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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
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はじめての野宿1

 軍用品払い下げグッズを売るアーミーショップの露天で、あれこれ購入したアシェルから、「君の分」とカーキ色のリュックサックを受け取った時、私はその重さに少し驚いた。


 薄汚れたキャンバス地のリュックサックの中には、簡素な寝袋と粗末な毛布、それに水筒が二つと、金属製のカップが一つ。それから簡易食料が入っている。


(ずしりと感じる肩の重みは、この旅路で背負うべき覚悟の重さだわ)


 私ははっきりと、それを自覚させられた。


 アシェルが背負うリュックには、その他にも携帯用のコンロ、固形燃料、小さな鍋にスペルタッチの充電器など、私が把握しきれていないものが沢山詰め込んであるようだ。


 正直、森での野宿なんて経験したことはなかったけれど、今の私たちには他に選択肢なんてないのだから仕方がない。


 市場を出て森の入り口にたどり着くと、夜の冷たい空気が一層肌に染みる。木々がざわめき、どこか不安な気持ちにさせる。でも、足を止めるわけにはいかない。


「流石に疲れたな。とりあえず、寝床を確保できる場所を探そう」


 アシェルの言葉に頷き、私はその背中を追う。


 しばらく進むと、木々の隙間から月明かりが差し込み、少しだけ視界が明るくなった。小さな空き地に出た私たちは、そこで一夜を過ごすことに決めた。


「まず、焚き火を起こすべきね。火があれば、動物避けにもなるはずだから」


 善は急げとばかり、足元の小枝を拾い集める。


「君はこういうことに慣れてるのか?」


 アシェルが少し意外そうな顔をする。


「引きこもりが趣味な私が慣れてるわけないでしょ。でも、火の必要性くらい分かるわよ」


「なるほどな」


 彼は笑いながら、私を手伝い始めた。彼の手際は意外と良くて、あっという間に枝が小山のように積み上がった。


「じゃ、私が魔法で火をつけるわ」


 実力を見せつけてやると、指先にエーテルを集める。ところが、いざ炎を召喚する魔法陣を描き、火をつけようとすると上手くいかなかった。


「あれ?」


 魔法陣を完成させても微弱な光が出るだけ。魔法陣から炎が立ち上がる様子が全くない。


 それどころか、数回程度魔法陣を完成させただけで、まるでマラソンを走った後のように倦怠感に襲われ、息切れまでしてきた。


「ど、どうしてなんだろう」


 肩で息をしながら、初歩的な魔法すら扱えなくなっている自分に驚き、指先を見つめる。


「ルミナリウム王国と違い、キャメロン王国はエーテルの流れが弱いからな」


 アーミーショップで購入したサバイバルナイフで枝を細かく削りながら、アシェルが告げる。


「でも、短剣には魔法がかけられていたじゃない。スペルタッチだって使えてるわ」


「短剣は微弱なエーテルに反応する魔法陣をかけた魔石が組み込まれているから。スペルタッチは、情報をエーテル回路に送受信する中継塔があるから使えているんだろう。中継塔には、高出力魔導石が設置されてるって話だし」


「……なるほど」


 彼の座る丸太の横に、よろよろと腰を下ろす。


「鍛冶屋の店員の話によると、エーテルの恩恵を受けにくい地域だからこそ、それを補うための魔法陣を独自で開発した歴史があるそうだ」


「そうなんだ」


「ただ、努力はしたものの、エーテルが少ない地域で魔法の恩恵に授かるのは難しいという結論に達したそうだ」


 どうやらアシェルは、魔法に頼るつもりはないらしい。アーミーショップで店員さんに一押しされた、ファイヤースターターという、マグネシウムを使った火打ち石を取り出した。


「でもさ、エーテルが少ないって、健康に支障をきたりしたりしないのかな」


 素朴な質問をする私の脳裏をよぎるのは、『生命と自然』の授業で教わったこと。


『人間が体内に保持しているエーテルは、生命を維持するのに必要不可欠です。エーテルが極端に減少した場合、倦怠感、集中力の低下、体温調節の不具合といった症状が現れることがあります。ただし、通常はこうした症状が現れる前に自然回復するため、日常生活に支障が出るケースは稀です』


 つまり漂うエーテル量が少ないキャメロン王国民は、常にエーテル不足な状態だと言える。


「心配ない。エーテルまみれな環境で暮らす僕らと違い、キャメロン王国民は、昔からエーテルが薄い環境で暮らしている。だから、エーテルによって健康が左右されない身体の作りになっているはずだ」


 アシェルは説明しながら準備した火口に向かい、マグネシウムでできた棒を平たい棒でこする。すると、灰色の粉がパラパラと火口に落ちた。


「そもそも体内のエーテル量が少ないから、彼らは魔法が扱えないわけだしな」


「逆を言えば、魔法を扱える私たちは、キャメロン王国にいると具合が悪くなるってこと?」


 数回魔法陣を描いただけで、息切れした状況を思い出し、不安になる。


「魔法を酷使しすぎると、エーテルが完全に枯渇して『魔力衰弱』と呼ばれる状態に陥ることがあるだろう?」


「うん。魔力衰弱になると、身体機能が著しく低下して、最悪の場合、命に関わる危険性もある。だからこそ、私たち魔法使いはエーテルの残量を常に把握する訓練を受けているわ」


(成長期だと、取り込めるエーテル量が安定しなくて難しいのよね)


 授業中、体内のエーテル量を見誤り、何度か目の前が真っ暗になった挙げ句、意識を飛ばした苦い記憶が蘇る。


「体内にあるエーテルは使用すると減少する。ただし、休息や適切な栄養摂取、瞑想などによって自然に回復するとされている。そもそも濃度の差はあれど、自然界そのものがエーテルを内包しているから、自然回復できるはずだ」


「つまり、私たちは平気ってこと?」


「無理に魔法を使わなければ」


「え」


 先程魔法陣を描いた指を見つめて青ざめる。


(魔法に使用制限がかかるなんて)


「不便な国なのね……」


 つい本音が漏れる。


「僕たちのように、魔法があることが息を吸うように当たり前な生活をしている人間からしたら、キャメロン王国の人は損しているように思える。でも、こればっかりは人間の力じゃどうにもならないからな」


 言い切ったアシェルが勢いよく擦った棒から火花が飛び散り、うまい具合に火口に火がついた。


「それに、魔法がなくても、便利な道具を使えばご覧の通り。火は起こせるわけだし」


 パチパチと音を立て燃え始めた火口に、慎重に枝をかぶせていくアシェル。


 見る間に大きくなる炎のゆらめきを見つめながら、私はほっと息をつく。


 別に暖を取りたいわけではないけれど、チラチラと火がゆらめく様子を眺めていると、気を張ってばかりだった心が少しずつ和らいでいく気がした。

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