親友クロエとルシュ
午前最後の授業とあって、空腹の限界を迎えている上に、つい睡魔が襲いかかる座学となる『霊魂の力学』の授業を終えた。
次はお待ちかねのランチタイム。いち早く食堂の良い席を確保せねばと、雪崩のように廊下に向かう人の波から脱出し、廊下にでる。
人混みを避けるように廊下の端に寄り、復帰一日目の午前中を無事過ごせたことに安堵する気持ちと、眠気覚ましの意味を込め、胸いっぱい空気を吸い込む。
「ロッテ」
背後から私を愛称で呼ぶ声がした。
振り向けば、私と同じアーク寮に所属する友人の姿が。
人懐っこい笑みを浮かべて大きく手を振っているのは、クロエだ。
久しぶりに顔を合わせた親友の登場に、私の頬は自然と綻ぶ。
「今日から復帰するなんて知らなかったんだけど」
「え、そうだっけ?」
首を傾げる私に向かって、三つ編みを揺らしながら彼女が駆け寄ってきた。
「それに、その髪の毛。随分思い切ったよね」
クロエの視線が、私の髪を見つめて止まる。
「あー、なんとなく気分を変えようと思って」
肩下すれすれで切り揃えた毛先に触れる。
『ロッテのプラチナブロンドの髪って、絹みたいに滑らかで、羨ましいわ』
まだ姉との関係を拗らせる前、彼女は羨ましそうに私の髪を撫でることがあった。
捻くれた性格を自称する私は、姉が羨むほどなら伸ばしておこうと、今まで長いまま、頑なに切ろうとしなかった。
けれど、ふと鏡に映る自分の姿を見て思った。
もう褒めてくれる人はいないし、見せびらかす相手もいないのだと。
だから、思い切って切る事にした。
「……似合わない?」
恐る恐るたずねる。
「前より今の方が、似合ってる。すごい可愛いよ」
親友に褒められ、ホッと肩の力が抜けた。
「それで、えっと。クラウディア様のこと、本当に残念だったわ」
彼女がハグをしてきたので「ありがとう」と抱きしめ返す。
クロエ・フレーベルは、丸みを帯びた眼鏡のフレームと相まって、どこか知的で落ち着いた雰囲気を纏う子だ。甘くて美味しいチョコレートみたいな色をした髪色をしており、緩やかに左右に編み込んだ髪型がよく似合っている。彼女の瞳は、茶色と緑の中間色のような、複雑で美しいヘーゼル色。光の加減によって、様々な色合いに変化するその瞳は、彼女のチャームポイントの一つだ。
そんな彼女の実家は、ルミナリウム王国を代表する貿易商の一つ、フレーベル商会。
貴族と商会の子。外の世界ではなかなか交わる機会に恵まれない関係である私たちは、ケンフォード魔法学校で出会い、親友になった。
きっかけは、特段めずらしいものではなく、一年次に履修した授業でペアを組むことが多かったから。
(それにしても、母に続いてクロエまで)
最近誰かにハグされることが多いなと思いながら、彼女から身を剥がす。
「思ったより、元気そうじゃん」
眠そうに欠伸を噛み殺しているルシュに声をかけられた。
幼馴染で、もはや腐れ縁だと言える彼は、どこか中性的な魅力を持つ少年だ。
青みがかった黒髪は、軽く癖のあるミディアムレイヤーにカットされており、前髪が少し長めで、その繊細な表情を隠すようにいつも垂らしている。髪の毛の隙間から覗く瞳は、吸い込まれそうなほど澄んだ青身を帯びたグレーで、とてもキレイだ。耳にはいくつかのピアスがきらりと光り、少し尖った印象を与える人だ。
周囲と一定の距離を保ちながらも、人の目を引く存在感を放つルシュは、我が家と同じ派閥で、家族仲も良好なプラネルト伯爵家の次男だ。
幼い頃から顔見知りである彼と私は、自分たちには生きづらい貴族社会を共に手を取り助け合おうと、密かに同盟を結んでいる。
具体的には、貴族同士の集まりに参加させられた時にダンスの相手になってもらうとか、親に内緒でこっそり城下に遊びに行く時に、体の良い理由の一つにさせてもらったりとか、そういう類のことだけど。
「まぁ、ロッテのことだから、心配してなかったけど」
悪ぶって、ニヤリと口元を歪めるルシュ。
「もっと心配してくれても良かったのに。何なら、遊びに来てくれるの待ってたんだけど」
「あいにく喪中の家に、遊びに行けるほど肝っ玉は据わってないし」
ルシュは、顎で廊下の先を示し「元気なら昼メシ食おうぜ」と告げる。
「そうよ。例の件について根掘り葉掘り聞かなくちゃだし」
クロエがにやりと笑みを浮かべる。
彼女の言う例の件とは、姉を死に至らせた原因を探るための方法のこと。どこを探しても姉の死に繋がるものを発見できなかった私は、新たな方法で探ることを思い付いたのだ。
しかも公にできない、秘密の方法で。
何にせよ、二人には姉の死を調べるとだけしか伝えていない。手を借りる羽目になるかもだし、詳しく説明しておく必要がある。
「私もちょうど、二人の意見を聞きたいと思ってたところだったの」
「じゃ、行こうぜ」
歩き出したルシュの横にクロエと並び、食堂に向かう。