先輩と古傷
「あいつら本当に人の心がないのかよ…」
多くの生徒で騒がしい中で俺一人だけが寂しく立っていた。
「そこの君!」
「はい」
急に話しかけられ聞こえてきた高く綺麗な声の方を見ると、目の前に青字に赤がはっきりと見えるネクタイがあった。
「二年…」
「ちょっと暇だったら僕に手伝ってくれるかな?」
この学校は年によってネクタイの色が変わる。俺たちの年は緑色。一個上は赤色。そして二個上、つまり今年三年の人たちが黄色になっている。
「確か。辻井先輩」
「おっ!僕のことを覚えてくれたんだね。その通り。僕は君たちの先輩であり、この学校の生徒会長でもあるんだよね!」
辻井先輩は見るからに優しい生徒会長であり、親しみやすさも感じる雰囲気を醸していた。
「それで先輩、俺は何をすればいいですか?」
「おっと!ごめんね。忘れていたよ。実は今から生徒会のお仕事で二年生の教室と一年生の教室に行かないといけないんだけど、時間が間に合いそうもないんだよ。だからね君には一年生の教室に生徒会のプリントを配ってもらいたいんだよ。頼めるかな?」
辻井先輩は困り眉を俺の方に向けており、助けを求めてきていた。
「…分かりました」
「ありがとう。一年生くん」
辻井先輩は非常にオーバーな感情表現をしており、喜びの勢いで俺の手を掴み上下に動かした。
「先輩、勢いが強いっす」
「そうだった。いつもみんなから注意されちゃうんだった」
辻井先輩は手を離して職員室の隣にある事務室へと案内してくれた。
「先生!コピー機を借りにきました!」
「おう、辻井。朝から元気だな」
「何をおっしゃいますか!いつも元気な若菜ちゃんで行っていますよ。僕は」
生徒に親しみやすく。先生に明るく会話する。隔たりもなく行動する姿が辻井先輩の原動力に見える。
「…って!遊んでいる時間なかったんだった」
「おう。生徒会の仕事だな。ほれ、印刷室の鍵だ」
「ありがとうございます」
辻井先輩は俺が名前も知らない事務の先生から鍵を受け取ると、印刷室の鍵を開けた。
「ここに入るのに少し手間なんだよねぇ」
「そうなんですね」
俺は話の見えない会話に軽い返事で答えると、辻井先輩は俺の顔を覗き込んできた。
「あの。先輩…」
「おっ!何かな?」
辻井先輩は俺の反応に素早く返してきた。
「いや。俺に何か言いたそうなのは先輩みたいですけど…」
「あれ〜。僕はそんなつもりなかったんだけどなあ。じゃあ聞くけど…さっきの女の子と君って付き合っているのかな?」
辻井先輩は何を言っているのかさっぱりだった。さっきのというと下駄箱で見放した千佳のことだろうが、明らかに見えないはずだった。
「ないですよ」
「え〜。でも僕が見た感じだと君もあの子もお互いを気にしているっていうか」
気にしている。それはある意味で正解だろうが、それは俺も千佳も似た境遇にいるからだろう。
「あいつとは幼馴染というか。腐れ縁なんですよ。家族同士で仲がいいですし」
「そっか」
辻井先輩は俺の話を聞いて、クスッと笑みを見せた。
「いいや。すまない。君の幼馴染の子が有名で君たちの噂を思い出したんだよ」
こんな時に出てくる噂は大抵、碌でもない話に決まっている。
「僕のお友達が中学のお話を…」
「ああ…」
俺は先輩の切り出した話で全てが分かった。千佳の中学の頃のあだ名はアイアンプリンセスであった。その名の通り冷酷な姫であり、告白する人間を振り続けては俺も怒ることが多々あった。そんなことを知ってか俺を姫の犬。忠僕と呼ぶようになった。
「君が忠僕くんだね」
「そのあだ名は中学の汚点」
この酷いあだ名はクラスの男。佐伯と言うクソ男が広め出し、千佳の人気とともに学校中へと伝わったものだ。
「よし!これでコピーができた。これを頼んでいいかな」
「分かりましたが、その代わりにあだ名は忘れてください」
辻井先輩は大量のプリントを渡して印刷機の電源を消した。
「どうしようかな」
辻井先輩はニヤリと微笑み嬉しそうにした。
「先輩…」
俺が辻井先輩に怒ろうとした瞬間、予鈴が割り込んできた。
「やば!ほらほら。ホームルームが始まるよ」
「先輩!本当に頼みますよ!」
辻井先輩は俺を無理矢理、部屋から出すと、足早に居なくなった。
「逃げられた…」
取り残された俺はプリントを握り直し、ゆっくりと教室へ向かった。




