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誰が姉を殺したの?  作者: 月食ぱんな
第三部:世界が終わる瞬間
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試される交渉術1

 棒になりつつある足を何とか動かし、市場に辿り着く。


 夜でも賑わいの絶えない市場は、夏休み限定なのか。それともお祭りだからか。


(ルグウィン侯爵領も夏は稼ぎ時だしな)


 観光地がこの時期どこも忙しいのは、国が変わっても同じらしい。


 カラフルなテントの軒先に、ランタンを吊るした露店が所狭しとひしめき合っている。


 露店の間を縫うように進む中、時折肩と肩がぶつかることもあるけれど、誰もが露天の活気ある雰囲気に飲まれ、そんなことは気にならない様子だ。


 あちこちから漂う食べ物の香りに誘われるように、人々が露店の間を行き交う。揚げ物の油の匂い、甘い香り、スパイシーな香りが入り混じり、昼間満腹にしたはずのお腹がグゥと鳴り、「今すぐ満たせ!」と私に訴えかけてくる。


「いらっしゃい!」


「特売です!」


「今日限りの安売り!」


 商人たちの威勢の良い掛け声が飛び交い、それに応えるように品定めする客たちの声も混じる。若い娘たちのはしゃいだ笑い声、異国の言葉、子供たちの歓声など、様々な人の声が、市場の雰囲気をより一層盛り上げているようだ。


「お洋服って、どれくらいお金があったら足りるのかしら?」


 支え合いの精神代の残高を頭に浮かべながら、隣を歩くアシェルに尋ねる。


「不明だ。だから、これを売る」


 彼が当たり前のように引っ張るのは、紳士の必須品であるコットンジャケットだ。


「……売るの?」


「仕方ないだろ? 動きにくい服なんて野宿には必要ないし、稼ぎがない以上、湯水のごとく金を使っていたらすぐに貯金が底をつくだろうし」


「そっか……盗まれちゃった分、色々と心許ないしね」


 自分のサマードレスに視線を落とす。貴族の娘らしいウエストが絞られたドレスは、寝るには窮屈だ。それに市場にいる現地の人を確認すると、揃ってシンプルで動きやすい服を着ている。


(私たちが現地の服装に合わせれば、目立つこともなくなるってわけか)


 服を売るという彼の提案は、理に適ったことだと納得する。


(それに、私は貴族社会に決別宣言したわけだし)


 姉が亡くなって髪を切った時と同じ。まずは外見から自分を変えて気分転換するというのは、女の子あるあるだ。


「わかった」


 私は、お気に入りの服を売ることに決めた。




 *



「あそこなら、手頃な値段で良い服が見つかりそうね」


 ランタンの明かりに照らされた露店街で、色とりどりの布地や既製服が軒先に吊るされている店を発見した。


 私たちは、遠目に店の様子を伺う。店主はふくよかな中年の女性で、商売上手そうな、抜かりのない目つきをしている。ただ、軒先に吊るされた服はシンプルながらも機能美に溢れていて、何より清潔そうに見える。


「あっちの方が良くないか?」


 アシェルが指差すのは、私が目をつけた店の斜め前に構えた露店だ。軒先に吊るされているのは、軍用品の払い下げといった、迷彩柄のフィールドジャケット。軒先のテーブルの上には大きなリュックやヘルメットなどが所狭しと並べられている。


 どう見ても、サバイバルに特化した店のようだ。


(短剣を手にしてから、何だかおかしいわ)


 アシェルの中で眠っていた狩猟魂みたいなものが開花してしまったのだろうか。


「戦争でもするつもり?」


 呆れた声をかける。


「いや、雰囲気がさ、いいなと思って」


「雰囲気?それ必要?」


「所々につけられたキズや汚れから、歴史を感じることができるだろう?」


「だろう?って、却下よ。却下。私たちに今必要なのは、その他大勢に紛れることなんだから」


「でも、野宿をするならそれなりの装備は必要だ」


「それはそうだけど」


「では決まりだな」


 アシェルが颯爽と歩き出す。そんな彼の行く手を阻むように、アシェルの前に飛び出した私は、両手を広げる。


「待って。服は普通を重視。装備品は必要最低限、雰囲気抜群な軍用品で揃える。これでどう?」


 最大限譲歩した提案を伝える。


「まあ、仕方ない。君の案をのもう」


 不服そうな顔で渋々了承するアシェル。そんな彼に私は念を押す。


「いいアシェル?こういう時こそ、交渉術の授業で習ったことが役立つはずよ」


(特に成績優秀なあなたのね!)


 最後の部分は悔しいので、心で付け足しておく。


「なるほど。ではお手並み拝見といこうじゃないか」


 アシェルが私の隣で不敵に笑う。


「え、私がやるの?」


「少なくとも、僕よりは社交性に優れているだろう?」


「……確かに」


(それは間違いない)


 今度は騙されないという強い決意を持ち、抜け目ない女性が軒を構える店先へと近づいて行く。

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