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「ご近所恋愛のすすめ」シリーズ 近所×幼馴染み×恋愛

8月31日主義! ~ギリギリな彼と世話焼きのわたし

「……だからって、なんで『今』なのよ」


 わたしは駅のベンチに座っていて、彼はそのわたしの前に立っていた。

 じりじりと強くなってくる八月の朝の日差しの中で、図体のでかい彼はいい日除けになっているといえばなっているけど。


「いやぁ、だから。今も言ったように、旅行に行く相手がもし男なら止めようと思って」


 大胆な発言の割には、声は相変わらず小さいし、態度にも今一つ凄みがない。

「止めてどうする気よ」

 そう言いながら頬杖をつく。

 頬にあてた指の先にある爪には、上手く塗れたマニキュアがこれからのリゾートにピッタリの艶やかさを表している。

 南国の日差しに映えるように、ほんの少しパールが入ったものをわたしは選んで買ったから。

 そう、わたしはこれからシンガポールに行くの。

 こんな時期だから、勿論費用だって安くはない。

 でも、ゆっくりと体や心を休める事はとっても大事だって思うから。

 だから、仕事と時間とお金のやりくりをして、国内外問わず出来るだけリラックスできる場所に旅行することにしている。


 そんな生活がもう七年。

 わたしは二十九歳になっていた。

 目の前の彼も二十九歳。

 わたしたちは幼馴染みで、小学校から中学校までの同級生でもある。


 小学生の頃、わたしは万年学級委員で、彼は委員なんかとは無縁のその他大勢だった。

 ご近所での評判はといえば、わたしはしっかり者の麻実ちゃんで、彼はのんびりやの修くんだった。

 図工の提出物や、国語の時間の作文も、わたしが彼の専任お手伝い係のようになって、あれこれと面倒を見てあげていたのだ。


 そしてなんていってもその極めつけが、夏休みの宿題である。

 毎年の八月三十一日、わたしはその日を自分の家でなくこの彼の家で過ごしていた。

 何をしていたって?

 もちろん、彼の宿題のお手伝いだ。


「なんか、八月三十一日にならないと、ギリギリにならないとやる気がおきなくて」


 毎年判で押したような言い草の彼を睨みつけながら、机一杯に広がった宿題の手伝いをわたしはしていた。

 見捨てちゃえばいいものを、放っておけばいいものを。

 腹を立てながらも、終わらないとかわいそうだといった同情心から、ついつい手伝ってしまい、それを彼もあてにするようになり、魔の悪循環ってやつに陥っていった。


「麻実ちゃん、いつも本当にありがとう」

 彼のお母さんは、わたしが宿題の手伝いに行くたび、見たこともない外国のチョコやキャンディーがずらりと盛り付けされたお皿を出してくれた。

 彼のお母さんは子どもから見てもきれいな人で、その顔でほほ笑まれるとわたしもガラにもなく顔が赤くなって。

 そして彼のお母さんの指はいつもきれいなマニキュアが塗られていた。

 艶々と。

 瑞々しい色で。


 ――「ギリギリにならないとやる気がおきなくて」

 そうほざいていた彼は、本当にそんなヤツだった。

 つまりがその理論で、高校受験に大学受験などといった、まさにギリギリになった状況に置かれると俄然やる気を出し、結果、今では一流といわれる商社で働いている。

 最初彼から就職先が「商社になった」って聞いたとき、 わたしの頭の中ではそれは「勝者」に漢字変換された。


 今や立場は大逆転で、働き者の修くんと、遊んでばかりいる麻実ちゃんというのが、ご近所での専らの評判だった。

 遊んでばかりいると言われるけれど、わたしだって就職もしているし、国や地方にきちんと税金だって納めている国民の一人である。


 つまりが、普段はやらないのに、結局おいしいところを取っていくのが彼だったのだ。

「勝者」宣言をされて、ようやくわたしは気づいた。


 要するに、本当は最初からわたしの手伝いなんて不要だったのだ。


 夏休みの宿題だって、きっと九月一日の登校日には、それまでの三十日以上をサボっていなかったかのようなスマートさで彼は提出することが出来たんだと思う。

 そう考えると、自分の行為が滑稽に思えた。

 そして気がついてしまった。

 彼の面倒を見てあげている気になって、そんなポジションで彼のそばにいようとしていたわたしは、つまりは彼が好きだったということに。


 のんびりだけど、なかなかエンジンがかからない人だけど、彼のそばにいると優しい気持ちになれたのだ。

 でも、彼からわたしに向けられる感情は、友情しかなかった。


 告白してみようかと思ったこともあるけれど、

 ――切羽詰らないとやる気がおきない

 それは彼の頑なさも表しているものだった。

 彼は、その気にならないことに対しては動かないのだ。

 だから、どんなにこっちが想っていても、例えそれを口にしたとしても、彼の気持ちがこちらに向いていないのなら、どうやっても動かすことはできない。


 でも、もしかしたら。

 もしかしたら、いつかはわたしを見てくれる日が来るかもしれない。


 そう思って何年も過ごしてきたけど、それもそろそろ限界だと思った。

 自分ばかり好きな状況に疲れてきた。

「麻実のことが好きだよ」と言ってくれる人が欲しかった。


 誰かにとっての唯一の自分になりたかった。


 だから今回のバカンスで、仲良しの女友達二人と思いっきり楽しんで。

 それで、彼の事は忘れ、帰国後は新しい恋を探そうと思っていたのだ。


 なのに、なんで「今」。

 彼がここに。

 でも、「らしい」といえば「らしい」のかな?



「だから、修は、もしわたしが男の人と一緒に旅行に行くなら止めたいんでしょう? で、止めて、その後どうするつもりなの?」

「やっぱり、男と行くのか?」

「答えるのは、あなたが先よ」

   

 修の顔が真剣な表情に変ってきた。

 わたしの胸もドキドキしている。

 まさか、修相手にこんな台詞を言う日が来るなんて。

 まるで物語のヒロインにでもなったような気分になってしまう。


 これは、もしかしたら、もしかするの?


 都会の駅じゃない。

 しかも、休日ダイヤ。

 駅にはわたしたち二人だけ。

 ロマンチックとはいえない、こんな時間帯だけど。

 電車が来るまでは、まだ時間がある。


 八月三十一日にならないと、

 ギリギリにならないとやる気がおきないって言う彼は、


 わたしにどんな言葉をくれるのかしら。  

8月にぴったりの短編小説をお届けします。

夏休みが8月31日よりも前に終わる地域も多いとか。

でも、なんとなく、8月31日と聞くと夏休み最後の日だなぁ~と、わたしなんかは思ってしまうのです。


◆宣伝です◆

9月15日に新刊が発売されます。

「代官山あやかし画廊の婚約者~ゆびさき宿りの娘と顔の見えない旦那様」(富士見L文庫)


「ようこそ、婚約者殿」

そう言って恵茉を迎えたのは、狐面で顔を隠した青年だった――。


絵とお菓子とあやかしと謎解き(??)と、恋愛多めのドキドキいっぱいの読み応えばっちりの物語です。

どうぞ、よろしくお願いします。

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