私の中の自分
「こらっ、なにやってるの!」
「もおー、怒らない怒らないっ」
「いーじゃん二人とも〜」
「……」
ここは誰かの心の中。年齢も性格も違うように見えるが同じ人物である4人がいる。
どこかふわーっとした、部屋のような場所だ。四人のうち、1人目……おねえちゃん、2人目……せんぱい、3人目……ともだち、4人目……???、とする。みんな名前が同じだからだ。ちなみに、1番小さいのが1人目で、1番大きいのが4人目だ。
今は、「おねえちゃん」が「ともだち」に何やら怒っていた。
1「どーしてわたしのおかし、たべちゃったのお!」
3「だぁかぁらぁ! 謝るって言ってるじゃん!」
2「はいはいっ、怒らないで!」
4「お菓子なんていらない」
「おねえちゃん」が寝っ転がり手足をバタバタさせて暴れ始めた。
1「やあーだあ! おかしぃぃ!」
3「うるっさいなあ! あんなのどこにでも売ってるから、買ってくるって言ってるじゃん!」
2「なんで聞いてくれないの……もう知らないっ」
4「ねえ」
2人がヒートアップし始め、「せんぱい」も、話を聞いてくれない事に疲れていじけ始めた。大きな声で泣き声混じりにぎゃあぎゃあ叫ぶ「おねえちゃん」、謝ると言いながら頑なに謝罪を述べない「ともだち」。しかし、「???」が、あることを口にすると、静まり返った。
4「お菓子を食べたのは、本当にこの子?」
1「え? だって、おかしのおいてたとこにいたんだもん」
3「ん? よく考えたら、私、お前のお菓子食った気しないな」
2「! ちょっと、あんた何言おうとしてー」
4「だって、買ったお菓子は1人目がチョコで、3人目がクッキーだったろ? ほら、3人目の口にクッキーのカスがついてる」
「ともだち」の口元には確かにクッキーが付いている。
3「私、お菓子は一つしか食ってない」
1「でもでも! 私、チョコ食べてないよ」
4「私はそもそもお菓子を買っても食べてもない。ということで怪しいのは……」
3人が「せんぱい」を見た。しかし、結果は思った通りにはならなかった。
2「ちょっと待ってよ。私もお菓子は食べてない。ダイエット中だし」
4「違うのか? 本当に?」
2「違うってば。お菓子がどこにあるかもわからないし」
1「ほんとお? たべたんじゃない?」
3「……!4っ……いや、やっぱり私が一緒に食べちゃったかもなぁーアハハ」
「ともだち」がわざとらしい笑いと一緒にお菓子事件の真相(?)を告発。「おねえちゃん」の敵意が「ともだち」に向いた。
1「ひっどお! ウソついた!」
3「違うって! 忘れてたんだっ…ちょ、待て待て、乗っかるな、登ってくんな」
再びわちゃわちゃが始まったのを横目に、「せんぱい」は「???」に問いかける。
2「本当は4人目がお菓子食べたんでしょ? ねえ、何思い出させるつもりだったの……」
4「うん、チョコはおいしかったよ。それに、いつか知る事になるんだよ。今はわからない、いや、まだ知らないフリをできるのは1人目の特権だ」
2「いつか知る事になるって……おかしいよ、何かない限り、私たちがこれ以上成長するのは考えにくいし」
それに、と「せんぱい」は続ける。
2「知らない方が幸せなのに」
4「すでに知ってる奴の幻想だろ」
2「もう4人目は大人じゃん」
4「そんなの、関係ないよ。それに私は大人じゃない」
2「私と比べたらって話だよ」
4「明日は、明日はどうしようか」
2「無視すんなよ、今必死に、立ち直ろうと」
4「お前が悩んでるのは、あの時言っておけばって思ってるからじゃないの?」
2「違う! ……ああ、あの時って何? しっ、知らないなあ!?」
足早に立ち去った「せんぱい」の背中を見ながら、「???」は思った。私は今更言えない……子どもでいられる2人目が、1人目が、言ってくれないと……言ってくれよ。なんで、言わなかったんだよ。
次の日
1「? この子……あっ! いもうとちゃん!」
いもうと「おねーちゃん?」
2「……頭痛い。ちょっと行ってくる」
3「待って、今行ったらだめ」
4「……」
部屋には見知らぬ妹がいた。「おねえちゃん」だけがそこにいるのが当たり前のように接していた。「せんぱい」は立ち去ろうとしたが、「ともだち」に止められた。「???」は自分がいないような態度をとっている。
3「自分を無かった事にして……楽になろうとしないでよ」
2「私はこの4人の中で1番辛いんじゃないの?」
3「何が言いたいの? 辛いのはみんな同じだって。同じなんだから」
2「うるさい!」
3「っ……! 大体あんたが悪いんでしょ! あんたが言わなかったから!」
2「なんでいつもいつもいつもいつも私が責められるの! 大体原因は1人目にあるのに! あいつがあんなことしなきゃ、私たちはいなかったんだ!」
3「1人目に言ったって仕方ないでしょ! 何したか分かってないんだもん!」
2「わかってないはずがない! あいつが言ってればこんな事には……! そもそもあんな事しなけりゃ! 向き合いすらしなかったお前にはわかんないだろうけどね!」
3「なっ! 大体、それは私にいう事じゃないでしょ! 今1番逃げてるのは4人目でしょ!?」
4「なんで私なんだよ!」
3「私たちを意識したって仕方ないじゃない! 結局、今なんとかできるのはあんただけ! 過去ばっかに浸ってないで、『今からでも言えば』って思えない?」
4「それはお前らも一緒だろ! お前らの方こそ考えなかったのかよ!」
2「考えたよ! 私は! でもダメだったんだ! 考えたらダメだ!」
3「考えた!」
4「何言ってんだよ! やってることは一緒じゃねえか!」
3、2「私たちにばっか言ってないで! 過去に自己嫌悪吐き出すから、そもそも私らができたんだよ!」
4「うるさい! 私は悪くっ……1人目が!」
2「その1人目も、私たちも、全部同じだ! 責任を押し付ける過去を探すな!」
いつからか、「おねえちゃん」と「いもうと」はじっと3人を見つめていた。「おねえちゃん」にはもう笑顔が無かった。そして、3人よりは小さいが、背が伸び、少し見た目が成長している。対して「いもうと」は少しも変わっていない。
1「私、双子なのに……あなたは小さいままだね」
いもうと「おね、ちゃ、おぉぉお?お?ね?ぇぇ」
1「……」
いもうと「オマエがイタズラしなかったらよかったのに。誰もあんなに悲しい顔しなかったのにな。オマエなんて―」
部屋の中は、いつしか無数のアゲハチョウが舞っていた。
コノミは、元気がよく、気が強めの双子の「姉」だった。コノミの妹、ハナミはコノミをかっこいいと感じ、どこに行くにもついて行った。三輪車を交代で乗ったり、追いかけっこをしたり、虫取りをしたり、描いた絵を見せあったり……。コノミとハナミはとても仲が良く、誰から見ても、幸せそうだった。
しかし、ある事件が起こった。
コノミはハナミと虫取りをした帰りだった。虫かごには、アゲハチョウが1匹。ふと、コノミは思いたった。このチョウをにがしたらどうなるかな。
コノミはサッと虫かごの蓋を開けた。チョウはひらりと外に飛び出し、道路の方の空に飛んでいってしまった。
ハナミは、逃げ出したチョウを追いかけて、道路に飛び出した。
コノミは呆然としていた。
中学生になったコノミは、部屋で何か足りない。と感じていた。誰か、自分と一緒にいて欲しい。友達とかじゃない。尊敬してくれるような?
そして、「先輩」になった時に、仲の良い後輩ができた。その時に、既視感を感じた。これ、小さい時に感じた事ある、と。
双子の妹についてよく考えてみた。それで思い出してしまった。自分があの時、虫かごを開けたから、ハナミが? そんな事、そんな事、言わないと。でも、今更? そもそも、こんな事言ったら。
暗闇に突き落とされたようで、過去の自分を責める日々だった。
「嫌だ、嫌だ、きっと勘違い、思い違いなんだ。違うんだ。違う、違う……」
コノミは高校生になった。ずっと不安で仕方無かった。理由もなく。いや、自分のした事を見ていた人がいるかも。あの時、見てた人がいるかもしれない。と思っていた。しかし、過ごしてみればそんなに変わったことはなくて、徐々に忘れてはいけないはずの記憶は薄れていった。時々思い出す孤独感は、「友達」と過ごして忘れるようにした。
コノミは大学生になった。アゲハチョウを見るたびに思い出す。あの日が近づくたびに思い出す。見ないフリをしていてはいけないんじゃないか? と疑問を持ってしまってから、そればかり考える。
私が、違う、あの時の私が悪いんだ。いうべきなんだろうか。これは。
コノミの心の中
4人目は考えていた。私がどうするかで、過去の3人がどうなるのか、これから過去になるかもしれない私がどうなるのか決まる。きっと。
「おねえちゃん」は、幸せな日々と事件の時のコノミ。
「せんぱい」は、自分が原因だったと気づいた時とそれからしばらくの生活のコノミ。
「ともだち」は、友達によって自分の辛い考えを一時的に忘れることができたコノミ。
「???」……「コノミ」は今のコノミ。
幸せな日々と、それをを忘れようとして、でも1人は嫌で、コノミは4人で1つだった。
1「ハナミちゃんがそんな事言うわけないよね」
いつのまにかそこに居た「いもうと」は部屋にいなかった。「コノミ」が言った。
4「ねえ、お菓子でも買いに行こうか」
2「私はいい」
3「はーい! 行く行く! かわいいお菓子買いに行こ!」
1「いく! チョコかうー!」
***
1「こらっ、なにやってるの!」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。