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第38話 家事スキルと、彼女さん

「なんか衣がべちゃべちゃしてる」


「温度が低かったんだろうな。水瀬さんが唐揚げを一気に大量に油の中に入れたから、温度が下がったんだよ」


「うっ。まさか、ここまで温度に影響されるとは思わなかったなぁ。揚げ物をすると、ママの偉大さに気がつくね」


「揚げ物上手い人って、確かに尊敬するな。あ、水瀬さん。この唐揚げは衣結構しっかりしてる」


「え、本当? うん、おいしいね!」


 俺達は唐揚げとの長時間の戦いを制し、少し遅くなったお昼ご飯を食べていた。テーブルの中央には唐揚げが置かれており、それを二人で突きながら食べていた。


「三月君、からあげに何か付ける派の人?」


「まぁ、家で食べる唐揚げならつけるかな。ケッチャプ、マヨネーズあと塩コショウ」


「へー、ケッチャプかけるんだ」


「昔行ったことのある町中華で、ケッチャプがついてきたことがあってな。それから、我が家ではケッチャプをつけるのが普通になった」


 水瀬は俺の話を聞いて、試したくなったのかケッチャプを唐揚げに掛けて口の中に放り込んだ。少し驚いていたが、『ケッチャプが合うなんて意外』と言いながら、多くのケチャップをかけて、笑顔で唐揚げを食べ進めていた。


 そんな水瀬に倣うように、俺も唐揚げを口の中に放り込んだ。まだ味が少し濃い気もするが、それでもそれは唐揚げだった。 


 俺は水瀬が作り上げた唐揚げを食べながら、少しの感動を覚えていた。


 少し前までは、得意料理はサラダです! って本気で言っていた子が揚げ物を作るまで料理の腕を上げたのだ。


 今はまだ完璧にはできていないが、数回練習すれば、美味しい唐揚げを作ることができるようになるだろう。


 そう考えて、俺の頭には一つの疑問が浮かんだ。


 水瀬が料理を普通に作れるようになったら、俺は今みたいに週に一回水瀬の家に来るということがなくなってしまうのだろうか。


 そうなった場合、俺達の関係というのは一体どんなものになるのだろうか。


 そんなことを考えていると、偶然水瀬とぱちりと目が合った。俺は何となく気まずさを覚えて、水瀬からその視線を逸らしてしまった。


 そんな俺の機微に水瀬が気づくわけがない。俺が目を逸らしたというのに、水瀬はこちらにジトっとした視線を向けた。


 そして、それに気づかないフリをしていると、その視線が一層強いものになった。


「むー。三月君が何か良からぬことを考えている気がするな」


「良からぬことってなんだよ。何かえっちなこととかって意味か?」


「ううん。もっとまじめな感じの奴」


 水瀬はそう言うと、じっと俺の目を見てきた。俺の目は水瀬から逃れるように逃げていたのだが、いつまでもこちらに視線を向け続ける水瀬に根気負けしたのだろう。


 やがて、疲れたようにしながらも、俺の目は水瀬の方に向けられていた。


「……普段は惚けた反応したりするのに、なんで今日は気づくかな」


「分かるよ。だって、最近はほぼ毎日三月君のこと見てるもん」


「え?」


 水瀬はこちらに微笑みかけながら、当たり前の事を言うかのような口調でそんなことを言ってきた。


 突然そんな事を言われて勘違いをしないわけがない。当然、俺の体も熱くなっていた。どくんと跳ね上がった俺の心臓の音に気づいたのか、水瀬は俺の反応と自身の落ち着いた様子を見比べて、何かに気づいたように頬を赤らめた。


「あ、ちがっ! そういう意味じゃなくて、学校でも家でも話してるって意味! 話すときは、お互いの顔を見たりするでしょ? そう言う意味だから!」


 水瀬はいつもよりも早口になりながら、何かを誤魔化すようにそう口にした。先程よりも体の熱が上がっているのだろう。頬の赤さが増しているようだった。


 かなり強引な気がするが、水瀬がそういうならそうなのだろう。


「だ、だから、三月君が変なこと考えてるのは分かるってことなの!」


「なる、ほど?」


「あ、納得してないんだ。そうやって、私を辱めて三月君は楽しんでるんだ」


 水瀬は少しいじけるように眉を潜めると、ぶすっとした表情をこちらに向けてきた。なんだか幼いようなその反応に、思わず笑みが零れそうになる。


「いや、別にそんなつもりはないって」


「じゃあ、話してくれたら許そうかな」


 水瀬はやや演技がかったような調子でそう言うと、静かな笑みをそっと浮かべた。俺の言葉をゆっくりと待ってくれるようなその態度に、俺の口が緩んでいくのが分かった。


「いや、大したことではないんだけどな。水瀬が料理とかできるようになって、一人暮らしをするスキルを身に着けたら、俺は週一で水瀬の家に来ることがなくなっちゃうのかなと」


「……三月君は、そうしたいのかな?」


「いや、俺は今も楽しいし、そうは思わないんだけどな」


 水瀬に家事を教えるようになってから、週に一度は水瀬と会うことが日課になった。正直に言うと、こんな関係がずっと続けばなとも思ってしまう。


 でも、それは水瀬の一人暮らしのスキルを向上させたいという気持ちとは対極のものだと思う。


 水瀬が頑張っている側で、この関係を終わらせたくないから頑張んないでくれなんて言えるわけがない。


 そして、水瀬が家事を完璧にできるようになった時、俺と水瀬の関係が終わってしまうのではないかという不安があった。


「うん。私も同じかな。初めはただ家事を教えて教わるって関係だったけど、私は三月君と一緒にいるのが楽しいよ。だから、私が家事を完璧にこなせる日が来ても、今までと変わらないでいたいかな。ううん。少しくらい変わってもいいのかもしれないね」


 水瀬はそんなことを少しだけ悲しそうな表情で語った。遠くない未来を想像してなのか、それとも、自分だけがそう思っているのかもしれないという悲しさからか。


 だから、そんな表情を向けられて俺も黙っているわけにはいかなかった。


「水瀬さん、ごめん。軽い気持ちで失礼な事を言ってしまった気がする。俺も水瀬さんといる時間が楽しい。だから、水瀬さんが家事を完璧にこなせる日が来てもーー」


 俺が続きの言葉を口にしようとしたとき、水瀬の寝室から物が崩れ落ちる音がした。それも、大きくて鈍くて雪崩のような音。

 

「何の音だ?」


「ヤバいかも」


 水瀬はそんなことを独り言のように呟くと、ふらっと立ち上げって寝室の方に向かって行った。そんな水瀬の様子が気になり、俺も立ち上がって水瀬の後を追った。


 水瀬が寝室を開けると、そこには服や本、雑貨や布団などごちゃ混ぜになった光景が広がっていた。


 見たところによると、その雪崩の始まりはクローゼットに繋がっていた。


 俺は水瀬から家探しをしないで欲しいと言われてから、クローゼットの中を見るようなことはやめていた。


 部屋自体は結構綺麗な状態が続いていたし、水瀬は掃除が嫌いではないのかもしれないと勘違いをしていたようだ。初めの水瀬家光景を思い出せ。あんなふうに部屋を汚す人間が、掃除好きなわけがないだろう。


「水瀬さん、最近クローゼットに全部押し込んでた?」


「……はい」


 水瀬はこちらに背を向けながら、恥ずかしそうに頷いた。どうやら、俺には見られたくなかったようだ。


 どうやら、水瀬は俺が家に来たときなどは部屋が綺麗に見えるように、散らかしたものをクローゼットの中に突っ込んでいたらしい。


 そうだよな、最近料理しかやってなかったもんな。


 そこでふと、俺は水瀬家の寝室とクローゼットの中での思い出を思い出していた。そういえば、この寝室やクローゼットでは数度水瀬に恥ずかしい思いをさせてしまっていた。ちょうど、水瀬が洗濯物干していた際に、その一つである女性下着を見てしまったことがあったのだ。


 そうそう、ちょうど今みたいな薄桃色と、白色のような下着だった。所々装飾が拵えてあって、ぐちゃぐちゃな服の中に紛れ込むと、それはまるでーー。


「え、使用済み?」


「え? あっ、ち、違うから!」


 水瀬は俺の視線の先にあったものが下着であることに気がつくと、それを抱くようにして隠した。


 朱色に染まった顔からは羞恥の感情が窺え、その熱に当てられたような潤んだ瞳がこちらに向けられていた。


 というか、今なんか凄いセクハラ発言をしてしまったような気がする。なんで下着を最初に見たときの発言が使用済みかどうかの確認なのか。


 いやだって、あんなにぐちゃぐちゃになってたら気にもなるじゃないかと思春期が言っています。


 いくら思春期が悪いと言っても、さすがに今の発言はアウトだろう。ここはフォローを入れて、先程の変態チックな俺の発言を少しでも和らげる必要があるとみた。


「なんだ新品だったなら、別に隠さなくてもいいだろうに」


「……洗濯済みって意味。新品ってわけでもないの」


「あ、そういうこと。え、えーと、うん。……オシャレ、だね?」


「~~~~っ!」


 まずいな、完全に言葉を間違えたようだった。


 そうだよな。オシャレって言葉は、水瀬がその下着を着用したときのことを考えた上じゃないと出ないような発言だもんな。


 水瀬は俺の発言を受けて、一気に顔を真っ赤にした。耳の先まで赤くした水瀬は、隠していた下着をより一層強く抱きしめ、恥じらうように体を小さくした。

 

 そんな水瀬の羞恥に満ちた瞳は、より一層強く俺を睨みつけていたようだった。


 羞恥の感情で顔を赤らめながら、涙目でこちらを睨んでいる。そして、その腕には下着が抱えられている。


 もはや、事件性すら感じるような光景となっていた。


「えっと……なんかすんません」


「……み、三月君が、私の持ってる下着が使用済みかどうか聞いたり、下着の感想を言ったりして、私を辱めてくるって、み、みんなにーー」


「事実を並べられると否定することができなくなるわけなんだけれどもこの状況を知らない人からすると女の子を辱めて興奮する変態みたいだからできればみんなに言わないでくださいお願いします何卒!」


 俺はクラスメイトから『使用感』というあだ名をつけられないように、水瀬に頭を下げた。


 今回は俺が悪いのだろうか。いや、こんな状態になるまでクローゼットの中を放置していた水瀬も悪いと思う。


 それと思春期。第一声が『え、使用済み?』はまずいだろ。猛省しろ、


 俺は水瀬の一人暮らしのスキルが完璧になるのは随分先になりそうだという事実を前に、少しの安心と喜びの感情が湧き出たようだった。


 当然、そんな表情を今することができるわけがなかったので、俺はそっとその感情を表情の奥に隠して、深く深く頭を下げたのだった。


読んでいただきありがとうございます!


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