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第14話 襲来、幼馴染さん

「さて、今夜私が頂くのは、『煮物』です」


「それ毎回やんないとダメな決まりでもあるんか?」


 水瀬の家で料理を教えた翌週。俺は再び水瀬の家に来ていた。


 先日、七瀬に料理を作ったと水瀬から電話がかかってきた。料理を褒められたと大喜びしていた水瀬は、七瀬が帰ってからすぐに電話をしてきたみたいだった。


 おそらく、七瀬伝いに水瀬の両親にも報告がいくのだろう。水瀬の様子を見る限り、一人暮らしが打ち切られるということはなさそうだ。



『三月君っ、三月君! 今日ね、愛実が家に来て料理振る舞ったんだけど、どんな反応したと思う?』


 とある日の晩、いつになく浮かれ気味な口調な水瀬からそんな電話がかかってきた。


『サラダ以外も作れたんだって言われたのか?』


『違うよ! ……いや、それも言われたんだけどね。そっちじゃなくて、料理を食べた反応の方!!』


『言われたのか。まぁ、普通に美味しいとかかな?』


『『あ、茜が自炊したの? ……うん、おいしい』って、素直に褒めてくれたの! 愛実があんなに素直に褒めるなんて珍しいよ! いやー、愛実の驚いた顔ったら、ふふっ。三月君にも見せたかったなぁ~』


 上機嫌で七瀬に褒められたことを自慢する水瀬のテンションは高く、電話越しなのにドヤ顔をしているのが伝わってきた。


 さぞ嬉しかったんだろうな。そう思うと少し長めの電話も、微笑ましいものがあった。


『『これ一人で作ったの?』とか言って少し慌ててる愛実、可愛かったなぁ。三月君が見たら惚れちゃってたかもね~』


『確かに、七瀬さんが慌ててるところって見たことないし、見れたら面白かったかもな』


 水瀬の幼馴染の七瀬は、クールなイメージがある。明るくて天真爛漫な水瀬とは違った沈着冷静な印象がある。


 そんな女の子が慌てる様子というのは、確かに見てみたいかもしれない。


『……』


『水瀬?』


『別に何でもないですー。三月君は女の子と話しているときに、他の女の子のことを想像しちゃうような男の子なんだとか思ってませんー』


『いや、誘導したの水瀬さんですやん』


『エセ関西弁で言われても知りませんー』


『そんなこと言われてもーー。ん? 七瀬さんが『これ一人で作ったの?』って言ったのか?』


『あー! 開き直って他の女の子の話しようとしてるんだ! 三月君ってそういう男の子なんだ!』


『そういうの一旦いいから、他にどんな反応してたんだ?』


『へー、そんなに愛実のこと知りたいんだ?』 


『いや、ちょっと大事になるかもしれないと思って。何か覚えてないか?』


『うーん。『茜がどうやって』とか言ってたくらいだと思うけど。なんで?』


『もしかしたら、誰かが水瀬さんの家事を手伝ってるって思ってないかなって』


『愛実が? ないない、絶対に大丈夫だよ! 気づくわけないもん!』


『なんかすごいフラグみたいになってるけど』


 水瀬がしっかりと立てたようなフラグだったが、それから七瀬に何か言われることもなく、無事に週末を迎えることができた。


 案外、フラグなんてものは簡単には立たないのかもしれないな。



 そして舞台は再び、水瀬の家のキッチンに戻る。


「私に煮物なんて作れるのかな? 煮物って、料理上級者が作るものなんじゃないの?」


 水瀬は今日買ってきた食材を不安げな表情で見つめていた。


 確かに、煮物ってダシを取ったり色々と大変なイメージがあるのかもしれない。それこそ、本気で和食を作ろうとしたら骨が折れるだろう。


「料亭並みの味を出そうと思ったら、上級者じゃないと無理かもな。ただ、一般家庭で作られるくらいの煮物だったら、むしろ簡単だ」


「そうなの?」


「ああ。ただ食材を切ってめんつゆで味付ければいいんだよ」


「え? 味付けそれだけなの?」


「困ったらめんつゆに頼れば、大体何とかなるもんなんだ」


 もしも、無人島にどんな調味料を持っていくかと問われたら、俺はめんつゆと答えるだろう。


 ぶっちゃけ、めんつゆで煮れば料理はそれっぽくなるのだ。


 水瀬はめんつゆの偉大さにピンときていない表情をしていたが、そのうち分かってくれるだろう。


 そうして、水瀬が買ってきた食材を洗おうとしたその時だった。


 ピンポンと来客を知らせるチャイム音が聞こえた。


「来客か?」


「ううん、そんな予定はないよ。なんだろ、宅配かな?」


 とててと俺の隣を通り抜けてリビングに向かう水瀬を見送って、俺は一人キッチンで水瀬が戻ってくるのを待っていた。


「はーい、どちら様――、え、愛実?!」


 リビングからそんな風に驚く水瀬の声が聞こえてきた。


 ……どうしよう、すごく嫌な予感がする。

 

 水瀬の家はエントランスと玄関の前の二か所にインターホンがある。おそらく、今七瀬はエントランスにいるのだろう。


 でも、焦る必要はない。今ならどうとでもなるはずだ。上手く水瀬が七瀬を追い返してくれれば、何も問題はない。


「え? うん。そう、今帰ってきた所でーー、え? あー、うん。問題あるわけないじゃん! せっかく寄ってくれたんだしね。うん、うん。はーい、今開けるね」


 え? 開けちゃうんですか、水瀬さん?


 インターホンの通話を切る音が聞こえたと思った次の瞬間には、リビングから走ってくる水瀬さんの足音が聞こえてきた。


 どうやら、かなり焦っていらっしゃるようだ。


 いや、他人事じゃないんだけどね。


「どど、どうしよう、三月君! 愛実がこの部屋に来るって!」


「どうして追い返さなかったんだ!」


「だって、凄い不自然になっちゃうもん! もう用事は終わったって言っちゃったし、ケーキ持ってきてくれたっぽいし!」


「……まさか、ケーキに釣られたわけじゃないよな?」


「……ちがう、よ?」


 水瀬は申し訳なさそうにこちらから視線を外した。泳いだ視線は確信犯のそれだった。


 水瀬の奴、完全にケーキに釣られやがった!


 まて、落ち着くんだ俺。重要なことは今どうするかだ。


 エントランスからエレベーターに乗って、この部屋に上がってくるまでには少し時間がかかる。


 それなら、その間に策を考えるしかない。


「うん、隠れよう」


「隠れるって、どこに?」


「クローゼットだ。この家は寝室に大きめのクローゼットがあっただろ。俺はあそこに隠れて、七瀬がいなくなるまで時間を過ごす。何かあったり、進展があったらチャットで知らせてくれ」


「確かに、あそこなら一人くらい余裕で入れるかも」


「俺の靴を隠すのは水瀬さんに任せた。靴箱の中にでも入れといてくれ」


「うん! 分かった!」


 俺達は最低限の情報共有を済ませると、各々の持ち場に散開した。


「あれ、クローゼット? ちょっと、みつーー」


 何かに気がついたように声を上げた水瀬だったが、その声はインターホンによって妨げられた。


「~~っ」


 俺は何か言いたげな水瀬の声を背にしながら、寝室にあるクローゼットの扉を開けた。


 なるほど、俺がクローゼットに入るのに躊躇いをみせたのはそういうことだったのか。


 クローゼットの中は、衣服が掛けられているだけではなく、そのハンガーにさらに覆いかぶさるように服がかけられていた。床の部分にも服や本などが放られており、クローゼットの中は少しぐちゃぐちゃだった。


 水瀬の奴、俺が来るからって一時的にクローゼットに色々押し込みやがったな。


 洗濯物を一時的に入れたような形跡も見られ、ピンチハンガーもクローゼットの中にいれ、られてーー。


 そこで、俺はいつか見た既視感に襲われた。


 ピンチハンガーには色は違ったが、何時ぞやい遭遇したものが干されていたのだった。


 白色と薄桃色の女性用下着。色と刺繍の形が違ったそれが俺の目の前にあった。


 以前と大きく違うのは、俺と下着との距離感である。


 以前は遠目に見る程度だったが、今は手を伸ばした先くらいの距離にある。


 当然、前以上にインパクトを受けてしまうというもの。邪な気持ちが体中に駆け巡り、緊張感に近い感情が心音を加速させる。


「いらっしゃーい! 急に来るから驚いたよ!」


 マズい。


 俺は咄嗟にクローゼットの中に入り、クローゼットの扉を閉めた。


 何の偶然か、俺は干してあるそれらと向かい合うような向かい合う形になってしまった。


 ただ視線がそこから外せなかったから、クローゼットの中に入ったら自然と向かい合う形になっただけで他意はない。他意は、ないのだ。


 しかし、位置取りがどうであったかなど、クローゼットの中に入ってしまえば関係ない。


 なぜなら、クローゼットの中に入ってしまえば暗闇が広がるばかりで、下着があろうがなかろうがその姿を見ることは叶わないからだ。あ、いや、見ることはできないからだ。


 ただ問題はそれよりも、この空間にあった。


 水瀬の服がぎっしりと詰められているということは、それだけ水瀬の普段着ている服の香りに包まれることと同義だった。


 柔軟剤の香りと、それとは別の仄かに甘いような香り。水瀬に近づいた時に香るようなそれが、この空間に充満しているのだ。


 何も思うなというのは、無理があるだろう。


 これはかなりマズいな。


 何がマズいって、まず心音がやばい。大型バイクのエンジン音並みに激しく打ち付ける心音。それは、先程下着を見たとき以上に大きくなっているようだった。


 別に、匂いフェチとかそんなんじゃないんだけどな。


 おちつけ、おちつけ。落ち着いて大きく深呼吸をーーマズい、余計に心音が大きくなってきた。


 そんな水瀬由来の香りのような物が鼻腔をくすぐり、肺まで入っていくともう心音は大きくなっていくばかりだった。


 それでも、匂いだけならまだなんとかなる。これで、目の前にある下着が見えるような状況だったらヤバかった。ここが暗闇だったのは攻めての救いだ。


 そう思っていると、俺のスマホの液晶の光がついた。


 確認してみると、それは水瀬からのチャットだった。


『愛実近くに来たから寄っただけみたい。多分、一時間くらいで帰ると思う』


 ……この状況で一時間か。


 中々酷な状況が続くのだなと小さなため息をついて、俺は少し顔を上げてしまった。


 スマホの液所の明るさで照らされいたのは俺のすぐ正面。投げられたように掛けられている水瀬の下着達だった。


 乱暴に放られたことで生じた自然な皺は、まるで使用感を醸し出しーーじゃない、じゃない。なに凝視してんだ、俺は。これではまるで変態みたいじゃないか。


 そんな下着に評論するなんて、時光みたいなことしてる場合じゃないだろ。


『時に裕也。体育の時の女子の透けブラ率が低い理由、知ってるか?』

 

『俺はそんな話題を真面目な顔で話せるお前の心情を知りたい』


『ずばり、透けてはいるんだけど遠目からは分からないってだけなんだ』


『あ、こいつ俺の話無視しやがった』


『目を凝らせば見える。そう、下着と体育着を同化させることで、あたかも透けていないように見せているのだ!』


『そんな陰謀論を語るように言われましても』


『つまり! 体育のある日の女子は白い下着を付けている率が高いのだ! それで、裕也はどんな下着が好み?』


『いや、今の前振りの部分必要だったか?』


 そんな馬鹿みたいな男同士の会話を思い出したのは、ちょうど昨日体育があったからだろう。


 そして、目の前には白い下着がある。


 つまるところ、目の前には学校で一番可愛い子が昨日使用したかもしれない下着があるわけで、色々と想像してしまう訳で。


 ……こんなふうに邪な考えをしてしまうのは、思春期が悪い。そして、そんな話を俺に聞かせた時光が全面的に悪い。


 俺はせめてもの罪悪感から、スマホの灯りを消してクローゼットの中を真っ暗にして過ごすことにした。


 さすがに、心臓に悪すぎる。中腰なのは、心臓が痛いからなのだ。そうなのだ。


 他のことに集中して、煩悩を打ち消そう。盗み聞きは悪いかもしれないが、上手く聞き取れない水瀬達の会話でも聞いて気を紛らわせよう。


 そんな風に水瀬達の会話を聞く中で俺は、一つのことに気がついた。


 水瀬って七瀬の前よりも俺の前の方にいる方がアホな感じなのか。


 水瀬が聞いていたら、アホの部分を取り下げろと抗議されそうだ。勝手に七瀬の前では素でいるのかと思っていたが、どうやら違うらしい。


 幼馴染の七瀬に対しても少し自分を作っているのか? そんな水瀬の事情を考えると、微かに心臓の音が小さくなってきた気がした。


 それからしばらくすると、七瀬を見送る水瀬の声が聞こえてきた。七瀬がいなくなるということは、水瀬がこちらに向かってくるということになる。


 当然、どんな反応をするかは検討がつく。


 水瀬の家の玄関が閉まり、鍵を閉める音が聞こえると、水瀬がこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。


 このままでは、また水瀬に脅されてしまう。あらぬ誤解を生み、糾弾されてしまうことだろう。


 そこで、俺は一つの考えに至った。


 そうだ、下着の干してあるピンチハンガーを俺の目が届かない場所に移してしまえばいいんだ。


 ただ近くに掛けてあるだけなら、遠くの方に投げてしまえばいい。そうすれば、水瀬も辱めを受けないでいいし、俺の学生生活も守られてハッピーだ。


 俺はそう考えると、すぐ近くにあったピンチハンガーを持ちあげてーー。


 あれ? 引っかかて上手く持ち上がらない。なんだこれ、ただ掛けてあるだけじゃないのか?


 あ、やばい、今度は手が変なところに挟まった。え? 水瀬がすぐそこまで来てる気がするんだけど。


「愛実帰ったよ。三月君、今回は愛実を家に入れちゃった私にも非があるよね。ごめんーー」


 水瀬はまるでタイミングを計ったように、俺がピンチハンガーに手をかけて動けなくなった瞬間にクローゼットを開けた。


 ぱちくりとこちらを見る水瀬。そして、クローゼットの中でピンチハンガーに手をかける俺は完全に下着泥棒のそれだった。


「なに気にすることはない。誰にでも失敗はあるさ。だから、こんな状態になってるけど、俺のことも許してもらえるとーー」


 なんとか取り繕うとする俺を見る水瀬の瞳は、みるみるうちに羞恥の色に変わっていった。その羞恥の色が顔全体に広がり、水瀬の顔を赤く染めた。潤んだ瞳は、こちらをじろりと睨んでいるようだった。


 辱めを受けた女の子。傍から見ても、今の水瀬にはその表現がぴったりと合っていた。


「~~~~っ!」


「えっと……なんかすんません」


「……三月君に、クローゼットの中の下着を盗まれそうになったって、みんなにーー」


「違うんですよ腕が挟まってしまいまして本当なんです罪を隠そうとしましたけどそれはお互いのためというか本当に今回ばかりは謝るので許してください本当何卒!」


 俺は下着泥棒の冤罪を晴らすために、こうなった経緯と共に長時間頭を下げることになった。


 そしてしばらくの間、クローゼットの中の香りが俺の服にも染みついていた。

読んでいただきありがとうございます!


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