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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
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はじめての野宿2

 アシェルが手際よく起こしてくれた火を眺め、ふと数週間前のことを思い出す。


「サマーキャンプって、あんなに怖がって参加したけどさ、全然サバイバルじゃなかったね」


 寝る場所も食べる場所も提供され、スタッフが用意してくれたアクティビティに参加するだけ。何でも自分でやらなくてはならない今の状況の方が、よっぽどサバイバルだ。


「あの経験がなければ、今頃僕もパニックになっていたかも知れない」


 アシェルが本音をボソリと漏らす。


「それに自分のペースで動ける場合、こういった野宿も悪くない気がしてきた」


 驚きの発言が彼から飛び出した。


(キャンプに対して、あんなに拒否反応を示してたのに)


 実のところ、私より彼のほうが自然に対する適応能力が高いのかも知れない。


「ま、熊には襲われたくはないけどな」


「確かに。魔法が使えなかったら、あれはまずかったよね」


 熊と対峙した時の恐怖を思い出し、身震いする。


「でもラスティンがどうにかしただろ」


「流石に一人じゃ無理だったわ」


「魔法も使えないのに、一人で立ち向かおうとする勇気はすごかったけどな」


「確かに。ソフィーなんてラスティン様の勇姿に、完全に乙女モードに入っていたもの」


 炎を見つめながら、終始可愛らしかった友人を思い出す。


「……ラスティンとソフィーは、今頃何をしているのかしら」


 何気なく呟いた言葉なのに、寂しさが滲み出ていることに気付く。


「最悪、彼らに連絡を取り、助けを求めるという手段もある」


 焚き火の炎がゆらめく中、アシェルはリュックから取り出した缶詰を開け、小さな鍋に移し替えながら続ける。


「ただ、その場合二人に迷惑をかけることになるだろうし、親に連絡が行く可能性もある」


 黙って、彼が作業する様子を見守る。


「君がもし、この状況に耐えられそうにないなら、遠慮せず二人に助けを求めよう」


「アシェル的にはどうしたいの?」


「それは卑怯な質問だな。でも」


 彼は鍋を火にかけながら続ける。


「僕はまだ、やれる気がする」


 きっぱり告げた彼の前向きな声が、私の心に直撃する。


「私も、まだやれるわ」


 彼の言葉に背中を押されて、挫けている場合じゃないと気付く。


「ならば、彼らにコンタクトを取るのはやめておこう」


「そうだね」


 話が途切れ、私たちはしばし無言で炎を見つめる。


(お姉様、大丈夫かな)


 アシェルには怖くて聞けなかったけれど、エーテルが薄いということは、漂うエーテルを取り込み作動しているエテルナキューブの効果も弱まるはずだ。


(もしエテルナキューブがその動きを止めたら)


 最悪の場合、エテルナキューブに保存された姉の記憶の痕跡……つまり、魂の欠片は空気に混じり、溶けてなくなるかも知れない。


(そうなったら、お姉様は完全にいなくなっちゃうわ。そんなの嫌よ)


 ギュッと唇を結ぶ。


 姉が死んだ。それを喜んでいたはずの私は、いつの間にか姉に傍にいて欲しいと思い始めている。そのことを嫌でも自覚して、私は動揺する。


「シャルロッテ」


 アシェルが私の名を呼ぶ。


「ん?」


 炎から目を逸らし、アシェルに顔を向ける。


「シャルロッテお嬢様、記念すべき、野宿を祝うディナーがご用意できました」


 茶目っ気たっぷりな笑顔で、アシェルが私に金属製のカップを差し出す。


 今までで、一番あり得ない彼の態度に、思わず笑ってしまう。


「ありがとう。あなたの仕事ぶりには、目を瞠るものがあるわ」


 アシェルの冗談にのって、差し出された金属製のカップを恭しく受け取る。すぐに温かな重みが手に伝わってきた。


 今までなら、こんな簡素な食事を前に顔をしかめていたかもしれない。


(でも今は違うわ)


 温かい食事にありつけることが、どれだけ贅沢なことか分かる。


「考えてみれば、親に頼らず自分の足で立とうとしているのは、私たちが初めてじゃないわよね」


 カップに入ったトマトスープらしきものを、冷ましながら話を続ける。


「キャメロン王国の人だって、便利で万能な魔法がなくても、こうして文明を築けているわ。だから侯爵家の後ろ盾がなくても、私だって生きていけるはずよ」


「なるほど」


 私とお揃いの金属製のカップを持ったアシェルが、隣で腰を落ち着けながら小さく笑う。


「今のは、良い例えだ」


「それに、魔法が使えなくたって、私たちなりの武器があるはず」


「ほう?」


「アシェルは優秀な頭脳と冷静な判断ができる。私は、そうね……」


 自分の強みを考え、言葉が続かない。


「私も、できることを見つけていかないとね」


 思いつかなかったため、私の強みについては先延ばしにする。


「君は十分やってるよ」


「えっ?」


「さっきの服の交渉とか、見事だったじゃないか」


 思いがけない言葉に、私は少し照れくさくなる。でも、嬉しかった。


「謙遜する必要はないさ。君の機転の効いた判断には何度も助けられているし。ノーテンキな所にも救われている」


「どうしたの?褒めても最高級スープはあげないわよ」


 コップを彼から庇うように遠ざける。そんな私に彼は穏やかな笑みを返してきた。


「実のところ、君に図書館で声をかけられる前に比べて、今の僕は、殺したい気持ちを手放せている」


「え」


「生まれてからずっと、最低な家族に最低な社会。最低な毎日の繰り返しだった。でも、今はそうは思わない。最高とまではいかないが、それでも『殺したいリスト』に、新たな僕を書き込まずに済んでいる」


 さらりと告げられた不吉な言葉に、ぽかんとしてしまう。

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