旅は人を成長させる1
宿屋の灯りが次々と消えていく中、私たちはついに希望を失った。
片っ端から宿屋を訪ねて歩いたものの、結局空いている部屋はどこにもなかった。それどころか、もう町を彷徨う元気すら残っていなかった。
私たちは、街の中にある公園のベンチに腰を下ろす。
「結局、野宿か……」
疲労感に襲われながら呟く。
「仕方ない。初めての家出なんだからな」
「確かに。上手く行くわけないのが当たり前だよね」
失敗続きの状況に、いやでも落ち込む。
「結局のところ、私たちって世間知らずなのかも」
「なのかもではなく、確実にそうだろうな」
アシェルがため息混じりに続ける。
「未成年の子どもが、親の同意なしに旅を許されない理由がわかった気がする」
「そうね」
疲れ果てた私は、ベンチの背もたれにだらしなく身体を預け、足を投げ出す。それから、ひどくぼんやりする頭で、目の前の噴水を見つめる。
肌がベトベトして気持ち悪くてたまらない。
(許されるなら、このまま噴水に飛び込みたいくらい)
ふと浮かんだ思いに苦笑いする。
「七歳の時、従姉妹の結婚式で噴水に飛び込んだことを思い出しちゃった」
「なんでそんなことになったんだ?」
「お姉様の悪口をいう男の子がいて、その子と喧嘩になったからよ」
当時を思い出し、ついため息が漏れる。
「あのとき私は、本当に悔しかったの。噴水に私が飛び込めば、相手もびしょ濡れになるでしょ? そこで、頭を冷やしなさいと叱ってやりたかったのよ」
「だから飛び込んだのか?」
アシェルの問いかけに頷く。
「だけど、悪口を言った子は、私よりずっと信頼のおける人で、みんなが揃って私が悪いと責めてきたの」
脳裏に金髪碧眼で、誰よりも小綺麗で堅苦しい格好をした男の子の姿が浮かぶ。
『ディアは、大人の目の前で猫を被るのがうまいだけだ。僕は彼女みたいな嘘つきになりたくはない』
今よりずっと、のっぺりとした子どもらしい丸顔だったフィデリス殿下が、私に放った言葉が脳裏に蘇る。
(今思えば、殿下だって、何でもできる姉のことを、私と同じように疎ましく思っていたのかも知れないわ)
大人は自分たちから見て「いい子」である人物を真似しろと迫るものだ。
(たとえ、お姉様にそのつもりがなくても、勝手に大人が比べるから)
その結果、何を言っても聞き入れてくれない大人に対する不満をぶつける相手は、同じ「子ども」という括りの中で、大人に認められて「いい子」のレッテルを貼られた姉に向かう。
(孤独を感じていたのは、お姉様の方だったのかもな……)
いまさら気付いたところで遅いのに、ふと姉を不憫に思う気持ちになった。