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 ミスティアが暮らすレッドフィールド領は、田舎ではあるが、王都アステリアに近い場所にある。


 王都は大精霊により守護され、平和が保たれていた。


 だがそんな大精霊が儚くなり5年。


 王都アステリアは、大精霊の不在に混乱を極めていた。大精霊の守護が無くなった王都周辺は、今では魔物に溢れてしまっている。王都に近いレッドフィールド領も魔物の跋扈には頭を抱えており、冒険者たちに払う報酬が更に家計を圧迫していた。


 ミスティアはいつか精霊使いとなって、叔父たちが食いつぶしてしまったレッドフィールド家を再建しようと日夜努力していた。精霊使いは王都で暮らすことも出来るし、名誉さえ与えられる。もちろん高給取りだ。


 また、上位貴族に見初められて玉の輿というパターンも少なくない。アリーシャは、ミクシリアン卿から逃れつつ、王都で婚約者探しをしたかったのだろう。


 ミスティアはぼんやりとアリーシャの思惑を想像しつつ、レッドフィールド家の中庭、すたれた東屋に居た。机には羊皮紙が幾枚。そしてペーパーナイフが置いてある。ミスティアは請求書の管理が一息ついたのでペンを置き、スキアに話しかけた。


「ところで……。スキア様。あなたの『精霊の書』を見せていただけますか?」


「かしこまりました、我が主。様はいらない」


 茶化すように、やけに丁寧にスキアが言った。彼が手をかざすと、淡い光と共にスキアの『精霊の書』が現れる。

 ミスティアが受け取って頁を捲ると、その内容に思わず目を見張った。


「これ……! 光魔法!?」


「へえ、すぐに読める(・・・)とは。流石、あれだけ勉強していた甲斐がある」


 『精霊の書』とは、精霊語で書かれた、1体の精霊が1冊持っている彼らを使役するうえで欠かせないものだ。


 書には風を起こすような簡単なものから、辺り一帯を破壊させる最上位魔法まで載っている。だが最上位魔法まで読める精霊使いは一握りだ。各々の魔力量で、読める魔法が限られるためである。


 そして魔力は、個人の元々持っている才能に大きく依存する。ミスティアは精霊を召喚するという稀な才能があったが、アリーシャに比べると持っている魔力は雀の涙ほどだった。


 魔力がない者はどうすればよいのか。精霊語を理解し、書を読み魔法を覚えれば、その魔法が使えるだけの魔力が体に満ちる、という仕組みになっている。だが実際、精霊語は非常に難しい言語で、その方法を用いる者は居ないに等しい。出来るとしたら、賢者――いや、大賢者と呼ばれる者くらいだろう。


 つまり魔法は努力によってどうにかなるものではなく、産まれによって決まるのだ。――例外はあるが。


「そんな……とにかく、スキアさ、スキアの治癒魔法はすごく希少で重宝されるものです。大陸に1人いるかいないかという位。アステリアでは、大精霊様以来初めてなはずです」


「お役に立てたならなによりだ。話は戻るが、今はどこまで読めるんだったかな?確か……」


「ええと、最上位魔法、までです」


「――そうだったな」


 スキアが眉を上げた。彼は真剣な表情となり、ミスティアへと向き合う。


「最上位魔法を読める(・・・)精霊使いは、ここ100年で現れていない。大昔、翡翠の洞窟にこもりきりだった賢者が最上位魔法を使えたと言うが……眉唾だ。すばらしいよ、ミスティア。あなたの努力の賜物だ。ずっとあなたを讃えたかった」


「あ、ありがとうございます」


(私が最上位魔法を読めることを知っていたのね。どこまで、私の事を知っているのかしら……?)


 誇らしいと笑うスキア。『お前に最上位魔法が使えるはずがない』なんて言われなくて良かったと、ミスティアも心を和ませた。元精霊達であれば、絶対信じてはくれなかっただろう。ミスティアは、鼻の奥がツンとしてしまう。


(思えば誰かにねぎらわれたことなんて無かった。認められることが、こんなに嬉しいなんて)


 彼女が努力することは、当たり前だと扱われてきた。嬉しさで泣いてしまわないように、ミスティアは急いで話題を探す。本をめくるとあることに気が付いた。


「所々、光に関係ない魔法も書いてありますね?」


「それは我が主が元々取得している知識かと」


「……? どういうことでしょうか」


「あなたは、裏切者どもの書を知識として蓄えている。そしてその知識は俺にも引き継がれているということだ。つまりあいつらの魔法を俺も使える。まあ元々いた精霊が離反した後、新しい精霊と再び契約を交わすことはあまりないからな」


 知らなくて当然か、といった表情で返事をするスキア。ミスティアは目を瞬かせた。


(こんな仕様があるだなんて知らなかった。確かに知識を得ているのは私であってシャイターン達ではない、けれど)


「今のシャイターン達は、アリーシャの魔力量で使える魔法が限定されるという事ですか?」


「あいつらの主が精霊語を読めなければ、そうなる」


 正に、目から鱗である。


 ミスティアが手放した精霊はリセットされ、そして――。


 光魔法も相まって、彼女の目の前で、最強の精霊が誕生してしまったのだった。その瞬間、彼女にある感情が芽生えた。


(――私を裏切ったから……最上位魔法も使えたのに、ざまあないわね。……本当は私が成長した事を伝えたかった。でも彼らの冷たい目にすくんで、伝えられなかった……)


 黒い感情が、ミスティアの表情をわずかに曇らせる。黒い靄が心臓に広がっていくような感覚。そんな彼女の感情に、スキアが目ざとく気づく。だが敢えて口に出すことはなく話を続けたのだった。


「ところで、これからどうするんだ? あなたが再び精霊と契約したことを周りは知らないのだろう」


「そうですね。家長である叔父に、スキアの事を報告しなければなりません」


「ふむ」


「そうすれば、ミクシリアン卿に嫁ぐことは無くなると思うのですが……」


 ミスティアはミクシリアン卿の脂ぎった手と冷たい瞳を思い出し、身震いした。その様子を見てスキアは眉を顰める。


「不安にならなくてもいい。俺があなたをお守りする」


 そう言うと、スキアは掌をミスティアに差し出した。その手から、淡い光が幻想的に浮かび上がる。彼の瞳と同じコバルトブルーの光。同じ色をした蝶も現れ、ミスティアの顔の前をひらりと舞った。

 あまりの美しさに、ミスティアは見惚れてほうっと息を漏らす。――先ほど感じていた不安は、いつの間にか消え去っていた。


「今のは光魔法ですよね? とても綺麗」


「ああ。あの男の事など考えずともいい。もし不安になったら、俺に頼ってくれ。先程の魔法には、精神を穏やかにする効果がある」


「便利ですが、なんだか怖いですね。私は心配性なのでスキアに依存してしまいそう」


 冗談も含めてミスティアが小首をかしげた。スキアは一瞬驚いた顔を見せ、また柔らかにほほえんだ。そしてきわめて小さくつぶやく。


「……そうなるといい」


「え? 何か言いましたか?」


「いいや、何でもない。大したことじゃないからな」


 彼のつぶやきは彼女に届くことはなかった。すると、ミスティアは顎に手をあてて何かを考える様子を見せた。


「あの、試しに光魔法を使ってみたいのですが、いいですか?」


「もちろん。望むままに」


「ありがとうございます。では――」


 そう言うと、ミスティアは机に置いてあったペーパーナイフを手に取った。そして指先にナイフを充て、プツリと人差し指を切った。つう、と血が滴る。彼女の思いがけない行動にスキアは目を見開いた。


「ミスティア! 何をしている……!?」


 スキアは声を荒らげて、ミスティアの手を取った。先程まで穏やかだった空気が一変して殺伐としたものに変わる。彼の瞳に激しい炎が見えた気がして、ミスティアは目を瞬かせた。


(ちょっと指を切っただけなのに)


「えっと……。治すには傷が要りますから。驚かせてしまってすみません。申し訳ありませんが、光魔法を使っていただいても良いですか?」


「っ、ああ! 回復ヒール


 スキアがそう言ってミスティアの傷に手をかざすと、金色の光が指先を包み込んだ。細かい粒子がキラキラと美しい。しばらくすると光は消えていき、そこには傷も何もないまっさらな肌が現れた。光魔法が成功したのだ。ミスティアは魔法の完璧さに心を躍らせる。


(凄い! 光魔法って本当に存在してたんだ。効果の割には、ほとんど魔力が消費された感覚がない。少しは成長できたのかしら)


 ミスティアは嬉しくなった。そして、目線を指先からスキアの方へと向ける。興奮のまますごいですねと口を開きかけた。だが。


(……う、うわあ)


 そこには暗黒のオーラをまとった彼女の精霊。目はよどみ、かげっている。ミスティアの手を掴んだまま、彼は離さない。彼女の視線に気づいたスキアが、口を開く。


 

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― 新着の感想 ―
・・・本当に光なのかな? ヤンデレ臭がするんですが―w
[気になる点] いきなり最強とは?精霊なのか、光魔法なのか、最上位魔法なのか。少なくとも主人公では無い。今後の展開に期待
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