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21 落ちたワイングラス

 ギルバートがその老人に一礼する。頭上に戴くのは王冠。王のみが纏うのを許される真っ赤な外套が威厳を放ち、自然と人の心に敬意を抱かせる。ギルバートに倣い、ミスティア一行含めた誰もがその老人――国王ドラン・フォン・テーレへと平伏しだした。


 ドランが片手を上げる。


「皆の者、面を上げよ。……アステリアを救いし英雄であらせられるミスティア・レッドフィールド嬢。および精霊様方には、このテーレにはるばるよくお越しくださいました。愚息であるギルバートがご迷惑をおかけしておりませんか?」


 話を振られたミスティアがドランを仰ぎ見る。

 

(まあ……なんて細いお身体)


 ミスティアはドランへ気取られないように息を飲んだ。ドランの土色の肌と、皮膚が骨に張り付くような細さに驚いたからだ。彼の持つ王笏はもう一つの足となって、今にも倒れそうなドランを必死に支えている。


「テーレの輝く星、ドラン陛下にご挨拶申し上げます。……いえ、殿下には大変よくしていただいておりますわ。私共のために、このように素晴らしい園遊会ガーデン・パーティーを催してくださったのですから」


 言いたいことは沢山あったが、ミスティアはこらえて心に秘めた。


「はは、英雄殿の気が長くて助かりました、なあギルバート。さてミスティア嬢、この通り私は日の光に当たるのも辛い身でしてね。宜しければ城内へ場所を移し、あなた方を晩餐会へご招待さしあげたい。よろしいかな?」


「身に余る栄誉でございます、陛下」


「よろしい、それでは後ほど」

 

 返事を聞いたドランが、側近たちに囲まれて去っていく。ふらふらだが、輿で移動せず自らの足で歩くドランの姿に、ミスティアは胸を打たれた。


(立つのもやっとというご様子ね。でも私たちに挨拶するためわざわざ足を運んでくださったんだわ。しかも晩餐会にまでご招待くださるなんて、懐の広いお方)


 この短いやり取りでも、ドランの人となりが伝わってくる。するとギルバートはミスティアを一瞥し、ニヤリと笑みをこぼすと、無言でドランの後を追いだした。どうやらギルバートも城へ戻るらしい。


(今の笑みは一体……?)


 ギルバートが見せた不敵な笑み。

 ミスティアは一抹の不安を抱えながらも、案内人に連れられて王城へと足を運ぶのだった。




 ――視線が痛い。


 ここはテーレの王城にある晩餐室。席についていたミスティアは、出された魚料理を口にしつつ周囲を観察していた。


 招待客の女性たちが、スキアとソルムへ熱い視線を送っている。彼女の両脇には美しい精霊達が居るため、自然とミスティアも注目の的になっているのだ。


 とミスティアは思い込んでいるが、彼女もまた注目の対象であった。


 今彼女が纏っているのは園遊会とは違うドレスだ。ダークブルーの光沢があるサテン生地。オフショルダーのデザインが彼女の美しいデコルテを際立たせている。しかし肩元はスリーブで覆われているため露出は控えめだ。

 晩餐会にふさわしいシックな装いと言える。つまるところ、このドレスは抜群にミスティアの美しさを引き立てていた。


(うぅ……料理の味がしない)


 じろじろと周囲から観察され、ものすごく居心地が悪い。だが、まったく楽しくないという訳でもなかった。ミスティアはちらりと左隣のスキアを横目で盗み見る。


(新しい衣装、凄く似合ってるなぁ……)


 今日の彼の装いは白い燕尾服。スキアはいつも聖騎士のような衣装ばかりを着ているため、燕尾服姿は新鮮だ。

 シャンデリアの下、スキアの煌めくプラチナブロンドが後ろに撫でつけられ整えられている。衣装の生地は薄く、スキアの鍛え上げられた肉体を周囲にほのめかしていた。


 ――文句のつけようのない美丈夫である。


 ミスティアは思わずごくりと喉を鳴らした。普段口にしないお酒を呑んだせいなのか思考がぼんやりとする。そのためミスティアはスキアから視線を逸らせないでいた。周囲の女性たちも同じく欲望のこもった瞳で、食い入るようにスキアを視線で舐めまわしている。


 ミスティアは無性に、今すぐスキアの手を取りこの場から逃げ出してしまいたくなった。


 するとふいに、物思いに耽っていた彼女へ声がかけられた。


「英雄殿、お楽しみいただけておられますかな? 今から王家秘蔵のワインを開封します。ミスティア嬢もどうぞ召し上がってください」


 国王ドランが愉快に笑う。ミスティアが座る席から離れた位置に居るドランが、彼女へボトルを掲げて見せる。だが掲げた彼の手は震えていて、辛そうだ。


(晩餐会が始まってまだ少ししか経っていないけれど、多分この『開封の儀』がメインイベントよね。もう早くこの晩餐会を終わらせたいのかも……。お身体もお辛そうだし、ご無理なさらないで欲しいわ)


 しかし国王にも矜持プライドがあるはず。他国からの客であるミスティアが『ご無理なさらず』とは間違っても口にできない。


 ゆえに彼女が出来ることはドランに賛同し、一刻も早くこの宴を終わらせるため努めることだけだった。


「陛下の格別なお心遣いに感謝いたします」


 ミスティアが返事をすると、ドランの傍に居た執事がボトルを手際よく開け、ドランのグラスへ果実酒を注いだ。皆の注目がグラスへと集まる。


「では伝統に則り、宴の主催者である私からいただくとしよう」


 そう言うとドランは注がれたワインをくいっと煽った。


「美味い! 今宵にふさわしい味だ。さあ、次はミスティア嬢も――」


 ドランがワインを飲み干し、ミスティアにも勧めようとしたその時であった。突如としてドランの顔から笑みが消え失せる。彼の手からグラスが滑り抜け、床へと落ちた。


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