クラウディアを取り戻す2
「来た」
アシェルが目で示した方向に視線を向けると、昨日地図を広げて私に話しかけてきた赤髪の男が人混みに紛れて、姿を現した。
「昨日とは随分、雰囲気が違うわ」
昨日は、頭にカンカン帽を被り、リネンシャツにベージュのベストにパンツという、典型的な観光客の見た目だったはずの男。それが今は、痩せた体躯にボロボロの上着を羽織り、擦り切れた帽子を目深にかぶっている。
(もじゃもじゃなヒゲもないわ!)
まさか付け髭だったとはと、男を睨みつける。
男が帽子から覗かせる目は鋭く、ホームにある時計塔の前にいる私たちに、値踏みするような視線を向けていた。
「昨日ぶりだな。ずいぶんとまた、一日で様子が変わったもんだ」
流石に昨日顔を突き合わせたばかりの彼を誤魔化すことは、難しいようだ。
男は私とアシェルを交互に見ながら、ニヤリと笑う。
「誰のせいだと思ってるのよ」
私は腕組みし、ふんと鼻を鳴らす。
「カラスはどこだ」
アシェルが低い声で男に問いかけた。
「ふふ、これのことかしら?」
人混みの中から、青みを帯びた明るい緑色のサマードレスを纏う女が現れた。女は笑顔で私から盗んだ鳥かごを掲げる。
「昨日飛行船に乗ってた人だわ。ホクロがないけど、あれも変装だったのね」
「やっぱりグルだったようだな」
アシェルと小声で会話し、私は女を睨む。
「今頃気付くなんて、ほんと馬鹿な子たちね」
女は、私たちをバカにしたように笑う。
「カァー!!」
姉が興奮したように、鳥かごの中でチョンチョンと飛び跳ねた。
「え」
(お姉様の羽が発光してないわ)
最悪の事態を予測し、青ざめる。
「ちょっと、この子に何をしたのよ、何で羽が光ってないのよ!!」
思わず女性の持つ鳥かごに駆け寄る。しかし鳥かごは、ひょいと女から男の手に渡ってしまう。
「私たちは何もしていないわ。このカラスが今朝、これを吐き出した途端、光らなくなっちゃったのよ」
女が指でつまむのは、立方体になったガラスの小箱――エテルナキューブだ。ただし、本来姉の魂を入れた箱は青く光っているはずなのに、今は光を失って黒ずんで見える。
(お姉様の魂が消えてしまったってこと?)
まだ聞きたいことは沢山あるのにと、悔しくて唇を噛む。
「シャルロッテ」
名前を呼ばれ、アシェルに顔を向けると、気遣わしげな表情をしていた。彼の表情から、自分の予測が正しいのだと気付き、さらに落ち込む気持ちになる。
(でも私は、悲しみを怒りに変えるのが特技だもの)
許さない、と女を睨みつける。
「指示された金額はここにあるわ。だから姉……カラスとそれを今すぐ返して」
先ほど銀行で下ろしたばかりの金貨が入った袋を、顔の前にぶら下げる。
女はエテルナキューブを指で弄びながら、意味ありげな笑みを浮かべた。
「賢い選択ね。もちろん返すわよ」
彼女は声に嘲りを含ませながら、男の持つ鳥かごに顔を向ける。
「と思っていたのだけれど、私はあなた達の正体を知っているわ」
「取引する気がないなら、話は終わりだ」
アシェルが鋭い声で言い放つ。
「あら、あら、気が短い男は嫌われるわよ」
女はその場で鼻を鳴らし、赤髪の男の方へ振り返った。
「ねえ、あんた。この子たち、かなりの掘り出し物なんでしょう?」
「そうだな」
赤髪の男は口元を歪めて笑う。
「どうやらお前らは、金のなる木らしい」
「何よ、それ」
男はスペルタッチを取り出して画面をこちらに向けた。そこには、私とアシェルの名前と顔写真が載ったニュース記事が表示されている。
『ルミナリウム王国侯爵令嬢、令息が行方不明に。関係者は情報提供を』
(やだ、朝見た記事とは違うわ)
どうやら、予想通り物凄い勢いで拡散されているようだ。
「俺らは親切だからな。君らを無事に親御さんに届けてあげようと思ってね」
厭らしく口元を歪ませる男が一歩私たちに近づく。
「卑怯ね!」
怒鳴ると、男は肩をすくめた。
「いやいや、ただのビジネスだよ。手のかかる子どもを持つ親を不憫に思ってね」
男はわざとらしく肩を竦める。その横で緑のドレスの女がニヤリと笑う。
「カァー!」
姉が苛立たしげに鳴く。
「交渉は決裂だな。時間の無駄だ」
時計をチラリと確認したアシェルが一歩前に出る。
「ふふ、大人しくしていた方がいいわ」
女が意地の悪そうな笑みを浮かべる。
「こんな所で騒ぎを起こせば、あっという間に治安官が来るでしょうから」
「そうだとも!!」
新しい声が割って入る。振り返ると、制服姿の男性が二人、私たちの後ろに立っていた。
(まずい……完全に挟まれた)
人混みの中から、次々と制服姿の人々が姿を現す。その様子に何事かと、さらに人が集まってきた。
「アシェル、今魔法を使ったらまずくない?」
私は一歩彼に近づき、囁く。
当初の予定では、お金とカラスを交換した後、魔法で詐欺師を威嚇。奴らが怯んだ隙にテミスがいるとされる、ジョディアに向けて出発する列車に飛び乗り難を逃れる予定だった。
(でもまさか、こんな大騒ぎになるなんて)
詐欺師と治安官に挟まれた私たちを取り囲むように、多くの人が集まってしまった。
しかも、誰も彼もがスペルタッチを取り出し、「そうなのか?」「違うだろう」「似ている」「金貨五百枚」など、不穏な言葉を囁いている。
「どうしよう」
手にした金貨の袋をポケットにしまい込みながら、アシェルにたずねる。
「ふむ」
彼が顎に指を添えた。
「カァー!!!」
姉が一際大きく鳴き、羽をバタつかせる。