旅は人を成長させる2
「それでどうなったんだ?」
アシェルに先を急かされ、私は苦笑いして先を続ける。
「結局、家族も世間も、どうして私が噴水に飛び込んだかの理由より、私に手のつけられないお転婆だというレッテルを貼って、騒ぎを収める方法を選んだというわけ」
苦い思い出にまつわる話を締めくくる。
「つまり君は、姉の仇打ちをしたというわけだ」
「あなたは、嘘をつくなとか、我慢しろって言わないのね」
意外に思い、横に座るアシェルを見つめる。
「感情的に物事を捉えがちな君ならやりそうなことだ」
ぼんやり噴水を眺めながら、彼は淡々と告げた。
「私を傷つけるつもりで言ったなら大失敗よ。だってあなたの顔には青あざがあるもの」
「確かに」
彼は痛々しく見える頬を隠すように手で触れ、顔を顰めた。
「それに、あなたが私の言い分を信じたという事実は、私を喜ばせた。だから、この勝負はあなたの負けよ」
ふふんと、胸を張る。
「別に勝負をしたかったわけじゃない。君は感情的に物事を据えがちだが、それはある意味自分らしく生きている証拠だ。何も恥じることではない」
「その結果、社交界から爪弾きにされても?」
困らせるつもりで投げかける。
「規則と序列と侮蔑で成り立つくだらない社交界に、君自身がしがみつきたいと考えているならば、自分らしさを捨てて生きればいいさ」
冷ややかで軽蔑に満ちた目を、噴水に向けたまま彼は言い放つ。
(なるほどね)
前に同じ言葉を聞いた時は、彼が抱える心の闇を知らなかった。
(だから、随分辛辣だなと思ったけど)
今なら少しは理解できる。
過去にどんな事件があったのか知らない。けれど、紫の瞳を持って生まれただけで、『災厄を呼ぶ者』と勝手に決めつけ、我が子を隔離するのは間違っている。
(だって、アシェルだって好きでその瞳の色を選んで生まれたわけじゃないもの)
そしてそれは、私にも当てはまること。
「父親の爵位は私とは関係ないし、私が自由奔放に羽ばたくことを良しとしない、そんな貴族社会に属することを強いられるのは、自分で選んだことでもないわ」
私はすぅと息を吸い込み、吐き出しながら一気に感情を爆発させる。
「むしろ、私を不当に扱う世の中なんてクソ喰らえよ」
理不尽さ全部に向けて、これ以上ないくらい汚い言葉を吐き捨てる。
「シャルロッテ」
一瞬ギョッとした顔をした彼は、すぐにニヤリとする。
「君はほんとうに、最高だな」
彼はこれほど楽しいことはないといった様子で、私に笑顔を向けてきた。
(やめて、その笑顔は反則よ)
しかめ面がデフォルトな彼が、珍しく感情を露わにした笑顔は破壊力抜群だ。
見てはいけないものを見てしまったと、慌てて彼から目を逸らそうとして、あまりに楽しそうな彼から目を離せなくなる。
(逆転現象が起きてるわ!って、まさか怖いもの見たさってこと?)
自分の感情の落とし所を発見した瞬間、彼の顔から笑顔が消え去る。
「ただ、失敗してばかりである今の状況を客観的に捉えた場合」
いつも通り、険しい表情で彼は続ける。
「僕たちは、父親に与えられた爵位の恩恵を受けた世界で甘やかされて生きる、世間知らずな人間であると、悔しいが実感せざるを得ないけどな」
諦めたように、肩を落とすアシェル。
「そうね。確かに認め難いけど、今のところ結果は惨敗だもの」
私も彼につられて脱力する。
貴族社会に、親に文句を垂れ、反旗を翻し家出を決行した私たちは、最低を更新中。
(ルミナリウム王国にいる時は、お姉様ほどとはいかなくても、それなりに上手く立ち回れる自信があったのに)
こうも失敗続きだと、一気に自信喪失だ。
ダメだと思っても、ついため息が漏れてしまう。
「だが、しかし」
突如アシェルが力強く告げたので、彼に顔を向けて次の言葉を待つ。
「自分たちが身の程知らずだと判明したのは、僕たちが自分で決意して、ルミナリウムを無断で飛び出したからだ。だからこの失敗は無駄じゃない」
珍しくアシェルが失敗を認めた上に、前向きに捉える発言をする。
彼の口から自然に飛び出した「僕たち」という言葉が嬉しくて、頬が緩む。
(旅は人を成長させるって言うけど)
自分の弱さや無力さを実感し、ピンチに見舞われた中で今出来ることを探る。そんな状況を繰り返していたら嫌でも成長できるようだ。
「とりあえず、ここで噴水を眺めていても状況は変わらない」
アシェルは立ち上がり、私を見下ろす。
「何はともあれ、動きやすい服に着替えた方がいい。特に君のその格好は何かと不便だろう」
彼の視線が、私が袖を通す縦縞の入った薄い黄色のサマードレスに注がれた。
解禁襟で涼しいドレスは、珍しく姉のお下がりではなく、親が私のために仕立ててくれたもの。しかも、お母様の好みではなく、私の意見が反映されたお気に入りの一着だ。
(新たな門出に、ぴったりだと思って選んだけど)
「確かに、危険な冒険には不向きみたいね」
アシェルの言葉に頷き、根を張りかけた体を何とか起こして、ベンチから立ち上がる。
「市場が閉まる前に、急ごう」
「了解です、隊長」
さすがに軍隊式の敬礼の真似をする元気はない。それでも、こんな時だからこそおどけて返す。
「我が隊のエリート魔法使い殿は、まだまだ余裕がありそうだ」
彼はニヤリと笑い、身を翻す。
(まさか彼が私の冗談にのってくるなんて。しかもエリートって言ったよね!?)
環境は人を成長させる。まさにその事例を目の当たりにした私は、口元を緩ませながら、彼の背中を追いかけるのだった。