17 大変身
ガチャリ。
ドアノブが捻られ扉が開いていく。正面の窓から陽が射して逆光となり、ミスティアは眩しさに目を細めてしまう。部屋に足を踏み入れると目が慣れて、やがてソルムの生まれ変わった姿が浮き彫りとなった。
彼の姿を目にしたミスティアは思わず息を呑む。
「……!」
「へえ」
スキアも感心したように声を漏らした。
それもそのはず。イヴリンの宣言通りソルムは『大変身』を遂げていた。
ざんばら髪は切り整えられ、彼の甘く美しい顔が曝け出されている。その白い肌は滑らかでいて白磁のよう。
翠玉の瞳が嵌め込まれている目元は優しげ。腰まである金茶色の長い髪は、一束の三つ編みに整えられていた。
その美しい彼を際立たせているのが、真っ白な燕尾服。
ところどころに細やかな緑の刺繍が施され、ボタンも瞳の色に合わせ緑色があしらわれていた。首元と袖のフリルがやや中性的な美貌を持つソルムの美しさをより一層際立たせている。『優美』という言葉が一番似合う装いだ。
「素敵ですわ……! その衣装もとてもお似合いです」
ミスティアが明るい声でソルムを賛辞する。すると、ソルムは恥じらって目を伏せた。ミスティアの嫌味のない無垢な誉め言葉に言葉を失ったのだ。
(なんて純真な方だろう。彼女に褒められるとむず痒い)
ソルムが内心独り言ちているとスキアが口を開いた。
「どこに出しても恥ずかしくない貴公子が完成したな。あとはもう少し剣の腕が上がるといいんだが」
軽口をたたくスキアにソルムが勘弁してくれと肩をすくめる。すると、ふいにミスティアがソルムとスキアの姿を交互に見比べ、俯いた。それを見たイヴリンはたまらず彼女へ尋ねる。
「何か気になる事がございましたか?」
「い、いえ。ウォルターズ夫人のお見立ては完璧です。ただ……あの……」
指をそわそわとさせるミスティア。何か言いたいことがある様子だ。ミスティアが遠慮の塊であることを知っているイヴリンは、ごく優しい声で続きを催促する。
「どうぞ、遠慮なさらずおっしゃってくださいまし」
「えっと……。す、スキアにも新しい衣装を、仕立てていただけないかな、と……」
ミスティアの口からついに言葉がこぼれだす。突如として話を振られたスキアが目を丸くした。
「俺に?」
「は、はい……」
ミスティアは耳までも真っ赤に染め上げてしまう。
思い人が着飾った姿を一目見てみたい――。乙女ならば当然の願いである。
(なんて可愛らしいのっ)
イヴリンは胸をきゅんと高鳴らせる。
何ともいじらしい願いを聞き、イヴリンはミスティアへつかつか歩み寄った。そして彼女の細い指を両手でぎゅっと握りしめる。ミスティアは突然の事に目をぱちぱちと瞬かせた。
「まあ、まあ! とおお~っても素晴らしいお考えですわねっ! 絶対絶対! お似合いになりますわ!!」
圧がすごい。
イヴリンは興奮しきった様子で激しくミスティアへ同意する。
彼女の瞳がキラキラ輝くのを見て、ミスティアは思わず気圧されてしまう。
「お二方が対の衣装を纏ったらさぞ壮麗でしょうね……っ! ああっ想像するだけで胸が高鳴りますわ! こんなことを思いつくお嬢様はさすが天才です。こうしてはいられません、早速聖騎士様の衣装を見繕わねば!」
イヴリンの瞳が爛々と怪しい光を湛えだす。ぐるん! と首が回り、まるで獲物を見定めるような視線がスキアへ向けられた。
「うっ」
スキアがうめく。
彼にしては珍しく焦った様子だ。しかしスキアは逃げられない。可愛いミスティアの願いを無下にするわけにはいかないからだ。その場に縫い留められた彼をいつの間にか現れた従業員が囲い込む。今この時ばかりは、スキアは狼の群れに囲まれたウサギであった。
「さあ、鎧はお脱ぎになってくださいまし。身幅を測りましょうねぇ~~」
「……好きにしろ……」
先のソルムと同じ台詞を呟いたスキアに、ミスティアとソルムがプッと噴き出す。そして互いに見つめ合うと、2人はどちらともなく微笑み合った。まるで悪戯が成功した子供たちのように。
「あ、お二方とも揃えるのでしたらこの際です。お嬢様のご衣裳も同じデザインで揃えましょうね!」
「え」
高みの見物もつかの間、ミスティアの顔から喜色が消え失せた。ミイラ取りがミイラになるとはこのことである。
――その日、ミスティアの衣装合わせは日が暮れるまで行われたのだった。彼女がどんな目にあったかは、想像に難しくないだろう。





