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1 『冷徹女』

「魔力のないお前は俺たちの主人に相応しくない、契約破棄してくれ!」


 レッドフィールド家の裏庭、だいだいの陽が夕霧に溶けている。


 そこには1人の少女と、彼女に対峙する4人の人物。ざわ、と薄暗い影を含んだ木々が風に音を立てた。


「精霊様方もこう仰っていますし、崇高なるお力をベストな状態で奮って頂かねば。お姉様、どうか契約主の御立場を私に譲ってくださいませ!」


 精霊たちを自らの傍に侍らせながら、アリーシャ・レッドフィールド男爵令嬢が告げた。美しい青年の容をした彼らに見劣りしない、美しい彼女。金髪碧眼で雪のような白い肌。血を垂らしたくらい赤い唇。その姿はまるでお人形のように可愛らしい。


 そして彼らに詰め寄られているのは、アリーシャの姉である――ミスティア・レッドフィールド男爵令嬢だ。

 

 艶のない細い銀髪。釣り目のパッとしない薄い紫の瞳は、母譲り。顔立ちは美人の部類だがそれでも妹には劣るし、魔力も膨大な量を持つ彼女には敵わない。


「シャイターン様……」


 それでも嘘だと言って欲しくて、ミスティアは初めて契約した炎の精霊の名を呼んだ。燃えるような赤髪に同じ色の瞳。魔物を一瞬で焼尽する猛火の主。シャイターンは上位精霊で、美しい青年の姿をしている。


「お前、暗いんだよ。にこりともしない冷徹女! いつもいつもアリーシャを虐めてるらしいじゃねえか。お前には心というものがないみたいだな?」

 

 ミスティアはガツン、と頭を殴られた心地がした。アリーシャを虐めたことなんて一度もない。とんでもない言いがかりだった。それに『冷徹女』。そんなつもりはなかったが、彼にはそう映ったらしい。


 アリーシャが勝ち誇った笑みを見せて、シャイターンの腕に絡みつく。その横に居るのは2体の精霊。風を操るシシャと水を司るアリエルと言う名の精霊だ。


 シシャは我関せずといった表情で、目を瞑って腕を組んでいる。アリエルは水の精霊だ。透ける水色の髪に同じ色の瞳。やや中性的で美しい。たまに彼とは話すこともあったし、何か言ってくれるに違いないと、ミスティアは震える唇で彼の名を呼んだ。

 

「アリエル様」


 名前を呼ばれた彼が彼女に視線を向けた。にっこりと笑うので、ミスティアも期待してぎこちなく目元を緩ます。


(きっと彼なら、私がアリーシャを虐めるはずないって、味方してくれるわ)


「すまないミスティア。私もアリーシャがいいんだ。一緒にお菓子だって食べてくれるし、この間なんて宝石もくれたんだよ。ミスティアが一度だって遊んでくれたことが有ったかい? アリーシャなら、望みを全部叶えてくれるんだ。私たちを愛してくれる。そんな優しいアリーシャを、君は……」


 失望したとアリエルがため息を吐く。ミスティアはショックで目の前が暗くなった。ぐらぐらと視界が揺れる。


(お菓子? 宝石? 遊び?)


(彼は一体何を言っているんだろう。精霊を召喚したのは、国を魔物から守るため。いつか精霊使いとして認められるよう、寝食を犠牲にして勉強した。没落寸前の家門を救うため、乙女として一番輝かしい時間を彼らのために使ったのに)


 魔力の少ないミスティアが上位精霊3体を維持し続けるには、途方もない努力が必要だった。


 ゆえに彼女は友達とのお茶会や華やかな舞踏会、婚約話さえもふいにして惜しむことなく勉学に励んだ。結果、社交界では変人扱いされてしまう。精霊達はああ言うが、そもそも彼女にアリーシャを虐める時間なんてあるわけがないのだ。


 忙しい日々。勿論、精霊たちと思うように交流できていないことは承知だったが、それでも待っていてくれると信じていた。ミスティアは、精霊と言う存在を心から愛していたから。


(――正直、この立場を代わってくれるのなら……と思ってしまう自分もいる。でも私は彼らが大好きだった。だから、頑張ってこれたのに)


「っ、なんで……」


 全部捧げたのだ。キラキラと星の様に輝く彼らに認められたくて、守りたくてなんだってしたのに。不意にシシャとミスティアの目が合うが、興味のない表情でふっと視線を逸らされる。


 その瞬間ミスティアの心のどこかが、パキリと音を立てて壊れた。呆然と立ち尽くし幾らぐらい時間が経っただろうか。それは一瞬だったようだし、永遠にも感じられた。


「……お姉様? また、私を無視されるのですか?」

 

 アリーシャの声が震えている。その声でミスティアはハッと意識を取り戻した。見れば、大きな瞳をうるませて目元を赤くしているアリーシャの姿。シャイターンが鋭い目でミスティアを射貫いた。


(なにそれ。完全に私が悪者じゃない)


 彼女は分かっていた。今この時が、人生の分かれ道の瞬間だと。無理やりにでも彼らを繋ぎとめて灰色の未来を歩むか、それとも――。


「精霊使いは、並大抵の努力では務まりませんよ。それでも彼らを使役すると?」


 先程まで必死に縋って掴んでいたその腕を、彼女はあっけなく手放すことにした。


 冷徹女。先ほどシャイターンがミスティアに言い放った言葉は、あながち間違いではないのだろう。5年もの間、身を削った努力が無駄になるというのに、喚いて泣きもしない。ただひたすらに事実を受け止めて最善を選択する。


 それは彼女の美徳でもあったし、欠点でもあった。しかし氷の令嬢かと言われればそうではない。故にこうして誰に気づかれることもなく、精霊たちの裏切りに打ちひしがれている。ただ顔に出ないだけなのだ。


 ミスティアは俯いていた顔を上げ、何の感情も籠っていないような瞳で彼らを見つめた。冷たい瞳に気圧されたのか、戸惑った表情を浮かべるアリーシャ。しかし話の内容が分かれば、表情は意気揚々と明るくなった。


「え、ええ。勿論です。彼らをうまく使えると、自負しております。安心してくださいませ、お姉様」


 今までミスティアが築き上げてきたものすべて、アリーシャは欲しいと言う。


(――なら、差し上げるわ)


 契約者を変えたいと願っている精霊を必死で繋ぎとめたって、未来はないのだ。

 

「分かりました……。では、彼らの名前を貴方に刻みます。一度きり(・・・・)ですが宜しい?」

「ええ! 神に誓って申し上げます。決して彼らを手放したりしません。お姉様の代わりに立派な精霊使いとなりますわ」


(何ですかそれ、まるで私が彼らを手放したとでも言いたげじゃない。そうじゃない、私が、捨てられたんだ)


 ミスティアは可笑しくなって口の端が上がってしまった。そして嘲笑を隠すため目を閉じて、一息つく。暫くの間沈黙が訪れた後、彼女はゆっくり瞼を開き、静かに彼らを見据えた。


「さようなら」


 そう告げた声は僅かの寂しさを孕んでいた。ミスティアがアリーシャの心臓に手を翳すと、淡い光が広がる。欲しい力を手に入れられると確信した、アリーシャの瞳がギラギラと輝いた。


(さようなら、精霊を愛していた、純粋で臆病なミスティア)


 ミスティアは今回の件で学んだ。

 愛しているからといって、それが必ずしも返ってくるとは限らないのだと――。


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