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第55話 ストッキングの使い方と、彼女さん

「水瀬さんって、履き古したストッキングとか持ってる?」


「え?」


 とある週末。俺はいつものように家事を教えるために水瀬の家に来ていた。


 今日の水瀬は少し大きめのダボっとした白いブラウスと水色の綿生地のハーフパンツ姿だった。黒いくるぶしソックスのため、脚が言えている面積がいつもよりも大きい。


 薄手のブラウスは夏の日差しに出も当てられたら、中に来ている下着が薄っすらと見えてしまいそうなものだった。いや、透けてもよいように白いキャミソールを着ているから関係ないとでも言うのだろう。


 男子からしたら、キャミソールは下着だし、見せパンはパンツなのだ。そこ辺しっかり分かっておいて欲しいものである。


 エアコンの効いたリビングでくつろいでいる中、そんなことを聞いてみると水瀬はジトっとした視線を向けた後に顔を赤くした。


 少し前にテレビで見たのだが、ストッキングというのは水垢を落とすのに適しているらしい。せっかくだから、シンクの水垢でも落として帰ろうと思ってクエン酸を買ってきたのだが、どうやら歓迎されていないような反応だ。


 はてさて、一体どうしてだろうか。


「あることはあるけど……な、何に使うのかな?」


「ん? ああ、そういうことか」


 水瀬の反応を見て、水瀬が顔を赤らめている理由が何となく想像できた。どうせ、脚フェチの俺がストッキングを要求したから、いかがわしいことに使うとでも思っているのだろう。


 初めに出てくる考えがそれとは、水瀬のやつ中々の助平である。


 俺は水瀬に水垢を落とすのにストッキングが適していることを教えようとして、言葉を呑み込んだ。


 俺のことを普段えっちと言ってくる奴が、どれほどえっちなのか確かめたい。あとは、たまには俺の方から仕掛けてやろうといういじわるな心。


 そして、俺をクラスメイトの女子からストッキングを借りて、いやらしいことをしようとしている人だと疑いをかけたことを後悔させてやろう。


 そんな思考の元、俺は水瀬をからかってやることにしたのだった。


「何に使うか、か。何に使うと思う?」


「え、な、何にって……わ、分からないから聞いてるんだけど?」


目に見えて分かる水瀬の動揺。話を振られるとは思っていなかったのだろう。水瀬の顔が一段の赤くなったのが分かった。

 

動揺によるものなのか、恥じらいなのか、えっちなことを考えているのか。


 俺はそれを確かめるために言葉を続けることにした。


「ヒント1、使うのは使い古されたストッキングで問題ありません。ヒント2、ストッキングを使ってよくごしごしします。ヒント3、ストッキングには何かをかけます」


「使い古した物が好ましい、ごしごし、何かをかけーー~~っ!」


 迷探偵の水瀬は俺の言葉を自分なりに噛み砕き、それが何であるかを解明しようとした。当然、その水瀬の考えの前提条件には『えっちなことである』というものがあるのだろう。水瀬はすぐに勘違いをした回答を頭に浮かべたようだった。


 水瀬は一気に顔を赤くして、その熱を耳の先まで伝えたようだった。羞恥に満ちたような涙目でこちらを睨み、無言の圧力を送ってきている。


 勝手に勘違いをしているはずのに、まるで身動きのできない状態で俺にえっちなことでもされているかのような目つきだ。


 そんな目つきで見られて、胸の奥から何かしらの感情が湧き出ていることが分かった。じんわりと体に興奮物質のような物を伝える感情。それをなんとか抑え込みながら、俺は水瀬の表情を目に焼きつける。


 少しセクハラみたいになってきてしまったか?


 いや、でも俺はただストッキングを使ってシンクを掃除する方法を言っているだけだ。勝手に想像して顔を赤くしているのは水瀬だし俺は悪くないはず。


 そうだよな、思春期?


 思春期に確認を取ると、思春期は無言でゴーサインをしたので、俺はその勢いのまま突っ込むことにした。


 信じるぜ、相棒。


「どうしたんだ、水瀬さん。正解が分かったのかい?」


「わ、分からないよ。けど、女の子にそういうこと頼むのは良くないんじゃないかな。え、えっちだと思う」


「そうはいっても、女の子しかストッキング持ってないしな。それに、えっちではないだろう。あれ、確か前に水瀬さんが自分で少しえっちなことでも頼んでくれって言っていた気がするけど……」


「~~っ! わ、分かった。うぅ、持ってくる、」


 水瀬は俺の言葉を受けてふらふらと立ち上がると、顔を真っ赤にしながら寝室の方に引っ込んでいった。


「三月君が使う、えっちなこと、靴下、脚フェチ。……~~~~っ!」


 聞き耳を立てると、何やら水瀬は何かに操られるように平坦な声でぼそぼそと言葉と呟いていた。そして、しばらくした後、何か興奮したような声を抑えるような声を漏らしていた。


 ……少しやり過ぎたか?



 そうしてしばらく待っていると、水瀬が寝室から出てきた。その手にはスマホと紙袋がぶら下げられていた。


 何に使うのかと思ったら、水瀬は顔を真っ赤にしながらその紙袋をこちらに手渡してきた。


「え? なにこれ?」


「使わなくなったストッキングと、靴下とか」


「え、ストッキング以外も入ってるのか?」


「ま、まって! せめて家に帰ってから開け、て……」


 水瀬は羞恥の感情に完全に呑まれてしまったようだった。言葉も上手く出てこずに、慌てたように俺が紙袋を開けようとした手を止めさせた。


 一体何が入っているのだろう。今すぐ紙袋を破り捨ててでも確認したい欲求を抑えて、俺は当たり前の事を言うかのように口を開いた。


「いや、ここでしないと意味ないし」


「い、意味?! ここで、ここでしたいの?!」


「ああ、そうなんだよ。水垢を落とすのにストッキングが良いらしくてさ、ほら俺クエン酸も買ってきたんだよ」


「え?」


「水瀬さんは一体、何と間違えたんだろうな!」


「~~~~っ!!」


 水瀬は俺の言葉を聞いて顔の温度を数段上げたようだった。湯だったような顔の色と、潤いを増していく瞳。それは俺を睨むわけでもなく、ただ自分の勘違いを恥じるような色をしていた。


 そのままぺたりと座り込んだ水瀬の手から、力なくスマホが滑り落ちてきた。


 そして、俺の元までそのスマホが滑ってきたので、俺はそのスマホを水瀬に返そうと拾い上げた。しかし、ついうっかりロックが解除されていたスマホの画面に目がいってしまった。


『ストッキング ローション』の検索画面。先程水瀬が壁越しに悶えていたのは、この記事を読んでいたのか。


「あ、」


 俺はそのスマホをスクロールして、その記事を読んだ。その最中に水瀬の方にちらりと視線を向けると、水瀬は恥ずかしそうに俯いてしまっていた。


 その瞳が涙ぐんでいたのを見て、俺の中の嗜虐心がざわついたような気がした。だからだろう、俺はスマホを返しながらつい口走ってしまった。


「水瀬さんのえっち」


「~~~~っ!」


 いつも言われていた言葉。まさか、俺がこんなことを水瀬に言うことができる日が来るとは。


これはなんか優位に立っている気がするな。うん、悪くない感覚だ。


 そんな感覚に酔いしれていると、水瀬は何かに気づいたようにこちらに顔を上げた。その目がただ羞恥に溺れるものではなく、こちらを強く睨むものに変わっていった。


 まぁ、遅かれ早かれ気づくよな。俺があえて誤解を招くような表現を使っていたことくらい。


 恥じらう水瀬の表情も見れたし、もういいか。俺は早々に頭を下げておくことにしたのだった。俺は切り替えが早い男だからな。


「えーと……なんかすんません」


「……み、三月君に使用済みのストッキングを要求されて、その理由を聞いたら『ごしごしして、ストッキングにかけるんだ』って言われって、み、みんなにーー」


「確かにそうは言ったけどそれだと肝心の用途を勘違いされる気しかしないので相談とかだけはしないでくださいお願いします何卒!」


 俺はクラスメイトから『ストッキングの魔導士』というあだ名で呼ばれないように、水瀬に深く頭を下げたのだった。


 今回に関しては俺は悪くない。水瀬が勝手に勘違いしたわけだからな。


しかし、誤解を招くように誘導したのは事実ではある。でも、思春期と一緒に話し合ってやったことだし、俺一人の責任って訳では……え? 思春期はそんなこと知らないだって? 嘘、だろ?


 没収された紙袋には一体何が入っていたのか、そんなことを考えながら俺は水瀬に深く深く頭を下げたのだった。




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