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「光の大精霊が戻って来たというのは本当か!?」


 円卓の間。王都アステリアを統べる国王オーラント・ディ・アステリアは、宰相からの報告を受け思わず立ち上がった。彼が隠れてからというもの、王都は魔物に脅かされ滅亡への一途をたどるばかり。

 ――自分の代で王都を終わらせたくない。その切なる思いから不眠不休で政策に尽力していた彼にとって、この知らせは心の底より喜ばしいものであった。


「して彼はどこに!?」


「王立魔法学園にいらっしゃるようです」


「魔法学園……? 何ゆえその様な場所に?」


「それが……」


 王都アステリアの宰相ルーファスは、汗でずれたモノクルを掛け直した。


「ある女子生徒が、光の大精霊様を召喚したようなのです」


「なんだと……!?」


 オーラントは驚愕し大きく目を見開いた。光の大精霊スキアは、主を必要としない程の膨大な魔力量を持っていたはず。その彼を召喚するとは人間業とは思えない。しかもそれがただの女子生徒ときた。信じられない話だが、宰相は冗談を言う性質ではなく――オーラントは顎に手を当て考え込んだ。


(王都アステリアを守護していた大精霊を捕縛し、今の今まで隠していたとは……。国に甚大なる損害を与えた国賊ではないかっ。かの女子生徒には厳罰を与えるべきだな!)


 難しい顔をするオーラントに、宰相ルーファスが何かを察し口を開いた。


「陛下……。もし女子生徒――ミスティア・レッドフィールド男爵令嬢を罰するおつもりでしたら、どうぞお考え直しください。それを致しますと我が国が亡びかねません」


「何を大それたことを申す。そのミスティアとかいう娘を拷問し契約破棄させれば良かろう」


「それこそ大それたことでございますよ。かの大精霊様は、彼女こそ我が主であると仰いでいらっしゃるようですから。しかもミスティア嬢は火・水・風・光・闇の最上位魔法まで発動できるとのこと。そのような者を敵に回しては、いたずらに兵を失うだけでございます」


 オーラントは宰相の言葉を聞き、言葉を失った。


「…………い、今何と? 五属性全ての最上位魔法を使える人間がいると、そう申したのか!?」


「はい」


 え……そんなの勝てるわけなくないか……?


 オーラントは目を点にした。そして膝が痛くなってきたので、椅子に座り直す。最上位魔法を発動できる人間など、彼が知る限り存在しない。最上位魔法は伝説級の魔法で、国がひとつ吹き飛ぶほどの暴力的な魔法であると知られている。彼がふと視線を向けた机の上には、アステリア周辺の大地図が敷かれていた。


(これ全部吹き飛んじゃう……?)


 オーラントの中の弱気な彼が、心の中で膝を抱えてうずくまった。人間が発動させれば国ひとつ、では大精霊であるスキアが発動させたら――。

 オーラントはぶるぶるっと身体を震わせた。彼は生粋の小心者なのだ。


「であれば……止めようか」


「ご英断にございます、陛下!」


 オーラントの小さな呟きに、宰相がこれ見よがしに食いつく。オーラントをよいしょと持ち上げた後、宰相はついに言いづらいことを打ち明けることにした。


「陛下、そのミスティア嬢なのですが。謁見を賜りたいと請いているようなのです……いかがいたしましょう」


「うむ……会ってみようか」


 断るのも怖いし。


「は、かしこまりました。その様に手配させます」


 王の返答を聞き、宰相はホッと息を吐いた。オーラントは高慢で一時の感情に左右されやすい。しかし小心者でもある彼の政は、これまで意外にも功を奏してきた。ゆえにまだ彼には玉座に座っていてもらいたい。すべては平和な世のために。


 光の大精霊スキアは、召喚されることによって弱体化したかと思われた。だが驚くべきことに、彼は何倍にも力をつけ還って来た――。


 喜ばしいことだが、御すことができなければ危険だ。


(ミスティア・レッドフィールド嬢とは一体いかなる人物なのか……)


 モノクル越しの瞳の中に、不安が宿る。


 そして、瞬く間に謁見の日は訪れた。


 謁見の間、大理石を基調とした広間は広々としていて空気が冷たい。同じく大理石で造られた壇上に玉座はある。その上には天蓋があり、威厳あるアステリアの紋章のバナーが吊り下がっていた。


 バナーの下、黄金の玉座に腰かけたオーラント・ディ・アステリアが口を開いた。


「よくぞ戻られた、光の大精霊よ」


 彼の目の前には、記憶に違わない恐ろしい美貌の精霊がいた。その横には、銀糸のごとき髪をたくわえた可憐な少女。伏せられた目は儚げでいて、とてもではないが国一つ滅ぼす程の力を持っているとは思えない。


(彼女が、光の大精霊を召喚せしミスティア・レッドフィールド嬢なのか……?)


 その姿は彼の目に華奢で頼りなく映った。気を大きくしたオーラントが尊大に口を開く。


「そしてミスティア・レッドフィールド嬢。余になにか申したいことがあるようだな?」


 オーラントに発言を許されたミスティアが、優雅にカーテシーを披露する。


「王都アステリアの輝く太陽へご挨拶を申し上げます。陛下におかれましては、謁見の機会をくださったこと心より感謝いたします。この度は、この光の大精霊スキアの今後……身の振り方を案じて陛下に奏上をお許しいただきたく、御前に参った次第です」


「う、うむ。ということはやはりそなたが……光の大精霊の主なのだな?」


「はい。その通りでございます」


 オーラントはふう、とため息を吐き眉をひそめる。


「ミスティア嬢よ。知っているとは思うがこの御方は王都の守護者である。魔物の被害は甚大で、民も次々に命を奪われているのだ。皆までは言わぬが、彼には責任がある――わかってくれるな?」


 事を荒立てる気はないが、スキアを国へ譲れ。

 つまりオーラントが言いたいのはそういうことであった。彼の言葉を聞いたミスティアが、静かに青筋を立てる。


(スキアの気持ちは考えたこと無いわけ!? 精霊には感情はないと思っているのかしら。壊れない道具みたいに、いつまでも戦い続けられるはずないじゃない……っ)


「そのことでございますが陛下。そもそもなぜスキアが守護者で在り続けねばならないのか、お教え願えますか?」


 ミスティアの責めるような無礼な声色に、控えていた近衛兵(キングス・ガード)が剣を抜こうとする。だがオーラントは片手でそれを制した。彼が言葉を続ける。


「知れたこと。守護水晶を破壊し生まれたのが光の大精霊なのだ。天が代わりに遣わせてくださったのだろう」


「お答えいただき感謝いたします。……であれば、守護水晶が修復され再び王都から魔物を遠ざければ、スキアに責は無くなりますね?」


「……! 守護水晶の修復だと?」


 青天の霹靂であった。

 オーラントはううむと唸り視線を彷徨わせる。トントン、とひじ掛けへ指を叩く音が鳴った。

 

「今まで優秀な魔法使いがさんざん試したが、すべて失敗に終わっている。何十人と、いや何百人と束になって試したのだぞ。それをぽっとでの小娘ひとりが成し遂げられると? 冗談もほどほどにいたせ。全く、貴重な時間を使って謁見を許したというのになんたる戯言を――」


 オーラントの語気が荒くなり目に見えて苛立ち始めた、その時。


「直しました」


「…………………………えっ?」


 ん?

 とその場にいたミスティアとスキア以外の全員が首を傾げた。

 

「い、今なんと」


 オーラントが聞き間違えたかと疑問を口にする。ミスティアは再び、今度はハッキリと大きな声で王へ告げた。


「守護水晶を直しましたので、スキアへ与えられている守護者の任を解いてくださいませんか」


 凛とした声がその場に響き渡る。


 オーラントは、先ほどまで小娘と侮っていたミスティアの表情に思わず見惚れた。彼女の瞳には一点の曇りも存在していない。冬の寒空、雲一つない晴れ渡った青空のような。


 オーラントは言葉が出ずうろたえる。その様を見て、今まで黙っていたスキアが初めて口を開いた。


「オーラント、ミスティアの言葉はすべて真だ。嘘だと思うなら派遣している兵を呼び戻し報告を聞くと良い。もし違えばこの俺が責任を取る……して、もし修復が叶ったとなれば俺に責はなくなるわけだが。晴れて自由の身にしてもらえるのかな?」


「だ、大精霊様。いきなりそのような事を言われましても……」


 戸惑いを隠せないオーラント。その時、突然謁見の間の扉が開かれた。一人の兵が必死な表情で駆け寄ってくる。近衛兵が何ごとかと王の前へ出でて剣を抜いた。それにもかまわず、兵はその場に膝をつき大声で叫んだ。


「陛下! 突然のご無礼申し訳ございませんっ! しかしお耳にお入れしたいことがあり急ぎ参りました。現在王都周辺に確認されていた魔物が、ことごとく消滅したとのことでございます……!」


「何っ……!?」


 これには、オーラントも近衛兵も強い動揺を示した。近衛兵の構えていた剣先がカタカタと揺らぐ。いかなる時も冷静沈着であるべき王の兵でさえ、平常心では居られないほどの吉報。


「素晴らしい時機タイミングだ」


 ふ、とスキアが笑う。それを見たオーラントは思わず玉座から立ち上がった。



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