13 おめかししましょう
次の日、正午の少し前。部屋でミスティアが読書していると、扉から控えめなノックの音。彼女はパタンと分厚い本を閉じ、サイドテーブルへと置く。そして扉に向かって声をかけた。
「どうぞお入りください」
「失礼いたします」
その声がすると同時に、影に隠れていたスキアが金の粒子を編みながらミスティアの隣に現れた。与えられたのは一部屋のみだったので、スキアが『俺がいつまでもいると息が詰まるだろう』と遠慮していたのである。警戒しているのか彼は剣の柄に手を乗せた。
扉が開かれる。そこに居たのは、美しいドレスを纏った女性たちだった。一礼した後、ぞろぞろと部屋に入って来たのは5人。その中の孔雀羽の帽子を被った女性が、両手を合わせてミスティアに微笑んだ。微笑まれた彼女は、何事かと立ち上がり目を瞬かせた。スキアは剣の柄から手を外し壁に寄る。警戒の必要なしと判断したらしい。
(エッ? 状況が飲み込めないのだけれど!?)
「初めまして、お嬢様。私たちはシンプソン侯爵夫人に雇われた仕立て屋でございますわ。私はウォルターズ・テーラーの店主、イヴリン・ウォルターズと申します。この度は格別のご愛顧を賜りお礼申し上げます。早速ですがお嬢様。こちらのお部屋に私共の商品をお運びしてもよろしいでしょうか?」
「仕立て屋? えっと、お頼みした覚えがないのですが」
「サプライズという事でご依頼を受けましたの。お代に関しては、メアリー様から既に頂いております。遠慮されるだろうとこのお手紙をお預かりいたしました、どうぞ。――さて、お嬢様。こういったお仕立てには時間がかかります。お運びして宜しいですね?」
「は、はい」
イヴリンと名乗ったマダムは、ミスティアに手紙を渡すと、にっこり笑った。そしてキリリとした職人の顔へと変わる。彼女は両手を2回叩いた。すると狭い部屋にドレスを纏ったマネキンや、ハンガーにかけられたドレスが次々と運ばれてくる。
しばらく呆然と見つめていたミスティアだったが、手元にあった手紙を読むことにした。
(えーと、『精霊刀を預かりました。すぐに知り合いで買い取りたいとの申し出があり、お譲りした次第です。随分感謝されて、私までその夜豪華なディナーをごちそうになりました。お金は貴方の口座を開いてそこに預け入れしました。あとで確認しておいてください。それと、ドレス代はディナーのお礼です。大人しく受け取ってね』って……。お礼にしては大掛かりすぎる気がするのですが)
ミスティアは、手紙と共に同封してあった通帳を開いた。そこには1千万リアと記されている。1千万リアはかなりの大金だ。どれくらいかというと林檎が10億個買えるぐらいである。つまり、とてつもない天文学的な額で一生お金に困らないという額だ。
(いっ、せ、リア……!? こんなの出せるのは王家か公爵家ぐらいじゃ!?)
ミスティアは手が震えた。そしてこんな価値のある精霊刀を手放してくれたスキアにすさまじい罪悪感が湧く。壁に寄り掛かって作業を眺めている彼に、ミスティアがじりじりと近寄った。
「スキア。精霊刀の買い手が見つかったそうです。それで、その……。学長のはからいで既に口座に振り込まれていて……。とんでもない大金でした。侍女なら100人でも雇えそうです」
「それは良かった。要らないものが役に立ったな。侍女を100人雇うと良い」
スキアが笑って軽口を叩く。
「雇いませんよ! それで、えっと。改めてありがとうございます。本当に良かったのですか?」
「ああ。くれぐれも後で取り戻そうなどとは考えないでくれ。俺の顔を立たせてくれるつもりがあるのなら」
「……はい」
実は、考えていた。見透かされてミスティアは指をもじもじとさせる。こんな貴重なものを持っているなんて、一体スキアは何者なのだろう――。ミスティアは彼をじっと見つめた。視線に気づいたスキアが、口の端を上げる。
「なにかあなたから贈り物を貰えればうれしい」
「お、贈ります! スキアの好きなものを何でも」
ミスティアは前のめりに意気込む。すると、準備が終わったのかひとつ咳払いが聞こえた。店主である。
「お話し中のところ申し訳ございません。準備が整いましたので、殿方は退出していただけますか?」
「……スキア、控えていてくれますか」
「心配だといえば過干渉になるかな」
スキアが目を伏せる。ミスティアを一人残して消えるのが気がかりな様子だ。見かねた店主が口をはさむ。
「いけないという訳ではありませんが、何せ脱ぎ着を沢山いたしますので。困るのはお嬢様かと」
「それでは、仕方ない。守護の魔法はまだ有効だな。何かあったらすぐ名を呼んでくれ」
「わかりました」
そう言うと、スキアは金の粒子と共に足元からさらさらと消えていく。物語の一節さながらの美しい場面に、周囲の女性たちが感嘆の息を漏らした。手が止まる女性陣。しばらくすると気を取り戻したのか、店主が恥ずかしそうに咳払いをした。その声で、周囲の女性たちも慌てて作業を再開させる。
(色々ととんでもない美しさよね、プロでも思わず手が止まるほど)
ミスティアは内心うんうんわかると独りごちた。
「さあ、始めましょう! 戦の始まりですわね。まずは御髪を整えますわ、それから――」
その完璧な笑顔に、ミスティアは頬をひきつらせた。沢山の人の手がミスティアに触れ、あれよあれよという間に服が剥がされる。次は椅子に座らされた。ミスティアのボサボサの髪を梳く女性は、眉を吊り上げている。まるで親の仇と戦っているような形相だ。ちなみに物凄く痛い。ミスティアは自分の髪がカットされ床に落ちていくのを、ぼんやりとただ見つめるしかなかった。
*
「素晴らしいですわ! 私の最高傑作です! ああ、ここに絵師を呼びたいくらい!」
店主がうっとりと頬に手を当てて歓喜の声を上げた。鏡台の前に立たされたミスティアは、ゆっくりと瞼を開く。そこに居たのは――。