表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
110/167

この顔にピンときたら1

 野宿明けの朝。街に戻ってきた私たちは、カフェのテーブルに並べられたいちごジャムがたっぷり乗ったトーストと紅茶を前に、現代人らしくスマートな魔導端末――スペルタッチの画面を優雅に眺めていた。


「宿はどこにしようかしら。できたらお金を払えば、早めにチェックインできるホテルがいいわよね」


 アシェルもまた、現代文明の象徴であるスペルタッチの画面を見つめつつ、無言でコーヒーを飲んでいる。その表情はどこか疲れたようでもあり、昨日の野宿が案外堪えたのだろうと私は勝手に解釈する。


「あとは一応、銀行で現金も下ろしておいた方がいいかも知れないわ。博物館とか、遺跡の入場チケットとかはいいとしても、地元の隠れ家的なお店は、スペルタッチ決済ができるかわからないし」


 不安を隠すため、観光客気分を演じる私は、優雅に紅茶を啜る。


「ああ、文明って素晴らしいわ」


「まずいことになった」


 アシェルがこれ以上ないくらい眉間にシワを寄せ、低い声で告げる。


「どうしたの?」


 彼は何も言わず、不機嫌そうな表情のまま、スペルタッチの画面を私の方に向けた。


 そこには見慣れた顔――私とアシェルの写真が映し出されていた。しかも、『この顔にピンときたら、大金ゲットのチャンス!!』という、ふざけた文字と共に。


「ちょっとこれ、学生証の写真じゃない」


 彼からスペルタッチをひったくる。


「……そこはどうでもいいだろう」


 ことの重大さを理解していない彼を睨む。


「どうでも良くないわ。この写真撮影の三日前、月一恒例となってる『反抗デー』で、クロエと夜ふかししながら、ホラー映画を見て、ポップコーンとピーナッツチョコレートをたらふく食べたら、ニキビができちゃったの。ほら見てよここ。私の鼻の横に小さなニキビがあるでしょ?」


 画面に映る画像を拡大し、「やっぱり隠しきれてない」と絶望的な気持ちで机に伏せる。


「すまない。今は呑気な君に構っている暇はない。これを見てくれ」


 アシェルが私の手から、スペルタッチを奪い去る。


「なによ。ニキビより大事なものなんてあるわけ……」


 彼に突きつけられた画面を見て、言葉を失う。


『ルミナリウム王国、コンラッド侯爵令息とルグウィン侯爵令嬢が揃って行方不明に!!家族が懸賞金付きの緊急捜索を要請!!』


 大きな見出しに続く記事には、私たちの名前と特徴、さらには私たちが最後に目撃された場所が、ルミナリウム王国の飛行船乗り場だと明記されていた。


 さらに記事は続く。


『両家とも口を揃えて「身代金目的の誘拐」である可能性が高いと発表しており、王国もこの件について、全面的に支援する方針です。また、二人を無事に発見した者には賞金が支払われるとのことで、それぞれに金貨五百枚という破格の金額が提示されています』


 記事に目を通し終え、首を傾げる。


「金貨五百枚って妥当なのかしら?」


「君は本当に箱入り娘なんだな」


「そうね。こうなるまでお金の価値について考えたことなんてなかったわ」


 事実なので、あっさり認めておく。するとアシェルは、わざとらしくため息をついた。


「いいか、医師や弁護士といった中流家庭で、年収三百金貨が平均だと言われている。つまり、僕と君。それぞれに金貨五百枚の懸賞金は、庶民からすれば破格の値段だ」


「そう」


(ならまぁ、そこは怒りポイントじゃないわね)


 私は記事の下についたコメント欄に目を通す。


「早く見つかるといいですね」

「若い令嬢が危険に晒されるなんて」

「前途多望な若者を二人も誘拐するだなんてけしからん」

「コンラッド家のアシェル様の顔を初めて見たけど、整った顔をしていますね」


 表向きは善意のコメントが並ぶ一方で。


「放蕩娘が駆け落ちか?」

「クラウディア様が亡くなって、次はシャルロッテ様もとなると、ルグウィン侯爵家は、呪われているんじゃないか?」

「この二人の関係は、恋人同士なのか?」


 明らかに好奇の声の方が大きかった。


「なんでアシェルだけ褒められてるのよ」


 一番目についたコメントを睨む。


「それに、こんな記事が出たら、ますます私の婚期が遅くなるし、どんな顔して戻ればいいのよ」


 何も考えずに出た言葉にハッとする。


(やだ、無意識で私はルミナリウムに帰ること前提で話していたわ。でもエーテル健康問題もあるし)


 帰りたくないけれど、ずっとキャメロン王国にいる訳にはいかないからと、自分に弁解する。


「むしろ、この記事のお陰で、家に戻らないための明らかな口実ができたとも言えるけどな」


 アシェルはいつも通り冷静に見える。けれど、声のトーンはどこか硬い。


「だめよ。エーテル健康問題もあるし、一人で生きて行くには何か仕事を探す必要があるわ。私は共通語しか喋れないし、ここで職を探すのは難しいと思う。だからいつかはルミナリウム王国に戻らないと」


「内容を選ばなければ、仕事なんてどこでもできる。君だけ戻ればいいさ……と言いたいところだが」


「何か問題が?」


(今度はなによ)


 次々と降りかかる問題にげんなりする。


「ネットニュースになった時点で、僕らの情報は、全世界に拡散されたも同然だ」


「そうね。魔導ネットワークに一度でも掲載された情報は、国の垣根を軽々越えるでしょうね」


(だって魔導ネットワークのキャッチコピーは、世界を一つにするだもの)


 会ったこともない、見知らぬ人と気軽にコミニュケーションできる。


 人間が人生で知り合う人の数を、一気に増やすことができる新しいツール。


 それが魔導ネットワークだ。


 ただ、今回ばかりはそれを心から喜べない。


「金貨五百枚ってことは、みんなが私たちを探すってことよね?」


「ああ。この世界で僕らにとって安全な場所は、もはや、魔導ネットワークが整備されていない場所だけということになる」


「そんな場所、あるわけないじゃない」


「そうだな。とは言え、捕まりたくなければ人で溢れるこの街に、長居することは得策ではないだろう」


 アシェルが周囲に目を配り始めた。言われてみれば、確かに店内のざわめきが変わってきたように思える。スペルタッチを持つ人の多くが、私たちに獲物のような視線を向けている気がしてきた。


(落ち着け私。流石に全ての人があの記事に目を通した訳じゃないわ)


 目を閉じ、紅茶カップを揺らし、甘い香りを嗅いで心を落ち着ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ