夕時雨
ゲームセンターの格ゲーの台を前に俺はキャラクターを動かし、コマンドで攻撃を放つ。
「よし!」
「やられた!」
男の子は頭を抑えて落ち込んだ。
「お兄さん。強いよ!」
「このゲームは結構やっているからな」
俺は誇らしく自慢すると面白かったのか男の子は笑っていた。
「お兄さんもこのゲーセンに通っていたんだな。じゃあさあ。また再戦しような」
「おうよ」
俺はどこの誰なのか分からない男の子と仲良くなり、また戦いの挑戦を受けることにした。
「じゃあな。次は勝つ!」
「期待しておくよ」
俺と男の子の友情に着いて行けない千佳は男の子が見えなくなるまでじっと見つめていた。
「ねえ。あんたってあんな子に好かれるよね」
「そうか?」
俺の自覚はなかったが、千佳に言われて納得できることもあった。
「千佳も遊ぶか?」
「遠慮する。私、下手だから」
千佳は俺の誘いを断り、クレーンゲームへ向かった。
「本当に好きだな」
「良いでしょ。あんただってあんなの好きでしょ」
俺は千佳の拗ねた顔に可愛さを感じることもなく、頭を掻いて着いていった。
「私に着いてこなくて良いのよ」
「そうかよ」
千佳はこんなことを言うが、いつもいらない景品を俺に押し付けてくる。
「そろそろ終わりにしようぜ」
「なんで?」
千佳が俺の方を見てきたが、理由は明らかで景品が新しい学校のバックにぎゅうぎゅうに詰まっていた。
「俺は帰るからな」
「待ちなさいよ」
千佳は俺の制服の裾を引っ張り、動きを止めて目を見つめてきた。
「なんだよ」
「持って帰って…」
「ふざけるな!」
俺は千佳の手を振り解き、店の外へ向かった。
「ちょっと!」
俺は千佳の静止の命令を無視して外を出ると雨が降っていた。
「お前。傘あるのか?」
「あんたはないの?」
俺が傘を忘れてしまったことに嬉しくなったのか千佳は開いた折りたたみ傘を持ち、ニヤリと笑ってこっちを向いてきた。
「こっちを向いてくるな」
「私、優しいから一緒に帰ってあげても良いわよ」
こんな時の千佳は何か見返りがくるものだと長年の経験から分かっている。
「それで見返りは…」
「は?ないわよ?」
そして千佳は俺の期待をあっさりと裏切って、善意で俺を入れてきた。
「お前。マジで怖いわ」
「そんなこと言うなら良いの?」
千佳は俺に向けていた傘を戻して一人で使おうとした。
「貸してください」
「最初からそう言いなさい」
俺は千佳が持っていた傘の中に入り、そのまま家まで歩く。
「そういえば、千佳は新しい友達でもできたのか?」
「何?あんたに新しい友達ができたからって喧嘩売っているの?」
千佳は学校に慣れたのか気になり、聞いたつもりだったが、思っていた以上に上手くいっていないんか怒っていた。
「そんなつもりじゃねえよ。そもそもお前が得意じゃないこと知っているしな」
「余計に知られているのも腹が立つわね」
千佳の機嫌はいつもこんな風に調子によって変わっているため面倒なことこの上ない。
「ねえ。あの子たち相合傘をしているよ」
「本当だ。可愛い」
傘をさして歩道を歩く俺たちはすれ違う人たちにやたらと囁き声で話されていた。
「なあ?」
「うっさい。それ以上近づいたら置いていくから」
千佳は雨に濡れて冷えたせいなのか恥ずかしいのか頬が赤くなり、熱を持っていた。
「何も言っていないだろ」
「あんたは本当に噂話に敏感ね。気にするなんて本当に馬鹿らしい」
千佳はどうして話を避けたいみたいで俺を馬鹿にしてくる。
「じゃあ。俺は家が近いからここで良いわ」
「は?ばっかじゃないの?」
千佳は雨で濡れてしまうのに傘を前に出して走らせないようにしてきた。
「お前!」
「あとちょっとなんだから。良い…でしょ」
走ろうとした俺だけじゃなく、千佳も濡れて全く良くないが、仕方なく歩いて帰ることにした。
「狭いな…」
「し…仕方ないでしょ。折り畳み傘は小さいものでしょ」
千佳の赤い頬は一向に治まる気配がなく、心配になってきた。
「お前。大丈夫なのかよ」
「何がよ…」
千佳の頬が赤く、熱く見えた俺は頬を触って確認した。
「ちょっと良いか?」
「は!」
俺が千佳の頬を触ると勢い良く後ろに下がり、びっくりしていた。
「悪い…」
「変態…」
俺の無神経な行為に改めて申し訳なくなった。
「俺。やっぱり走って帰るわ」
「ちょ!」
雨が打ちつける道に水たまりを踏み越えて走る。頬に流れる雨と汗が混じったものが時折、口に入りしょっぱさがじんわりと感じられた。




