クラウディアを取り戻す1
陽光が差し込むターミナル駅のコンコースには、見上げるほど高い天井に大きな大陸地図が描かれていた。中央にはオパール製の時計が美しく輝き、正しく時を刻んでいる。
ギフトショップや飲食店などが並ぶコンコース内は、大きな荷物を改札内に運ぶポーターや、お土産を購入する観光客などで賑わっていた。
そんな中、私とアシェルは路線図が書かれた看板を堂々と眺めているところだ。
(変身魔法って、偉大ね)
私は看板に反射して映る自分を眺める。ハンチング帽からはみ出た髪の毛は黒髪で、目の色もの若草色から綺麗な空色に変化している。
(髪と目と、それから服装を変えるだけでも、人は簡単に騙されるのね)
移動するために多くの人が訪れる駅のコンコースにいて、誰も自分が懸賞金をかけられた侯爵家の娘だと気付かないという事実に顔がニヤける。
(あ、いい香りがする)
振り返ると、売店のカウンターにいる女性と目が合った。
「そこの少年。キャメロン王国名物、ホットドッグはいかが?」
売店の女性が、愛想よく声をかけてくる。私は小さく首を振って前を向く。なぜなら、ここにいる理由は観光なんて優雅なものではないからだ。
(絶対、お姉様を救出するんだから)
グッと胸の前で拳を握り、真面目な顔で路線図を眺めるアシェルの横顔に問いかける。
「ねぇ、いま売店の人、私のことを少年って言ったよね?」
「ん?ごめん。聞いてなかった。大陸鉄道の改札は……あ、あっちだ。行くぞ」
アシェルが直角に右に回り、スタスタと歩きだす。
「あ、待って」
私は小走りで彼の隣に並ぶ。
「本当に、このターミナル駅で待ち合わせって言うのは、間違いないんだよね?」
アシェルに小声で確認する。
「詐欺師が送ってきた内容が正しいなら」
アシェルは普段と変わらない冷静な表情で、周囲に気を配りながら答える。けれど、彼の手が無意識にポケットを掴む仕草を見て、緊張しているのが分かった。
「大丈夫よ、野宿だって出来たし、さっきだって逃げられたし、見た目を変えてるから誰も気付かないし、何より私たちは最強の魔法使いだもの」
思いつく限り、自分たちに有利な情報を敢えて口にする。
(お姉様を取り戻して、テミスに会って、遺跡を観光するんだから)
駅の壁に貼ってある「歴史を歩む冒険へ」とキャッチフレーズが添えられている、遺跡観光をオススメするポスターに目を向ける。
風化した石造りのアーチや柱が夕陽に染まり、黄金色の光が遺跡全体を柔らかく包んでいる。背後には深い緑の密林が広がり、絡みつく蔦が遺跡の一部を覆い尽くしていた。空には鳥が群れをなし、静かな時間の流れを感じさせる雰囲気抜群なポスターだ。
(お姉様とアシェルと三人で、のんびり夕陽を眺めながら、かつてそこにいた人たちの営みに思いを馳せる……素敵だわ)
次から次へとトラブル続きの自分に足りないのは、安らぐ時間だと思わずポスターに見惚れ、足を止める。
「おい、行くぞ」
容赦なくアシェルの声が飛んでくる。
「はい、隊長」
少しだけ後ろ髪引かれながらも、私はアシェルのあとを追って、構内を進んだ。