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11 アリーシャの愉悦

 アリーシャは有頂天そのものだった。


 彼女は私室のベッドに横たわり、クッションを抱いて天井を見上げていた。天井に描かれた天使が、アリーシャに向かってほほ笑んでいる。


 思えば優れた容姿といい才能といい、すべてに恵まれてきた。欲しい立場も父が作ってくれたし、したくないことは自らが『姉』と呼ぶミスティアに押し付ければいい。

 ミクシリアン卿の婚姻話が来たときは、流石の彼女も焦った。だがちょっと頭をひねれば、すぐに問題は解決だ。


(お姉様から簡単に精霊を譲って(・・・)もらって良かったわ~! ミクシリアン卿はお姉様に押し付けられたし、精霊達は美しいし! しかも精霊使いとなって、高位貴族が集まる学園にも通えるのだから! 本当に最高!)


 アリーシャはニヤニヤと頬を緩める。ベッドで体を転がし、学園でのめくるめくラブロマンスに思いを馳せた。

 今でさえ、シシャ以外の精霊にお姫様扱いしてもらえる毎日。きっと学園に行けば、もっと持て囃されるに違いない。アリーシャは頬を染めて、ほうっとため息を吐く。きっと自らの学園デビューは素晴らしいものになる。


「でもあんまり魔法が読めなかったのよね~。お姉様が召喚した精霊だから、使えないのも仕方ないか」


 アリーシャは、精霊の事にあまりくわしくない。

 『精霊の書』に魔法が記されていて、魔力が有れば魔法が読める。というシンプルな知識しか知らないのだ。最初は、自分が主になれば沢山魔法を使わせられるはず! 最強になれるはず! と意気込んでいた。だがシャイターンが使えたのは、焚火ぐらいの炎を出せる魔法だけ。他の精霊も同じような感じだ。


「は~あ、上位精霊だっていうから期待していたけれど。見た目はすっごく良いのに。本当に残念」


 彼女の頭には、『自分の魔力が不足している』という考えは全くなかった。精霊がたいした魔法を使えないのは、『姉が召喚した精霊だから』なのだ。

 唇を引き結び、アリーシャはベッドから身を起こす。立ち上がると、少しだけふらっとした。


(なんだか最近、立ちくらみが多い気がするわ。なぜかしら?)


 きっと浮かれすぎて、寝不足だから。と、アリーシャは自分に言い聞かせた。彼女は首を振って、窓の外を見る。庭では、シャイターンが魔法の練習をしている姿が見えた。――剣の素振りをする騎士さながらだ。アリーシャは白魚のような手をそっと窓硝子にそえて、微笑む。


「シャイターン様。努力していらっしゃるのね、流石だわ! もっと強くなって頂かないと」


 ちなみに何度魔法を使っても、精霊が新しく魔法を覚えることはない。威力が上がるという事もない。すべては、魔力源である契約主に依存しているためだ。精霊が努力しても無駄なのである。強くなるには、主が血のにじむような努力をするしかない。


 シャイターンは単に、やっと使えるようになった魔法を馬鹿みたいに使って楽しんでいるだけなのだ。


 その姿を、何も知らないアリーシャはうっとりと見つめた。すると、コンコン、と扉をノックする音。アリーシャは振り返る。


「はぁい、どなた?」


「私だアリーシャ。入ってもいいか?」


「あら、お父様! どうぞお入りになってくださいませ」


 アリーシャは声を明るくして、扉へ駆けた。ガチャリと扉が開き、彼女は父の胸に飛びつく。無邪気な少女のような歓迎に、父である彼も顔を綻ばせた。淑やかさには欠けるが、懐いてくれる娘を無下には出来ない。彼はアリーシャの両肩に優しく手を置いた。


「おやおや……。走ったら危ないだろう」


「うふふ! でも嬉しくって! お父様のおかげで私すごく幸せですの!」


 幸福に頬を染め父を見上げるアリーシャはとても愛らしい。父は、娘の幸せな笑顔を守れたことに幸せをかみしめた。


「良かったよ。お前がミクシリアン卿に嫁ぐなんて考えただけでもぞっとする。アリーシャに相応しい殿方が見つかると良いな」


「はい! 学園へ通えばきっと、素晴らしい王子様が私を選んでくださる筈ですわ」


「……その事だが、アリーシャ……」


 父はアリーシャの肩から手を降ろし、気まずそうに彼女から目を逸らした。その態度から察するに、良くないことが起きたのは明白である。アリーシャは不安げに眉を下げた。


「何かあったのですか?」


「学園で、特待生試験を希望しただろう? その試験内容なのだが……つまり。ミスティアと決闘することになった。すまない、退学届を提出したのだが間に合わなくてな。ドブネズミが窮地に立たされて噛んでくるとは。お前なら心配いらないと思うが、あの精霊はまるで獰猛な野犬だ。怪我をしないよう十分に気を付けてくれ」


「え? 試験内容がお姉様との決闘?」


 アリーシャはフッと鼻で笑った。もっと悪い知らせかと思えば、なんてことはない。彼女は拍子抜けしてしまう。


(なぁんだ、そんなの余裕じゃない! お姉様は精霊を顕現することさえ難しかったのだから。そもそも魔法を使えるはずないわ。あ~、私って本当に神様に愛されているのね! 運が良すぎるんだもの。特待生はこれで確実よ!)


「まったくお父様は心配性ですわね。私は上位精霊を3体、余裕で維持できているのですよ。しかも魔法も使えます。魔法が使えないお姉様に負けるはずありません」


「そ、その通りだな! お前が負けるなんてあり得ないことだ。アリーシャ、ミスティアに慈悲などかけなくても良いからな。学園に逃げ込むなど、家門に泥を塗った娘だ。勘当し退学となっても家には戻らせない。そのつもりで対応してくれ」


「まあ、おかわいそうに。何も勘当せずともよいではないですか。精霊様をまた譲っていただいて、ミクシリアン卿に嫁いでもらえばよろしいのに。もし拒否なされば、ハウスメイドとして家に居ていただいても大丈夫ですわ」


 アリーシャは優しい声で父に語り掛けた。彼女の父はたまに短絡的な処がある。ミスティアにはまだ沢山使い道があるのだ。だがアリーシャが父に注意すれば彼が逆上するのは必至。下から、優しく言えば父は簡単に転がされてくれる。彼女の思った通り、父はアリーシャの優しい心遣いに涙を潤ませた。


「お前は……! 本当に優しい娘だ。きっとお前の母に似たんだな。お前のためなら何でもしてやりたいよ、アリーシャ。話したら心が軽くなった心地だ。心配することは何もない。思う存分戦ってきなさい、そして、ミスティアの今後はお前にまかせる」


「お父様、ありがとうございます」


 父と娘の美しいひと時。彼らはまだ得てもいない未来の勝利に酔いしれる。父は、ミスティアをミクシリアン卿に売って手に入れるであろう金に、頭をくらくらとさせた。アリーシャは学園での華々しい勝利を思い描き、頬を緩ませたのだった。


 

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