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終章 旅立ち

 神殿の森の木漏れ日が、周囲を柔らかに浮かびあがらせている。いつの間にか早朝の空気が涼しくなっている。

 祭礼の時期でもないのに、参道広場がいつになくにぎやかだった。

 荷物を満載した騎馬隊列が、参道広場に揃っている。

 ダンとマオが、シェフィールド領へと戻る朝だった。

 シェフィールド家の所領から戻ってきた時とは違い、荷物を満載にした馬が二十頭あまり。供も、二十人が揃っている。

 神殿の裏手へとつながる屋敷の小径の門が開き、二頭の駿馬とともに姿を現したダンとマオのもとに、見送りが多数集まってきた。

 ゼメキスもライリーも、使用人を連れて見送りに来ている。参道前の広場に集まった見送りは、百人近い。

「海路なら、手前が船を出しましたのに」

「陸路でも、手前が鏢師の護衛を用意しましたのに」

 さっそく、ゼメキスとライリーの見栄張り合戦まで始まった。

「今回は二人の助けのおかげで、なんとか騒動を抑えることが出来た……本当に感謝するよ」

 ダンの言葉に、ゼメキスとライリーがかしこまった。

「若旦那と大親分も、どうかお元気で」

「その若旦那って言い方と、大親分って言い方は、もうやめてくれ」

 ダンが、苦笑した。二十五年前、アストレアの大荒野で知り合った時のダンの呼び名だった。"紅一党"に助けられなければ、ダンは生き延びてはいなかったろう。その頃の思い出が、ダンの脳裏に蘇ってくる。

 最初に、刺客に追われて絶体絶命の状況に陥っていたダンを発見したのは、"蛍火(ほたるび)"のシンバだった。

「えっ?」

 馬を曳いた旅装束の人々の姿に、サキは目を丸くした。

「準備は出来てます」

 その"蛍火(ほたるび)"のシンバが、かしこまってダンに報告する。

 そして、シェフィールド家の所領に戻るダンとマオに付き従うのは、旅装束に身を固めた”蛍火(ほたるび)”の連中だった。

「皆の者、名残惜しいが見送りはここまででいい。春の先天祭の頃には、必ず戻ってくる……それまで、達者で頼む」

「サキ、あなたは王都の外れまでついてらっしゃいな」

 マオの言葉に、サキは小さくうなずいた。

 マオは、いつもと変わらぬ調子だった。失踪前と変わらぬ日常の生活が、戻っていた。

 だが、あの日シェフィールド屋敷に戻ってきて以来、マオは何も事件の顛末について話そうとはしない。

 何かよそよそしい空気が、母娘の間に漂っている。

 サキにとっても、聞くに聞けない雰囲気だった。だが、サキはあらかたを理解していた。

 マオが話す気になるまで、待つしかない。

「"蛍火(ほたるび)"みたいな、危ない連中を連れて行くの?」

 サキのささやきに、マオのおっとりとした声が返ってきた。

「シェフィールド家の所領で、働いてもらうことにするの」

「もらい受けて、大丈夫なの?」

 旅装束のマオが、苦笑を浮かべた。

「武衛府やカイ・ボルト師範が、"蛍火(ほたるび)"の能力をヴァンダールの『目と耳』として欲しがってたけどね……こいつらが、再び戦の道具に使われるのを見るのが忍びなくて、丁寧にお断りしたわ。

 それに、シェフィールド家の所領じゃ、年がら年中人手不足だからね……御館様にお願いして、王家と交渉してもらったのよ。

 夜盗に関わったり、(いしゆみ)を盗み出したって罪はあるけど……霊廟での活躍もあるから、それを理由にこいつらをもらい受けたのよ」

「そんな連中を、使っても大丈夫なの?」

「元々は、あたしの昔の同志だしね……とはいえ、王都で騒動を起こしたのは確かだから、王都で暮らすには無理があるもの。

 だから、シェフィールド家の所領で、何か正業に就かせるわ」

「そうじゃなくって、父様と母様が危険じゃないの?」

 サキの言葉に、マオが小さく吹き出した。

「あたしに楯突こうって度胸があったら、そもそも、助けを求めてきたりはしないわ……それに、御館様もこいつらの大半と顔見知りだしね」

 一瞬、マオの口調が伝法になった。

 背後に視線を送ると、ダンの乗る馬の手綱を引く"蛍火(ほたるび)"の首領シンバ・マズローと、鞍上のダンが和やかに談笑している。確かに、ダンとマオに対する"蛍火(ほたるび)"の態度は、親密さにあふれている。

 運河沿いの道端に、リュードの辻占いの露店があり、朝から数人の客が並んでいるのが、サキの視界の片隅に映った。

 血なまぐさい騒動も収まり、王都レグノリアにいつもの日常が戻ってきた。そろそろ、街中で冬支度が始まる。

「あれ?」

 歩きながら、サキは道が違っていることに気がついた。シェフィールド家の所領は王都の南にあるのに、マオが先導する隊列は北へと進んでいる。

「母様、道が違ってない? こっちの道は、北の街道に通じる方よ」

「いいえ、こっちでいいの……ちょっとだけ、寄り道したいのよ」

 両脇をうっそうとした森に囲まれた小径を抜けると、見覚えのある屋敷の門が見えてきた。サキが苦手なオバケが住み暮らす、リシャムード屋敷だった。

「皆は、ここで待ってて頂戴」

 しなやかな身のこなしで、マオが馬から飛び降りた。

 手綱を"蛍火(ほたるび)"の一人に預け、マオが鞍に縛りつけていた長柄の戦斧を手に取った。

「サキ、ついてらっしゃい」

「母様……ここって、幽霊屋敷……いえ、リシャムード屋敷じゃあ?」

 先程リュードが辻占いの露店で見掛けたため、幽霊屋敷は無人のはずだった。黒錆が浮かんだ鉄格子の門扉が閉まっている。

 マオが、懐から古風な鍵束を取り出した。

 悪びれずにマオが門の錠前を解くのを、サキは驚いて見守っていた。

(母様が、どうしてここの鍵を?)

 だが、驚いているサキを尻目に、マオは馴れた仕草で屋敷の敷地に足を踏み入れてしまった。慌てて、サキがマオの後を追う。こんな幽霊屋敷に、一人で足を踏み入れる度胸は、サキにはまだない。

 微笑みを浮かべたマオは、一つ一つの異形の石像を眺めながら歩いている。戦斧を担いだまま、庭園の石像を見て回る姿は、まるでこの屋敷の住人だった。

「他の人には、聞かせたくない話があるからね……本当は、あなた達全員が成人になってから話そうと思ってたんだけどね。だから、ここから先の話は、セアラとスーにもまだ内緒よ」

 屋敷の正面玄関の錠前を解き、マオが振り向いた。

「たぶん、サキが聞きたかった話だわ……霊廟の騒ぎでバレちゃったけど、あたしは滅亡したアストレア王家の血を引いているわ」

「……」

「アストレアを滅亡に追いやった売国奴が、アルバ・クロフォード……偽者のホーン・アストレアの従者に化けて、レグノリアに出没したのよ。

 今度は、ヴァンダール王国を滅ぼして、マーレ王国のものとしようという陰謀を秘めてね……それを知っちゃあ、さすがにあたしも黙ってられなかったわ」

 そう言って、マオは屋敷の中へと足を踏み入れた。サキとしては、黙って従うしかない。

 薄暗い大広間は、いつもの幽霊屋敷のものだった。

 大きな暖炉の両脇に、青銅の甲冑が立ち、暖炉の上にある壁面に、様々な武具が並べられている。

 マオは、担いでいた長柄の戦斧を、そのたくさんの武具の中に紛れ込ませるように飾った。数歩下がって、暖炉の周囲に飾られたいかめしい武具を眺め、ちいさくうなずいた。

「こいつが戻るべき場所は、やっぱりここだわね……この戦斧が紛れても、違和感がないわ」

「幽霊屋敷の戦斧を、勝手に持ち出したの?」

 サキの呆れた声に、マオが柔らかな笑い声を立てて振り向いた。

「いいえ、これは元々私の私物だもの。預けっぱなしにしてたんだけど、必要に迫られちゃったから」

 マオが、そう言って微笑んだ。

「もう二度と、使わないで済むことを祈ってたんだけどね……ホーン・アストレア……死んだはずの兄上の偽者が出てきたんじゃ、使わざるを得なかったわ」

「……」

 サキは、一瞬押し黙った。自分の母親の過去など気にしたこともなかった。

「ホーン・アストレア……誰が化けてたかって疑問に思ってたら、まさかアストレアを守護していた精霊を集めて人の姿を取らせてた、なんてね」

「でも、母様はどうして、あれが偽者だと見抜いたの?」

「自分の兄上を、見間違うわけないわよ……残念なことに、兄上の死はあたしが見届けて埋葬してるんだもの」

「……」

「だから、神殿前の参道広場で遭遇した時に、偽者ってのはわかってたわ……でも、ラファ・アリエルに化けたアルバ・クロフォードの素顔は、知らなかったわ。お互い、甲冑姿で何回か対峙したことはあるけど……もう二十数年も、互いの顔は見てなかったしね。

 でも、追われた"蛍火(ほたるび)"があたしに接触を図ってきたので、そっち経由でラファ・アリエルがアルバ・クロフォードだってわかったのよ。

 そうなっちゃったら、見て見ぬ顔も出来ないわ。放っておけば、確実にレグノリアに災厄が降りかかってくるから、御館様にだけ真実をお話しして"紅一党"を再結集させたの」

「じゃあ、母様はゼメキスさんとライリーさんも知り合いっていうより、"紅一党"の出身?」

「そう、アウラ・ゼメキスとカート・ライリーがあたしの両手で、"蛍火(ほたるび)"シャモン・カノーとシンバ・マズローがあたしの目と耳だったわ」

「じゃあ、母様が屋敷から消えた理由を知らなかったのは?」

「知らなかったのは、セアラ・サキ・スーだけ。

 この騒動には、あなた達を巻き込みたくなかったの。

 でも……サキの行動力を、ちょっと甘く見てたわ」

 マオが微笑んだ。

「結局、あなたは自力で真相にたどり着いたものね」

「……」

 サキは、それには答えなかった。

 代わりに口に出したのは、大きな疑問だった。

「マイア・オーセリア・アストレア……それが、母様の本名?」

「とっくに捨てた、亡霊の名前だわ……マイア・オーセリアを縮めてマオって名前に変えて、それからマオ・アンガスとして、アンガス候の養女として、シェフィールド家に嫁いだの……だから、今は、マオ・シェフィールドだわ」

 マオが、微笑んだ。

「何故、アンガス家に?」

「アストレアの王女とはいえ、七つの時に国が滅んじゃってわずかな家来に護られて流浪することになったわ。

 それが、どこで何を間違えたのか、アストレアを滅ぼしたマーレを叩きつぶそうと、アストレアの残党を率いて"紅一党"って盗賊の親分やってたから……正体を明かしたら、ヴァンダール王国とマーレ王国の間で一騒動起きるのは確実だし、女賊のままじゃシェフィールド家に嫁ぐなんて出来やしない。

 御館様がリシャムード家の当主ゼノン様に相談して、ゼノン・リシャムード様の親友のアンガス候にお願いしたの。

 アンガス候の配慮で、書類上だけ養女って形にしてもらったのよ。

 でも、地金が盗賊だからね……油断すると言葉使いとか礼儀作法とかで、育ちがバレちゃうもの。だから、リシャムード家で一年ばかり、行儀見習いをやってたのよ。

 だから、この幽霊屋敷はよく知っているわ。シェフィールド家に嫁いだ時に、出入り勝手を許されて鍵を預かってたの」

 マオがこの屋敷の鍵を持っている謎が、やっと解けた。

 マオにとっては、この屋敷には断ち切った過去の思い出が詰まった場所だった。

「王家が滅んでからは、野宿生活ばかりだったからね。

 料理の腕前は今のサキと似たり寄ったり、焼くか茹でるが精一杯……だから、この屋敷で料理から礼儀作法まで勉強させてもらったわぁ」

「でも、母様はともかく……"紅一党"の、他の人達は?」

「あたし一人、ヴァンダール王家に帰順するわけにはいかないさ」

 マオが苦笑した。

 若かりし頃の記憶をたどるような、遠い目をした。

「あいつらを、食えるようにしてやらなきゃならないから」

 マオには、百人以上の手下がいた。

「あっちこっちの国が滅び、行く当てのない連中だからね。

 その時に、御館様がこう言い切ったのさ……『わかった……その百人以上を、まとめて引き受ける』ってね」

 そして、言葉通りにダンが動いた。

 動かぬ王家を動かして、"紅一党"という盗賊を味方にしてしまった。

 前非は問わない。王都で商いを行う鑑札を与える。

 その代わり、王都での暗黒街の動きを逐一知らせる事。

 そういう取引が、"紅一党"と王家の間で成立した。

 "紅一党"が軍資金としてマーレ王国からかすめ取った財宝を山分けにして、それを元手にマオの手下どもが商いを始めた。

「年配の連中や、戦いで傷付いた連中は、シェフィールド家の所領で二十人ばかり引き取って、シェフィールド領の家来になってもらってね」

 そして……マオは、シェフィールド家に嫁いだ。

「……」

 サキにとっては、驚くべき話だった。

 驚いたまま、口を挟む余裕もない。

「サキ、あなたが滅んだアストレアを再興すれば、女王になる王位継承権があるわ。

 新生アストレア王国の、初代女王になりたい?」

 マオの目が、いたずらっぽく笑っている。

 サキは、不愉快そうにぷっと頬を膨らませた。

「王位継承権なんて、要らないわ」

「そうね、そう言うと思ってたわ……あたしだって、そんな重荷を背負うのはごめんだもの」

 マオは、自分の喉元を飾る海竜の首飾りを外し、戦斧に掛けた。

 それは、アストレア王国の正当後継者を示す『霊笛の神器』と呼ばれた呪具だった。

 懐から出した紅の覆面も、戦斧にそっと掛けた。

「これも、ここに置いておく方がいいわね……アストレアはもう存在しないから、アストレアを守護していた精霊達を使役する呪具も不要だしね。

 精霊達がこの屋敷に安住しててもらえれば、あたしも安心だわ」

 大きな暖炉脇の棚に、封印がはがされ蓋の空いた瑠璃の壺が置かれていた。リュードが約束通り、この屋敷の中に、霊廟で捕らえたばかりのアストレアの精霊を放ったのかもしれない。

 マオに促され、サキはシェフィールド屋敷の扉を閉めた。

「あたしが御館様と知り合ったのは、御館様が試練の旅で災厄に巻き込まれていた時だったわ」

 サキが初めて聞く、父母の昔の冒険物語だった。

 神官長を務める高位の資格を得るためには、聖教の聖地を訪ね歩き、その霊力を得る修行があるとは聞いている。だが、霊力が皆無に等しいサキには、遠い世界の物語だった。

 ダンが、若い頃にその試練の旅をしていたことも、今までサキは知らなかった。

 王位継承権争いに巻き込まれ暗殺者に追われていたダンと、元々は亡国の王族とはいえ"紅一党"と名乗る盗賊の首領。立場がまるで違う二人がどこで出会い、どうして結婚したのか、初めて耳にする血湧き肉躍る壮大な冒険物語だった。

「御館様の霊力は、大したものだったわ……あたしらは、それを目の当たりにしてるから」

「……」

 サキが、初めて聞く話だった。

「結局、御館様を暗殺に来た連中は、あたしらが全滅させたわけじゃない……まぁ、撃退に力を貸したのは確かだけど……御館様みたいに天候を操るなんて、並の魔道士には不可能な真似だったのさ」

「天候を操る?」

「最初に気がついたのは、アウラだったわね……追撃を振り切るために、船で沖合に逃げたんだけど……追撃してきた連中も、十数隻の船で追ってきたわ。

 あっちの船の方が快速だったのに、奇跡的に追いつかれなかった。ほんの目と鼻の先なのに、こっちは順風であっちは逆風になるんだもの。船の扱いに馴れたアウラ達も、そんな天候は見たことも聞いたことがないってね。

 それと、次にそれに気がついたのはカートだった。

 砂嵐さ……上陸すれば、追撃の連中とあたしらをさえぎるように砂嵐が巻き起こり、姿を隠すことに成功したり……そういった出来事のいずれにも、直前に御館様がお祈りしてた」

「お祈り……」

「奇跡的な出来事が立て続けに起きたら、信心深くない連中だっておかしいと思うわ……そして、それが偶然でないって思い知らされたのが竜巻よ」

「竜巻?」

「あたしらを包囲していたマーレ王国の軍勢が、数百騎。

 これが死に場所って腹をくくった時に、その軍勢の方へと竜巻が飛び込んでったの」

「ええっ?」

 サキは驚いたが、霊廟での突風を思い出した。

 (いしゆみ)から放たれた必殺の矢が、土壇場で軌道が外れて速度を落としたのも、ひょっとすると父親のダンの霊力が影響したのかも知れない。

 もし、あの突風がなければ、サキは大きな矢を弾くことが出来たかわからない。

「御館様は、争いを好まない御方……審判を、神様に委ねたのね」

 その結果は、恐ろしいものだった。

「御館様は、その責任を感じてその力を平和のために使うと誓われたの」

 サキは、沈黙した。

「力というものは、扱いが難しいわ……武力、権力、霊力、魔力……いずれにしても己の欲望の趣くままに使えば、いずれそれが自分を滅ぼしかねないもの」

 マオが、サキを真正面から見つめた。

「サキ……あなたは、これから正念場を迎えるわ……いずれ、サキが秘めた力に気がつく日が来るわ……出来れば、一生その力が眠ったままでいてくれたらどれだけ安心できるか……でも、それは虚しい願いね」

「……」

「まだ見たこともない、未知のモノに遭遇した時……セアラは、まず遠くから観察して、見極めようとする……スーだったら、大きく遠ざかって近寄ろうともしないわね……でも、サキ、あなただと未知のモノに平気で近寄って、突っつきかねない性格だわ」

 マオが、大きく長い息を吐き出した。

 それは、何か大きな難題から解放されたような、さっぱりした吐息だった。

「嫌になるぐらい、気質が似ちゃったのよね。御館様の強大な霊力の血脈とあたしの無茶な気性を、受け継いだのがはっきりわかるの。

 だから、せめてまっとうな人生を歩んで欲しくて、あなただけは厳しく躾けたつもりだけど……やっぱり、無駄だったわね」

「……」

「まぁ、これからは好きにおやりよ……シェフィールド家の、いえ、王都レグノリアの枠に収まりきらないのが、はっきりわかったから……レオナ姫の願いを受け継ぐなら、悔いのないように思いっきりやったらいいわ」

「母様……」

 そこから、サキの言葉が出てこない。

「お見送りは、ここまででいいわ」

 門扉を閉じ、マオがサキに向き直った。いつもと同じ、あっさりした別れの挨拶だった。

「サキ、あなたに全知全能のアグネア神のご加護がありますように!」

「父様と母様も、お元気で!」

「春の先天祭には戻ってくるわ! じゃあ、元気でね!」

 マオが、軽い身のこなしで馬にまたがった。マオが馬の扱いがずば抜けて巧みなのは、若い頃にアストレアの大荒野で暴れ回っていた頃に身につけたものなのだろう。

 荷駄を曳きながら、"蛍火(ほたるび)の"一行が歩き出す。徒歩でありながら、その足取りは軽快なものだった。

 やがて、幽霊屋敷の門前にたたずむサキの視界から一行が消えた。

(母様が、あたしに厳しかったのは……あたしに、母様と同じ轍を踏ませたくなかったからだったのね)

 サキの目尻が、熱くなった。

 サキの胸の内にあった、両親に対する氷のようなわだかまりがとけてゆく。

 強く首を振って、サキはきびすを返した。後頭部で束ねた長い金髪がゆれる。サキには、レオナ姫から受け継いだ王都レグノリアを護るという大きな使命がある。

 サキの腰に下げられた大刀の柄で、宝玉が一瞬真紅に輝いた。

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