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23 幽霊

 スキアは、みすぼらしい娘がミスティアという名前であることを知った。

 未契約の精霊、『幽霊ゴースト』という曖昧な存在である以上、主から離れて過ごせない。そのためにスキアは、彼女の名前以外にもミスティアの現況をいくつか知り得ることが出来た。


 彼女の一日は薪集めから始まる。


 新雪が降り注ぐ早朝に、手を赤くさせながら。それが終わると食事の支度だ。といっても自分の分ではなく、屋敷に住む2人のため。食事を送り届ければ掃除をしたりと、いかにも侍女らしい生活を送っていた。スキアはそれらの行動になんの疑問も抱かなかった。


 ミスティア・レッドフィールドが歴とした貴族令嬢であると知るまでは。


 最初に違和感を覚えたのは、同じ家に住むアリーシャという令嬢が、ミスティアを『お姉様』と呼んだことだ。

 

(かつ一介の侍女が家の帳簿まで管理しているのが不思議だったが、合点がいった)


 それらが確信に至ったのは最近である。彼女が時折眺めている、大広間に飾られた肖像画の女性がミスティアの母であると気づいたのだ。


「お母さま……」


 同じ菫色の瞳。察するにミスティアの母は故人なのだろう。誰もいない大広間で、母を呼ぶ彼女の姿は哀れに映った。父母が亡くなり、叔父に乗っ取られた家に身を置くミスティア。貴族令嬢としての矜持を奪い、侍女として扱われている日々は確実に彼女をすりつぶしていく。


 そして、ミスティアはそれを受け入れていた。


 スキアは哀れだなとは思いつつも、自分には関係ないどうでもいいことだと捨て置いた。

 それよりも、戦場から離れた静かな日々を享受したかったのだ。そして1年、2年と時がただ過ぎていった。


 やがてある時、スキアの心に変化が訪れるきざしがあった。


「おい女、いつになったら魔法を使って良いんだ?」


「……申し訳ございません」


 燃える赤髪の精霊、シャイターンがミスティアに詰め寄る。

 冷たい眼差しは主への親愛の欠片もない。ミスティアは俯き、ぎゅっと目を瞑った。


「申し訳ございません、じゃ分からねえんだよ! 俺は早く魔物をバーッと倒してえんだ。はあ、なんで俺がこんな役立たずなんかに召喚されちまったんだ。3体もの上位精霊を召喚したのだから、凄い奴かと思ったんだが……。契約するんじゃなかったぜ」


「本当に申し訳ないと思っています。ただ、今魔法を使用されると私の身が持たず、結果的にシャイターン様や皆様の存在が危ぶまれますゆえ……。もっと努力いたしますので、お許しを」


「チッ、主が死ねば精霊も消滅するなんてな、最悪だ」


 そう言い残し、シャイターンはミスティアの下を去っていった。


 レッドフィールド家の廊下に、ミスティアと幽霊ゴーストが残される。彼女は去っていくシャイターンの背中を、引き留めることなくただ一心に見つめ続けていた。そしてスキアはふと『ミスティアはどんな表情を浮かべているだろう?』と気になり、彼女の顔を覗き込んだ。そして、僅かに目を見開く。


 そこには、悲しみと、シャイターンへの愛が感じられた。


(あんなに酷いことを言われたのに)


 もしかしたらスキアの勘違いだったのかもしれない。だが、その時彼は確かにそう感じたのだ。愛と言っても恋慕の類ではない。しかしミスティアはシャイターン達を愛している。そう思ったとき、スキアの心のそこから、何か黒いどろどろとした感情が噴き出した。


(なぜあんな奴らをミスティアは愛しているんだ? あいつらには、あなたの愛は相応しくない! 俺ならそんな顔をさせないのに……!)


 許せなかった。


 なぜならスキアは、ミスティアの努力を一番近くで見てきたから。どんなに寒い日も火を絶やさず、家を保持し学び続け、何一つ欲しがらなかった。年頃の娘が経験するべき楽しい時を、ミスティアは精霊へ捧げていた。同じ家に住み、立場を乗っ取った義理の妹は享楽に耽っているというのに。口には出さないが、辛いだろうと察することができた。そして叔父からの暴力にも一人で耐え続けた。精霊達を消滅させまいと願う一心で。


 目ざわりなので叔父を殺してやりたかったが、顕現することは彼女の魔力を奪う。すなわちミスティアの死を招く。


 ミスティアは、スキアへ安らぎを与えてくれた。

 一度も言葉を交わしたこともないのに。だが長い年月が、少しずつ氷を解かすように彼の傷を癒した。そしてこの時から、スキアは思ったのだ。


 ミスティアの愛を受けられる相手が自分で在って欲しい、と。


 スキアは何日も砂漠で彷徨う獣が水を欲するように、ミスティアの愛が欲しくなった。喉がカラカラに渇いて苦しく、どうにかして彼女の視界に映りたくなった。こんなに欲しているのに、精霊達はただ当たり前に愛されている。それどころか気づきもせずミスティアを疎んじている。


「嗚呼、消してやりたい。あなたを苦しめるもの全てを」


 そうしたら、ミスティアは自分の事をあの瞳で見てくれるだろうか。視線の合わない彼女の頬を、透ける指先で触れる。いつしかスキアにとってミスティアは、何にも代えられない大事な存在となっていた。


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