第62話 思春期ですね、彼女さん
「いらっしゃい、三月君」
「いらっしゃいましたよ、水瀬さん」
とある週末。俺は家事を教えるために水瀬の家に来ていた。
今日の水瀬はだぼっとした黒色のTシャツにジーンズ生地のショートパンツ姿。くるぶしソックスは黒色という、全体的にラフな格好をしていた。
「暑かったでしょ? 少し部屋で休んでから、買い物行こうよ」
「そうだな。買い物行く前に話したいこともあるし」
「話したいこと?」
「少しだけ重要なことだ。聞いてくれるか?」
「う、うん」
俺の真剣な顔つきを見て、水瀬は俺をリビングに通してくれた。
良くエアコンで冷やされた室内で、俺はいつもの定位置に腰を下ろした。水瀬が持ってきてくれたコーヒーを一口飲み、正面に座る水瀬に視線を向けた。
「水瀬さんと出会ってから、結構な時間を一緒に過ごしてきたと思うんだ」
「えっと、うん。そうだね」
「そんな中で、色々と迷惑をかけたこともあるかもしれない」
「三月君?」
「でも、やっぱり確認というか伝えておきたいことがあって」
「伝えておきたい? ……あっ」
水瀬は俺の様子がいつもと違うことに違和感を抱きながら、小さく首を傾けた。しかし、俺の言葉を受けて何かが繋がったのか、頬を赤く染めて恥ずかしそうにしながら、こちらに視線を向けた。
「別に、これを伝えたからって関係が気まずくなるとは思ってないから、いつも通りでいて欲しいと思う」
「気まずく、いつも通り。~~っ」
水瀬は俺の言葉を聞いて、より一層頬の熱を熱くさせたようだった。こちらに向けられている視線も熱っぽく、俺の言葉を待つように小さく揺れていた。
「水瀬さん、」
「み、三月君」
「水瀬さんって、俺の知らないところでえっちなことを調べ過ぎてるんじゃないか? 周りから心配されるくらい!」
「三月君、私――、私?」
水瀬は体温の熱をそのまま言葉に伝えようとして、急にその言葉を止めたようだった。水瀬は先程まで灯っていた感情が急に吹き消されたように、熱が急に抜かれたようにきょとんとしていた。
「え、今なんて言ったの、三月君」
「いや、えっちなこと調べ過ぎてないか心配でさ。なんか、ほら、周りに相談とかして心配されてないかって」
「え、えっちなこと? あれ? お話って、そういう話?」
「そうだけど……水瀬さん、何と勘違いしてんだ?」
数日前。俺は七瀬から相談を受けた。
『わ、私と会話するとき、茜が少しえっちな話題を出してくるんだけど!』
それも普通じゃないえっちな話をしてくると言うことで、七瀬が水瀬のことを心配していた。
見てみぬ振りをしてもいいのだが、水瀬がそんなことを調べるようになったのは、俺が原因だと思う。
さすがに責任を感じたというのと、七瀬があまり深く突っ込むと、俺に色々と言われたことを水瀬がぽろっと漏らすかもしれない。
そんなことになると、まるで俺が変態のような扱いをされてしまうだろう。それがクラスにでも広まったら、俺のあだ名が複数飛び交ってしまって、収拾がつかなくなってしまう。
それだけは阻止したいなぁ。
そう思って、大事な話として水瀬に話そうとしたのだが、水瀬は何か別の話題と勘違いしていたようだった。
水瀬は先程とは違う感情に呑まれたように、顔を真っ赤にしている。今の顔の色はよく見ている羞恥心からくるものだと見て取れた。
「本当に何と勘違いしたんだよ」
「わ、私悪くないもん! 紛らわしい三月君が悪いんだから!」
「えー、じゃあ、謝るから何と勘違いしたのか教えてくれよ」
「~~っ! 教えてあげない!」
「……俺はどうすればいいんだ」
水瀬は片頬を膨らませてぷいっと俺から視線を外して、不貞腐れていた。しばらく経って、こちらに向けられた視線もジトっとしており、機嫌が中々直りそうもない。
また何かえっちなことでも考えたのだろうか? まったく、水瀬の思春期も中々厄介なものだな。
「えっと、話し続けてもいいか?」
「三月君が変態さんでえっちだって話?」
「そんな話はしていない。水瀬さんの話だろ」
「私はえっちじゃないもん」
ぶすっとした態度でこちらから視線を外した水瀬は、自分がえっちであることを認めようとしなかった。
「いや、確実にえっちだ。それを心配する人もいるくらいなんだよ。……少し相談を受けたんだ。何かの心境の変化があったんじゃないかって」
「か、確実じゃないし。相談って、三月君以外そんなこと知らな……愛実か」
俺の追撃に顔を微かに赤らめた水瀬は、思い当たる節があったのか何かに気づいたように瞳を少し大きくしたようだった。そして、七瀬との会話を思い出したのか恥ずかしそうに耳の先を赤くして視線を逸らした。
「うぅ、愛実のばかぁ」
「恨まないであげてくれ。彼女は割と本気で心配してたんだからな。いや、誰とは言わないけど」
「それで……今日はそれを題材に私を辱めるの?」
「するわけないだろ。今日はその解決策を持ってきたんだよ」
俺のことを一体、何だと思っているんだ。ていうか、それは数日前に七瀬にやったから、十分だ。
そんな言葉を心の中で想いながら、俺は言葉を続けた。
「今の水瀬さんは中途半端にえっちなものを調べてるからダメなんだ。がっつり調べ終えてしまえば、結構落ち着いたりするもんだ」
「がっつり調べるって?」
「だから、なんとかコキみたいな動画とか漫画とかをたくさん見ちゃえばいいんだよ。そうすれば、多少は落ち着くだろ」
エロいことを考えたとき、徹底的にそれに関するものを調べたり見たりすることで落ち着くことがある。気になっている状態で悶々としているよりも、それを調べつくした方が案外すっきりするものなのだ。
少々荒療治だが、俺はこれ以外の方法知らない。
「ど、動画はなんか生々しいし、そういう漫画は持ってないんだけど」
案外乗り気な水瀬に少し驚いたが、水瀬も自分の悶々とした気持ちを解消したいのだろう。
なんか乗り気で来られるのもえっちだな。
「今ならオンラインで漫画とかか買えるだろ」
「……三月君は持ってるの?」
「お、男だもの」
「……」
水瀬は俺の言葉を受けてただじっとこちらに視線を向けてきた。まるで、俺からの提案を待つように。俺からえっちな漫画を見せてくれるのを静かに待つように、頬の熱を静かに保っていた。
「み、水瀬さん?」
「私がえっちなこと調べるようになったのも、三月君が悪いと思うの」
「た、多少は、ね」
「責任、取ってくれる?」
「……」
俺はそんな水瀬のパワーワードと圧に負けて、自分のスマホを水瀬の方に渡していた。その画面には複数のえっちな漫画が本棚のようなアプリにまとめられている。
水瀬はそれを受け取ると、無言で画面をスワイプしていった。
「っ!」
「~~っつ!」
「あっ、うわっ。~~っ」
それからどれくらいの時間が経っただろうか。
水瀬は俺がいることをすっかり忘れているかのように、画面に集中していた。恥ずかしそうに顔を赤らめながら、好奇心を止められなくなったように画面をスワイプしていく。
一体、何冊読む気なのだろう?
「えっと、水瀬さん?」
「っ! み、三月君?! な、なにかな?!」
「いや、そろそろいいんじゃないかと思って」
「あ、そ、そうだよね?!」
水瀬は自分の世界に入り込んでいたのか、俺が目の前にいたことに驚くような驚きようだった。そして、そのまま焦ったようにこちらにスマホを差し出してきた。
あまりにも焦っていたのか、画面はえっちな漫画が開かれたままになっていた。そのページには、太ももで挟んでいる女の子が描かれていた。その女の子の服装が、今の水瀬の服装と似ている気がしたのは、気のせいだろうか。
「……三月君って、こういうことされたいって思ってるの?」
水瀬はこちらに恥ずかしそうに視線を向けながら、様子を見るような口調でそんな言葉を口にした。
「え、いや、べつに、そんなことはっ」
嘘である。そんなことがあるからこの手の本を購入したのであって、願望がないはずがない。それでも、学校で一番可愛い子に女の子にそんなことを聞かれてしまえば、誤魔化すのがセオリーというものだろう。
水瀬は俺の返答を受けてもなお、恥じらうような表情のまま言葉を続けた。
「愛実に、こういうこと、お願いしたりとかしたの?」
「す、するわけないだろ! ていうか、俺がこの手の物好きだってことも知らないっての!」
「そ、そうなんだ。じゃあさ、」
「へ?」
水瀬はそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。その目はえっちな本を見過ぎたせいか熱が籠ったように温度が上がっているように見えた。熱のせいで揺れる瞳はどこか色っぽい。火照ったように赤く染めた頬で、水瀬はこちらを見下ろしていた。
「三月君、」
「み、水瀬さん」
思い出すのは、先程のえっちな漫画の一ページ。ちょうど、今の水瀬と同じような服装をしている女の子が太ももで挟んでいた。
当然、俺の視線は水瀬の太ももに向けられていた。
白くて絹のような肌触りがしそうな太もも。程よく引き締まったそれは、弾力と柔らかを兼ね備えていそうで、包まれでもしたらひとたまりもなさそうだった。
そして、そんな魅力的なそれを露出させたまま、水瀬は蠱惑的な表情をしているように見えた。
「えっと、そろそろお昼近いし買い物にーー」
「だめだ! いくら水瀬さんがえっちだからって、『じゃあ、私がしてあげる』って言って、そのえっち過ぎる太ももで挟んだり、汗で少し湿ってそうな靴下でしごくだなんてーーあれ?」
「太もも、靴下? ……~~っ!」
水瀬は俺の言葉と先程まで読んでいたえっちな漫画が繋がったのか、ポンと顔を一気に赤く染めあげた。
揺れる瞳には涙が溜まり、水瀬は辱められる行為を強要されて、それに抵抗する少女のような顔をしていた。抵抗するような目をしながら、その行為をさせられる未来まで想像できるような表情。
恥じらうようにきゅっと内側に向けられた太ももの動きが艶めかしく、俺は思わず生唾を呑み込んでしまった。
「今のは水瀬さんが悪いと思……いや、なんかすんません」
『お、俺悪くないもん! 紛らわしい水瀬さんが悪いんだから!』。そう言って反論したかったが、俺はその言葉を呑み込むことにした。
なんか既視感を覚えたからかもしれないな。
「……み、三月君が、自分の趣味のえっちな漫画を見せてきて、私の太ももを舐めるように見ながら、頭の中で漫画みたいなえっちな私を想像して、それをするように誘導させてくるって、み、みんなーー」
「水瀬さんの太ももを凝視してしまったのは申し訳ないけどそれだと俺が『AVと同じことしてみようよ』とか言ってくる変態男さんと同じみたいな感じがしてくるので誰にも言わないでくださいお願いします何卒!」
俺はクラスメイトから、『太ももフェチ』というあだ名で呼ばれないように、水瀬さんに頭を下げたのだった。
今回は俺が悪いのだろうか? いや、誤解を招くような言い方をした水瀬が悪いだろ。
あと、えっちな太ももをしている水瀬が悪い! あとは互いの思春期が悪い!!
俺は水瀬の吸いつきそうな太ももをちらちらと見ながら、深く深く頭を下げたのだった。
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