セールス上手な鍛冶屋さん4
訝しげな表情を隠そうともしないアシェル。
「見つかったのか?」
ロイド様を警戒しつつ、再び問いかけてきた。
「うん。こちらのロイド様のお陰で無事に購入できたわ。アシェルは?」
さり気なく短剣選びの恩人を紹介しつつ、彼にたずねる。
「僕も今、会計を済ませたところだ」
チラリと彼はジャケットの裾をめくる。するとベルトに通す形で、鞘に収まった短剣の柄がお目見えした。握りやすいようになのか、少し弧を描く持ち手の先には、金色の三日月モチーフがついている。
「ふーん、なかなか素敵じゃない」
「だろう?」
アシェルは自慢げな顔を短剣に向ける。
「柄の先についた三日月には、何か意味があるの?」
「月の女神が、この短剣の持ち主を守ってくれるらしい」
「……女神様が?」
思わず私は聞き返す。すると彼は少し照れたように頷いた。
「ああ。僕は女神など信じてはいない。でもこれは……なんとなく気に入ったんだ」
そう言って彼は短剣の柄の先につく三日月をひと撫でした。
「まぁ、三日月はアーク寮のシンボルだしね」
短剣の購入理由に納得して、ふと気付く。
「お金はどうしたの?」
(支え合いの精神代は私が管理してるのに)
一体どこから資金を調達したのだろうと、首を傾げて彼の答えを待つ。
「今までためておいた自分の小遣いで購入した」
「え、でも」
「これは個人的な買い物だ。支え合いの精神代から出してもらうわけにはいかない」
ぴしゃりと彼は言い切る。
(まぁ、本人がそれでいいならいいけど)
変なところで律儀よねと、アシェルを見つめる。
「コホン」
わざとらしい咳払いで、ロイド様の存在を思い出す。
「君たちは、もしかしてその……」
彼の視線が私とアシェルを行き来する。
(まさか家出中とも言えないし、かといってどう見ても姉と弟は無理があるし……)
どう答えようかと迷う。
「見た所、庶民ではなさそうだし、何より君たちはまだ若そうに見える。供の者はどこへ?」
アシェルの頬にある痣を見つめたロイド様の視線が、私たちを怪しむものになる。
(まずい)
私は反射的に口を開く。
「私たち、婚約者なんです。今は夏休みを利用して、親公認で見聞を広めるため、キャメロン王国を旅行中なんですの」
アシェルの目が驚きで見開かれるのがわかった。でも、ここで訂正するわけにはいかない。
「ほら、可愛い子には旅をさせろって言いますでしょう?」
ニコリと微笑み、アシェルの腕にしがみつくと、彼は明らかに身体を硬直させた。
「そうだったのか。知らなかったとは言え、勝手に話しかけてしまってすまなかった」
ロイド様はアシェルに軽く頭を下げる。
「い、いえ、お気になさらずに」
何か言いたそうな雰囲気を醸し出しつつ、アシェルが話を合わせてくれた。
「二人ともお似合いだよ。末永くお幸せに。では、失礼する」
笑みを浮かべたロイド様は、颯爽と店の外へ去って行く。
「離れてくれ」
「ごめんってば」
不機嫌な彼から、パッと手を離す。
その後、無事に私の短剣の購入を済ませ、店を出る。
「婚約者ってなんだよ。そんな嘘をつく必要はないだろう?」
店を出た途端、アシェルが小声で詰め寄ってきた。
「別に大したことじゃないわ」
私は肩をすくめる。
「あの状況で、私たちが普通の友人だと説明しても余計な詮索を生むだけじゃない。婚約者だって言えば、納得されてそれ以上追及されない。簡単でしょ?」
「でも嘘をつく必要は――」
アシェルの言葉を遮った。
「ねえ、アシェル。あなたも長いことアーク寮にいるから忘れがちかもしれないけど、私とあなたは女と男なのよ」
「それはそうだが……」
「男女が並ぶと、それだけで世の中は色眼鏡で見るものでしょ?だったら、世間が納得しやすい理由を使うのが一番効率的だと思ったまでよ。深い意味はないから安心して」
アシェルは言い返せないのか、苦い表情を浮かべた。
「それに、私たちには婚約者がいないわけだし、百メートルの呪いもあるわけだし、あなたが頬に負った痣のお陰で、許されない恋の逃避行中だって勝手に勘違いしてくれるんだからいいじゃない」
軽く笑ってみせる。
「君がそれでいいなら、いいさ」
アシェルはため息をつきながら歩き出す。
(嫌だったのかな……)
少しだけやりすぎたかもと反省して、彼の背中を追いかけるのだった。