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2 土の上位精霊ソルム

「これ以上彼女に近づけば鼻の頭が無くなるぞ」


 甘やかで冗談めいた声が響く。さらさらとした金の粒子が編み上がり、ついにその姿を作り出した。ギルバートは突然現れた男の姿に驚愕し、開いた口が塞がらない。


 夕闇の中でさえもはっきり分かる、恐ろしいまでの美貌。艶めく金髪に、爛々と光って見えるプラチナブルーの瞳。神が施した彫刻であろうかと思わせる端正な顔立ちは、男であるギルバートさえも魅了した。


 破壊的な美貌の顔の下には、立派な銀鎧を着込んでいる。瞳の色と合わせられた青い外套が目に鮮やかだ。眉目秀麗だと謳われてきたギルバートだが、目の前に現れた男の美しさは彼のそれを遥かに凌駕していた。


「な、な、な……!」


 ギルバートはぷるぷる震えながら彼を指さした。小動物のような様に彼――スキアがふっと息を漏らす。国の賓客に失礼があってはならないとミスティアは彼をたしなめた。


「スキア、殿下に失礼ですよ。笑えない冗談はよしてください」


「……あなたが言うなら、やめよう」


 スキアはそう言うと、くるりと外套を翻しミスティアの傍へ控えた。ギルバートは未だ驚愕に目を見開きながら、スキアをじろじろと食い入るように見つめる。そして口には出さず心の中で思いを叫んだ。


(この優男がアステリアの偉大なる光の大精霊!? たった1人の令嬢に忠誠を捧げていると聞いた時は、にわかに信じられなかったが。こうして大人しく縄に繋がれている様を見ると噂は本当だったらしい。……こんな小娘でさえ光の大精霊を従えているのに、私は……っ)


 貧乏くじを引いた。


 そう言葉が出かかって、ギルバートは拳をぎゅっと握りしめる。彼の心の中で、羨望が苛立ちへと移り変わっていく。


 こういう時、感情を露わにするのは止めよと周囲にさんざん注意されてきた。だが、ギルバートは我慢できない。昔から馬鹿にされるのだけは絶対に許すことができないのだ。堪えきれない怒りが溢れ、とうとう口から黒い感情がこぼれだす。


「見事な登場ショーでした。……私の精霊は凄いんだぞってか、ええ? さぞ気持ち良いでしょうなぁ。私がこんなみすぼらしい精霊と契約をしているのをあざ笑いに来たんでしょう。救国の英雄殿は良いご趣味をお持ちですね。ああそうだ!」


 ギルバートが嗤う。そして、とんでもないことを口走った。


「もう、こんな無能精霊なんて消えてしまえばいいんだ」


 そう言うと、彼は未だ地面に転がっているソルムへつかつかと歩み寄った。すると何を思ったか、ギルバートは再び彼を強く踏みつけ始めた。ミスティアとスキアは突然の事に息を呑む。


「おらっ、おらっ! どうせ見られたならしょうがない! こいつはねえ、私をさんざん苦しめたんだ。これは当然の報いなんだよっ!」


「お止めください! スキアっ、風魔法を使って殿下を止めてください!」


「ああ、風よ(エア)


 スキアが手をかざし魔法を発動させる。するとギルバートの身体がふわりと宙に浮きソルムから離れた。身体の自由を奪われたギルバートが更に怒りを爆発させる。


「何をする放せ! 私を一体誰だと思っている!?」


「少し落ち着かれてはいかがですか」


 ミスティアは呆れを含んだ声でギルバートを咎める。そして、ぐったりと地に臥せているソルムへ視線を向けた。体中に土埃が纏わりつき、あちこちに痣が見えた。恐らく今できたものばかりではないだろう。ミスティアはかつて自分が虐げられていた過去を思い出し、眉をひそめた。


 ――そして、スキアも。


「彼の傷をなぜ治さない」


 鋭い眼光に射貫かれ、ギルバートは思わず気圧されてしまう。


「こ、こいつは私の犬です。主人より幸せになっちゃいけないでしょう。こいつには俺を苦しめた責任を取ってもらわなきゃ」


「責任? 彼が貴方様に何をしたというのです、ここまでされる謂れがあると?」


 ミスティアの詰問にギルバートが首を傾げた。


「こいつに何かされたかって? いいえ何も。だから罪だ、何もできない無能な役立たず。存在が苦痛なのです。口出ししないでいただけますか? だって貴女はこいつの主人でも何でもない、まったくの無関係でしょう。それとも何ですか? 貴女がこの無能精霊を引き取ってくれるので?」


「っ、存在が苦痛? 馬鹿なことを」


 スキアがギルバートの言葉を聞き、不快を隠さず顔を歪め言い放つ。

 かつて彼も、長い間人間に苦しめられてきた。守護水晶を砕き生まれたばかりに、『お前が壊したのだ、責任を取れ!』と。

 生まれただけで、息をするだけで誰かに呪われる苦しみが、スキアには痛いほど良く分かる。


「ミスティア」


 だから、願わずにいられなかった。

 彼女の一番傍に居るのは自分であってほしい。だがこのままソルムを捨て置けば、まるでかつての自分がミスティアに捨てられたように思えて。それがどうにも辛くて苦しくてたまらない。


「彼を……助けてやらないか」


 思わずそんな言葉がするりと唇から飛び出す。スキアはハッと口を抑えた。今自分はなんと口走った? 不安に揺れるスキアの瞳がミスティアとかち合う。そしてスキアの願いを聞いたミスティアは、内心こう独り言ちた。


(良かった……私も彼を助けたいと思っていたから)


 彼女の心の中に、ホッとした気持ちと悲しみが湧き上がる。


(きっとスキアも見ていられなかったのよね。彼も私も、ずっと虐げられてきたから……スキアのこんな顔、初めて見たわ)


 彼の過去をいたむ気持ちと、完璧なスキアが見せた――見せてくれた弱さが愛おしくて。どうにかして彼に応えたくて胸のあたりがジクジク痛む。

 かつて孤独にむせび泣いていた少女をスキアが掬い上げたように、ミスティアも彼の過去を抱きしめたかった。


 そして彼女自身、苦しい境遇にいるソルムを見捨てることはできない。きっと今見捨てたら、ソルムはギルバートの望んだとおり消えてしまうだろう。


 そんなことは絶対に許してはならない。


 ミスティアは一息ついた後、心を決めてギルバートへ口を開く。


「……ええ、わかりました。殿下、先ほど貴方様はこう仰いましたね? 私に精霊を引き取って欲しいと」


 ミスティアの言葉に、ギルバートは目を丸くした。そして未だ拘束されたまま、その言葉を受け止めた彼が喜色を浮かべる。


「言いました、言いましたとも! この御荷物を拾ってくださるということですか? なんとありがたいっ! しかし本当によろしいので? こいつは正真正銘、魔力を吸うだけのゴミクズですよ。あとで要らないから返すと言われても受け付けませんからね! はは、流石は救国の英雄殿だ、まるで慈母のようにお優しい。こんな無能精霊にまで手を差し伸べるとは」


 ギルバートは態度を一変させへらへらと笑いだす。拘束が解かれ、彼の足が地に着いた。ミスティアはギルバートの横をするりと通り抜け、ソルムへ近寄り膝をつく。


 そして、その白く細い腕を彼へと差し伸べた。



「――私と契約していただけますか?」



 虫の息のソルムが声を聞いて瞼を開く。ソルムの視界いっぱいに、羽の生えていない天使が映り込んだ。彼はぼんやりと頭の中で呟く。


(こんなに綺麗なひと、見たことがない)


 判断力の落ちた頭に、ただその思いだけが満ちる。もし彼にもう少しだけ考える力が残っていれば、あるいはその白い手を払いのけたかもしれない。ソルムはもう誰も信用することができずにいたから。しかしこの時彼は弱り切っていた。ゆえに唇が言葉を象る。


「私、は――ソルム」


 そう囁いた後、彼の意識は暗転した。


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