際大きく鳴く声で、私はハッとする。
「アシェル、チャンスよ」
「確かに」
二人でくるりと振り返る。すると目の前に恰幅の良い治安官が、ヌッと行く手を阻むように現れた。
「アシェル・コンラッド様、シャルロッテ・ルグウィン様。ご家族が心配されています」
口ひげを生やした治安官は、帽子を頭から取って、私たちに丁寧に頭を下げる。
(全く、次から次へと、休む暇がないわね)
あり得ないことの連続に苦笑する。
「皆さん、随分と手際がいいんですね」
「当然です。ルミナリウムと我が国の陛下同士を通じて命が下された、特別捜索願いですから」
(なるほど、そういうこと)
私は深いため息をつく。
視界の隅で、詐欺師の男と女が治安官に取り囲まれているのが見える。二人の表情が急激に曇っていく様は、「ざまあみろ」と心がスカッとした。
(でもここで、諦めるわけにはいかないわ)
私は金貨の袋を振りかざし、周囲の注意を引きつけた。
「お金ならここにあるわ」
袋の中に手を入れ、思い切りばらまいた。宙を舞った金貨が散らばり、地面にキラキラと光る円が広がる。それを見て群衆がざわめき、治安官たちの注意もそちらに向く。
「こっちだ!」
アシェルが即座に察し、私の腕を掴む。二人で人混みの間をすり抜け、ホームに降りる。
「待て!」
後ろから男たちの怒号が聞こえるが、私は振り返らず、列車の間を全力で走った。
始発となるホームには、多くの列車が停車中だ。
「アシェル、あれにしよう!」
扉が、今まさに閉まりかけている列車を発見し、彼に告げる。
「飛び乗れ!」
アシェルが叫び、私たちはほぼ同時に列車の扉へ飛び込んだ。背後で扉が音を立てて閉まり、私たちは息を切らしながらその場に倒れ込む。列車はガタンと揺れ、動き出す。
「お姉様は……?」
私はアシェルの手元を確認した。彼は鳥かごをしっかりと抱えており、中で姉が興奮したように羽を広げて騒いでいた。
「間に合った」
床に座り込むアシェルがほっとした表情を見せる。
「やったわね」
私は彼と目を合わせ、自然と笑みがこぼれた。
列車が動き出し、ホームが遠ざかっていく。怒り狂った男たちの姿が窓越しに小さくなるのを見て、私は初めて深く息を吐いた。
「この列車はどこへ行くんだろうな」
アシェルが少し疲れた笑顔を私に向けた。
「どこだって関係ないわ。行き先なんて、私たちで自由に決めていいんだから」
私は前を向き、列車の揺れに身を任せたのだった。