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3 4体目の精霊

「はあ……」


 夜、バルコニーに立つ。次から次へとやってくる不幸にミスティアはため息しか出ない。


 開け放たれた大きな窓に、薄く透けたカーテンがひらひらと舞う。夜風が冷たいが、先ほどの雑踏を早く忘れたかった。素足で出たため足先も冷える。


 欄干に手を添えて、夜空を見上げた。


 星は無く雲が多い。その隙間から、やけに明るい月影が辺りを照らしている。きっと幾らか時間が経てば、真っ暗になるだろう。彼女がぼうっとしていると、1人のはずの空間に低い声が響いた。


「――早まらないで」


 それは、一度聞いたら誰であっても再び聞きたいと思うような甘い声だった。


 声がした部屋の方に素早く振り向き、ミスティアは口を開く。


「誰?」


 その返事は彼女が自分で思った以上に緊張をはらんでいて、ごくりと喉を鳴らす。

 

「……精霊、だ」


 落ち着いて観察すれば確かに精霊の気配。透けたカーテン越しに、月影で彼のシルエットが浮かび上がっていた。ふわり、と風が吹きカーテンの隙間からその姿が曝される。


(うわあ、なんて、綺麗な男の人)


 その人は、一言で言えば御伽噺に出てくる聖騎士。


 白皙はくせきの肌。月の光を集めたような、プラチナブロンドの髪。完璧に左右対称の整った顔立ち、切れ長の目にはめ込まれたコバルトブルーの瞳が月光を浴びてきらりと光った。薄い唇は青ざめて見えて、その先にある顎先はすっと細い。


 身丈も見上げるほどある彼が、ぬっとミスティアに近寄る。


 肩から降りた青い外套に白を基調としたサーコート。肩や腕、足にはプレートアーマーが嵌められ、帯刀もしている。高貴な姫に仕える騎士のような装束だ。その出で立ちはよく鍛錬した武人の雰囲気を纏っていた。


「死ぬなど考えないで。さあ、こちらへ」


 数歩離れた位置で、無表情に彼が手を差し伸べた。カチャリと彼の鎧の音がする。


(って、死ぬですって? ああ、服も寝間着。裸足で3階のバルコニーに……しかも夜中に突っ立っていれば勘違いもされるか)


「何か勘違いしておられるようですが、ここから飛び降りたりなんかしませんわ」


「……だけど、身投げしても可笑しくない仕打ちを受けていた」


「え、なぜそれをご存じなのです? 近くにいらっしゃったのですか?」


「ああ。裏切者どもが離反したときから」


「裏切者って……」


 ピンとくる。裏切者、それはシャイターン達の事を指していた。


 でも何故彼がそこに居たのだろう、とミスティアは思った。彼女の表情を察し月影の君が口を開く。


「最後の精霊を召喚した時、俺も召喚されていたんだ。だが当時のか細い魔力で俺まで顕現させるには、荷が重い。だから奥底で眠りについていた。裏切者どもが席を開けたので、そこに座ったまで」


「じゃあ、あなたは……」


「正真正銘、あなたの精霊」


 ミスティアは目を瞬かせる。


(驚いた。まさか、4体目が居ただなんて)


「それにしても、最後の精霊を召喚したのは5年も前になります。その間、まさか……ずっと閉じ込められていたってことですか!?」


 彼の切れ長の瞳は、厳しく冷たい印象に映る。しかし主の体を案じて自らの自由を縛るとは、見た目によらず気が長く心優しい精霊だとミスティアは思った。彼女の言葉を聞いた彼は、恥じらったのか目を伏せ腕を組む。


「気にすることじゃない」


「――あなたの名前は?」


「……名を明かせば、本契約になるが」


(なるほど。現れたのはシャイターン達と同じく契約破棄してもらうためだったのね)


 ミスティアは自分の気持ちが一気に冷めるのを自覚し、ため息を吐いた。精霊に嫌われる星の元に生まれてしまったのだろうか、と自らを呪いながら。ひどく落胆した、と肩を下げて彼へ背を向ける。

 本来ならああそうですか、と去ってもらう所だ。


(けど、ここで引き留めなければ、私は死んでしまう……)


 ミスティアはしばらく考えたのち、精霊の方へと向き直った。自らを主人と仰ぐ気の無い精霊を留めるのは気が引けたが、選択の余地はない。


「お願いします。私と契約して欲しい」


 ミスティアが引きすがったことに対して、彼は意外そうな表情をした。


「……あんなことがあったのに?」


「すでに御存じでしょう。精霊と契約しなければミクシリアン卿に嫁ぐことになります。彼は幼い妻を娶っては、いたぶる趣味の持ち主です」


「そんな男の元に嫁ぐのは死んでも嫌だろうな。だが、俺が二つ返事で了承すると?」


「確かに勝手な話ではありますよね」


「あなたは俺に何をしてくれるのかな」


 期待を含んだ声色。精霊が求めるものを彼女は想像した。シャイターンは強さを、シシャは不明。そしてアリエルは『愛されること』を望んでいたはずだ。現時点、この中で精霊の望みを叶えられるのはアリエルの言ったことだけ。


 正直ミスティアは感情表現が苦手である。いくら思っていても相手には伝わらない。しかし精霊に見限られないためには、彼女自身が変わる必要があった。考え詰めてミスティアは結論を言葉に出す。そして彼女は、人の感情に疎く『ぽんこつ』なところがあった。それを踏まえて。



「あなたの事を一生大事にして、愛することを誓います」


「………………………………え」


 

 突然のプロポーズである。


 2人の間に暫くの沈黙が流れた。やがて、ミスティアは自分が何を言ったのか理解し我を取り戻した。ハッとした表情で、先ほどの言葉を訂正しようとする。


「あっ、これは別にプロポー……」

「へえ」


 しようとしたが、彼に止められてしまった。未だ名乗らない美しい精霊は、聖騎士の如き見た目に反した邪悪な笑みを浮かべる。そして顎に手を充て嬉しそうに呟いた。


「まさか、婚約を申し込まれるとは」


「ち、ちが」


「嬉しいよ。喜んで受け入れる」


「えっ」


 予想外の言葉にミスティアは固まった。かまわず、彼は優雅にミスティアへ跪く。そして彼女の手を取り流れるような動作で口づけた。月影が長い睫毛に反射して、キラリと光る。呆然としていたミスティアだったが、状況を把握すると頭から蒸気が出そうなくらいに顔を赤くさせた。


「な、な、な(顔が、良すぎる)」


「俺の名前はスキア。よろしく、婚約者殿……ああ、わかっている。冗談さ」


 名を明かせば本契約となる。ミスティアの心臓が、じわりと熱くなった。精霊と繋がった証だ。


「あなたは、そんな表情も出来るんだね、面白い」


 契約が終わりスキアと名乗った精霊は立ち上がりそう言った。プロポーズが本意でないことが通じ、ミスティアはホッと一息つく。


「ああ、そうだな。契約した代わりに、俺の願いをひとつ聞いてはくれないか」


「え、と。叶えられることなら」


 彫刻めいた顔立ちの整った唇が弓なりに弧を描いた。それを見たミスティアは、なぜか背筋がゾクリとあわ立つ。


「俺に笑いかけ、俺に優しくする」


「…………はあ」


「簡単だろう?」


 ミスティアがそれ聞いて最初に思ったことは『なぜ? 意味があるのか?』であった。しかし、命の恩人である彼に対して不躾な真似はできない。どうせお遊びなはず。演技でもいいなら彼に協力してもいいだろう、とミスティアは頷いた。


「分かりました。笑う事は得意じゃないけど、あなたに笑って、あなたに優しくします」


「――嬉しいよ、ミスティア。では予行練習を」


 声は優しい。そう言うと、スキアはミスティアに向かって両腕を広げた。絶世の美丈夫が優しく目を細めている。嬉しくてたまらないといった様子だ。


 彼女は困惑した表情で、スキアを見上げる。ミスティアのガラス玉のような冷たい視線を浴びても、彼は平気なようだ。いつまでも上機嫌でいる。ミスティアは不思議と――それが心地よいと感じた。


「あの?」


「婚約者同士なのだから、抱擁くらいするだろう」


「……そうなのですか?」


「そうだとも」


 精霊のために本ばかり読んでいたミスティアは、世間の事に若干疎い。ましてや色恋なども考えたこともなかった彼女は、スキアの言う事を信じた。


 恐る恐る彼に近づくと夜風で冷えている彼の鎧に腕を回す。そうして、柔らかい頬に金属の冷たさを感じた。スキアもまた彼女の抱擁に応え、背中に手を回す。


「ああ、悪くない」


 表情はうかがえないが、ミスティアの頭上から低い呟きが降って来る。

 その声があまりに優しかったので、すぐに離そうと思っていた腕を、解くのをためらったのだった。

 

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