1話
「今日も購買の弁当はいまいちだなぁ。まずセンスからしてこれじゃない感が凄いんだよ。高校生の購買で佃煮弁当を置くってどういう考えしてるんだ? いや、まあこれしかないから買うしかないんだけどさ。せめてほかに選択肢をくれよ」
一人、屋上で弁当を食いながら文句をたれる。
いつもは一人で食べているわけではないのだが、今日に限っていつも飯を食っている友達がそろって欠席だった。友達が多いほうじゃない俺はさまよった果てに屋上へとたどり着いた。片手に佃煮弁当を持って校舎を歩き回る時の気分は俺の心を蝕んだ。
なんで俺はこんな弁当を買ってしまったんだ? 朝、コンビニに寄っていればもっとおいしい弁当が食べられたはずなんだ。事前にメニューを調べる努力をしていればこんなことにはならなかったんじゃないか? 数々の後悔が思い浮かぶ。後悔先に立たずとはこのことか。
「はあ、午後からの授業頑張れないってこれじゃ。いっそ、さぼっちまうか。どう考えても俺じゃなくて佃煮弁当を出してきた購買が悪いよな。ってか、俺以外に買った奴いるのかよ」
箸で佃煮をつつきながらさぼるための口実を考える。
面倒なのはさぼったことが親にバレることだ。両親は共働きで昼間は家にはいないが、夕方まで帰ってこない。つまり、先生からの連絡自体は問題ない。明日適当に言い訳しとけばまた連絡されることはないだろうし行けるか。
えーと、午後の授業は何だったかな。確か、五限が現国で6限が化学だったっけな。二つともテストの点も悪いほうじゃないし一回くらい授業にでなくても余裕だな。これで障害はなくなった。口直しに何か食いに行こう。
「捨てるのはもったいないから全部食っとくか。今度から購買のメニュー表は目を通すようにしよう。二度も同じ目に合うわけには行かないからな」
半分ほど残っていた弁当をかきこみ、屋上を後にした。
幸いまだ昼休み中なので廊下を移動する分には隠れる必要はない。しかし、問題となるのはこの後だ。校門から一人出ていくのはいくら何でも無謀だ。確実に誰かに見つかってしまう。となると、どこかの塀を乗り越えていくか、こっそり裏門から抜け出すかの二択だ。
どちらのほうが成功確率が高いか考える。
塀を超えるところを誰かに見られたらアウト。それは裏門も一緒か。でも、塀を超えるとなると必然的に少し時間をかけることになってしまう。できる限りひと気のない場所を選べば行けるか? 一回裏門の様子をうかがってからでも間に合うか。時間との戦いだな。
チラッと、廊下から教室におかれている時計を確認する。
「五限まであと10分ってところか。間に合うか? やるしかないんだ!!」
気合いを入れ、この難関ミッションへと挑むことにした。どうしても午後の授業を受けるわけには行かない。何としてでも校外へ脱出して見せる!!
まだ賑わっている廊下を何食わぬ顔で通り抜ける。ここから勝負は始まっているのだ。周囲の状況を観察して生徒が集まっている箇所を避け、先生の数も覚えておく必要がある。とはいえ、到底覚えられるものでもないので、フィーリングでしかないがやらないよりやったほうがマシのはずだ。
「今日は比較的教室にとどまっている人が多いか? この調子なら裏門はがら空きかもしれないな」
時間も限られているのでこのまま裏門を目指す。
少し早足になっているが注目を集めるほどではないので大丈夫なはずだ。
ここまで神経質に考えなくても何食わぬ顔で出ていけばいけそうな気もするな。
裏門へ到着した。
周囲を観察するが人影は見当たらない。
今のうちに校外へ脱出だ。
「君、もうすぐ授業が始まりますよ。どこへ行こうとしてるんですか?」
げ!? 生活指導の山本じゃないか。なんでこんなところにいるんだよ。お前こそ授業いかないと間に合わないだろ。普通に考えておかしい。どうなってるんだ。
「さっきこの辺で家の鍵を落としてしまって急いで探しに来たんです。俺のことは気にせず山本先生は授業に行ってください。俺もすぐ見つけて行きますから」
「それは大変ですね。うーん、ですが授業に遅れるのは……私も一緒に探すので早く見つけて授業に向かいましょう」
なんでだよ!! それじゃあ、俺が学校から出られないじゃないか。やんわり断るか。
「先生が行かないと授業になりませんよ。俺に構わず行ってください。このあたりに落ちてると思うので大丈夫です」
「それこそ一緒に探したほうが早いんじゃないですか? 生徒が困っているのに先生が手をかさないわけには行きませんよ。気を使わず頼ってください」
お節介なんだって!! 普通なら喜ぶところだったんだろうけど、嘘なんだよ。無駄に心苦しいんだが……。
こうなったら最後の手段だ。ちょっと離れたところを探してもらって隙を見てのガンダッシュだ。明日の俺よ、代わりに怒られてくれ。
「ありがとうございます。それじゃあ、俺はこっちを探すので山本先生はあっちを探してください」
「わかりました。すぐに見つけて授業に行きましょう」
よかった、うまい具合に誘導できたぞ。後は俺の脚力とタイミングにすべてがかかっている。
キーンコーンカーンコーン。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。
今だ!!
裏門の近くを探していた俺はそのままダッシュした。
「え? 君、どこへ? え? え? ちょっと待ちなさい!!」
すぐにバレて山本先生が俺を後方から追走する。
「なんで追いかけてくるんですか!? 俺のことは放っておいてください!!」
「待ちなさい!! どこへ行く気ですか!?」
追いかけられてはいるが速度に勝る俺が少しずつ突き放していく。
よし、このまま突き放して見失わせれば終わりだ!!
後ろを振り返って様子をうかがう。
へばりかけている山本先生が必死に追いかけてくるが、もう体力の限界は近そうだ。
「危ない!! 止まりなさい!!」
「え?」
ガシャン!!
全速力の勢いのまま道路へ飛び出してしまった俺はちょうど通りかかったトラックにはねられてしまった。
ゴロゴロゴロゴロ。
吹き飛ばされ、地面を転がり数メートルのところで制止した。
い、意識が遠のいて……。