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ACT28 アストレアの正統後継者

 甲冑と石壁が打ち当たる、激しい衝突音が響いた。

 大きく甲冑が弾き飛ばされ、甲冑姿のホーン・アストレアが石壁に背中から張りつくように叩きつけられた。

 だが、ホーン・アストレアは、依然として立っている。

(あれだけの斬撃を受けても、まだ立つ気力が残ってる?)

 サキの残った体力では、同じだけの斬撃をもう一撃送り込むことは出来ない。

 荒い息を整えながら、サキがホーン・アストレアをにらみつける。

 サキは、切り下げた大刀を構え直し、ゆっくりと間合いを開いた。

 残心という言葉が、サキの脳裏に浮かびあがった。

 腕を切り落とされたら噛みつけ、首を切られたら祟り殺せ、それだけの憎悪を持っている相手には、それ相応の用心が必要だった。

 だが、ホーン・アストレアの右手が力を失い、その手から大剣がゆっくりと落ち、石畳で小さく跳ねて転がるのをサキは、視界に捕らえた。

 甲冑の兜のてっぺんから甲冑の腰の草摺りまで続く、細い線が見えた。

 甲冑に刻まれたのは、サキの大刀の刃が切り裂いた軌跡に重なる。

(こいつの素顔を見てやるわ!)

 サキは、ホーン・アストレアをにらみつけたままだった。

 ゆっくりと、甲冑に浮きあがった線が鮮やかになってゆく。

 不意に、その線が真っ二つに裂けた。

 まるで、蝉の脱皮するような不思議な光景に、サキは動けない。

「!」

 甲冑にひびが大きくなり、真っ二つに裂けた。

 甲冑の中身に人は入っていなかった。

 いや、正確には空ではない。

 肉眼では見えるはずがない、蜂の大群のような何か異形のモノが甲冑から飛び立った。

「嘘ぉ」

 立ち尽くすサキの視界には、昼間でも霊視出来る無数の鬼火だった。赤黒く燃えていた鬼火が、空中で緑色へ、そして黄色へと変じてゆく。黄色の大群のような異形のモノが、一斉にある方向へと動き出した。

 そして、その飛翔した先には、いつの間にかリュードが立っていた。

 異形のモノが向かっているのは、リュードの方向だった。

「リュード!」

 思わずサキは、リュードの方に駆け出した。

 妖怪・妖魔とかに強い耐性を持つリュードとはいえ、こんな異形のモノに襲われたらどうなるかわからない。

 リュードは、相変わらずの無腰だった。『妖魔以外には剣は不要』とうそぶき剣を捨てたリュードだが、対妖魔用の"骨喰(ほねばみ)"の剣も持っていない。

 武器らしいものといえば、リュードの傍らには、長弓に似た石礫を飛ばす弾弓があった。遠くからホーン・アストレアの動きを牽制してくれていたのは、間違いなくリュードだった。

 リュードがどのようにしてここに立ち入れたのか、サキにわからない。混乱の中、もぐり込んだのかも知れない。

「よぉ、姫さん。大丈夫だよ」

 リュードが、サキを安心させるかのように右手を振った。

 リュードが左手に、小さな瑠璃色の壷を持っている。

 異形のモノが渦巻くように、次々と壷の中に入ってゆくのが見えた。

「ふぅ、間に合ったか」

 リュードが、つぶやいた。

 落ち着いた仕草で壷の蓋を閉め、閉じた蓋に護符を貼る。それは、幽霊屋敷で見た、妖魔を封印する瑠璃色の壷だった。

 リュードは、目の高さに瑠璃の壷を掲げ、中を透かし見るような仕草を見せた。

「俺の護符で大丈夫かな? まぁ、別に貴様らを滅しようとは思っちゃいないから、しばらく大人しくしててくれよな。

 リシャムード屋敷に戻ったら、必ず解放してやるからな」

 瑠璃色の壷の中を、何か蛍のような光がいくつも瞬いた。

「リュード? 今の、何?」

 リュードに駆け寄ったサキが、息を切らしながら声をかけた。

「今のって?」

「何か鬼火みたいなのが、その壷に吸い込まれたわ」

「こいつは驚いた……姫さんにも、観えたのか?」

 リュードが、驚いたようにサキを見た。

 サキの大刀に埋め込まれた霊石が、ほの淡い紅に輝いている。そして、その輝きが徐々に消え、いつもの透明な霊石へと戻ってゆく。それと同時にサキの視界から、瑠璃の壷の中に見えた明滅が消えてゆく。

「目の錯覚かなぁ……さっきまで、蛍火(ほたるび)みたいなのがその壷で明滅してたんだけど……」

「見えようが見えまいが、こいつらはもう悪さはしないさ」


       ◆


 アルバ・クロフォードが鞍上から弾き飛ばされた時、手を離れた長柄の戦斧も空中を舞っていた。禍々しい戦斧が、頭上を回転しながら落下してゆく。

「おのれ! 紅の女賊め!」

 アルバ・クロフォードが、憎々しげに叫んだ。

 上空から落ちてきた長柄の戦斧が、石畳を打ち砕き戦斧の先端が深々と石畳に突き刺さった。

「勝負あったね」

 素早く手綱を引いて馬を止めたマオが、自分の戦斧をアルバ・クロフォードに向け、静かに声をかける。

「まだ、負けてはおらん!」

 地上に叩き落とされ、かろうじて受け身を取ったアルバ・クロフォードが、素早く立ち上がった。

「!」

 だが、マオの一撃を受け止めたアルバ・クロフォードの喉元の呪具が、ゆっくりと外れた。

 石畳に落ちて跳ね返った呪具の霊石が、真っ二つに割れた。

 不意に、沈黙が支配した。

 剣劇と怒声の響き渡る戦場でありながら、まるで刻が停まったような錯覚を覚える。

 呪具が割れたことは、魔力でホーン・アストレアに扮した黒衣の戦士を制御出来ない事を意味する。

「そこまでさ……"霊笛の神器"を失えば、ホーン・アストレアに扮した妖魔達は精霊に戻るわね」

 立ち上がったアルバ・クロフォードが、馬上のマオを憎々しげに睨みつける。

「貴様……"霊笛の神器"と妖魔の存在までを知るとは……紅の女賊! 貴様はいったい何者だ!」

「鈍い奴だね……本物の"霊笛の神器"を身につけていることで、察しないかねえ?」

「!」

 アルバ・クロフォードの表情が、驚愕に凍りついた。

「アストレアを守護していた"霊笛の神器"を持つ者……まさか……マイア・オーセリア・アストレア!

 紅の女賊! それが貴様の正体か!」

「気がつくのが遅いね……今の今まで、紅の女賊の正体を知らなかったとはね」

 マオが破れた紅い覆面を、ゆっくりと外した。

 その喉元には、白金色に輝く海竜の首飾りが光っている。

 マオは冷たい目で、石畳に転がったアルバ・クロフォードの首飾りに視線を移した。落下の衝撃で霊石が砕け、黄金の海竜の土台が真っ二つに割れている。

「複製品としちゃあ、よくできてるわね……でも、所詮はまがいもの。アストレアを守護する精霊を御するには、霊石の呪力が不十分なんだよ」

「妖魔共が、時々言うことを聞かなくなったのは、貴様の仕業か……」

 アルバ・クロフォードが、微かにうめく。

「太古の時代から、本物に勝る贋物は存在しないんだよ」

 アルバ・クロフォードがマオの正体に気がついたのは、直前に切り裂いたマオの甲冑の喉元に輝く呪具の存在に気がついた瞬間だった。

 そして、その驚愕でアルバ・クロフォード出来た隙を、マオは見逃さなかった。

 その隙さえ生じなければ、アルバ・クロフォードがマオの奇策に敗れるはずがなかった。

「さて、どうする?」

 マオの声が、響いた。

 ホーン・アストレアに扮していた甲冑に宿った妖魔の邪魔をしていたのは、マオの身につけた本物のアストレアの呪具だった。これは、マテオ・エクトールが残した最高傑作の贋物ではなく、失われたはずの本物の呪具だった。

 呪具を失った以上、アルバ・クロフォードは妖魔を操る魔力が使えないことを悟っていた。

 だが、そのアルバ・クロフォードの褐色の瞳には、まだ闘志が宿っている。

 アルバ・クロフォードの野望は、潰えた。

 だが、アルバ・クロフォードには、我が身と引き替えにヴァンダール王国を滅ぼす切り札が残っていた。

「おのれ!」

 アルバ・クロフォードが、最後の力を振り絞って呪詛の言葉を発しようとした。

 それは、三十年も前にアストレアを滅ぼした、最悪の呪いだった。

「!」

 アルバ・クロフォードが、呪いをかけよう口を開いた瞬間に、戦斧が一閃した。 

 血煙が舞い上がり、顔面を真っ二つに断ち割られたアルバ・クロフォードが、声も出さずに倒れてゆく。

「また、国を呪われちゃたまんないからね……アストレア王国だけでなく、ヴァンダール王国まで、あんたの狂った野心で滅ぼされちゃたまんないわ」

 マオが、悲しそうにつぶやいた。


       ◆


 一刻もせずに、残敵掃討が終わった。

 傷ついて動けない者は縛られ、死んだ者が霊廟の広場に並べられてゆく。

 ヴァンダール王の影武者として囮役を務めたダンの前に、"紅一党"が膝をつき一斉に平伏した。

 最後にマオが悠然と現れ、平伏している"紅一党"の最前列に片膝をつきダンと対峙した。

 鮮血に染まった長柄の戦斧を石畳の床に置き、マオが静かに頭を下げた。片膝をついたマオの姿は、武人の礼式だった。

 マオの背後に居並ぶ"紅一党"の面々の中には、アウラ・ゼメキス、カート・ライリー、シンバ・マズロー、シャモン・カノーもいる。

 ザネッティの家来に化けていた懐かしい面々に、ダンが顔をほころばせた。

 二十五年前、彼らの助けで神官の資格を受け継ぐ試練の旅を終え、おまけにレグノリアの危機を救ってもらった。

「アウラ、カート、シンバ、シャモン……助けてもらったのは、何度目かな?」

「禁を破って、申し訳ございませぬ」

 カート・ライリーとアウラ・ゼメキスが、揃って平伏した。

 それにならい、全員が再び頭を下げ、恭順の意を示した。

「面を上げてくれ……これじゃ、まるで私があなた達の首領だ」

 ダンが、慌てて言った。

「確かに、こういう荒技を使うとは想定もしてなかったがな……だが、そのおかげでアルバ・クロフォードの陰謀が発覚し、悲劇を防ぐことが出来たのは幸いだ。

 これで、今回の騒動も落着かな?」

「ザネッティは捕えておりますし、マーレの傭兵達の生き残りも身柄を抑えております……陰謀を企てたマーレ王国との後始末は、ヴァンダール王家の仕事かと」

 片膝をついたマオが、淡々とダンの問いに答えた。とても、夫婦の会話とは思えない対等な会話だった。

 マオの背後に平伏する紅一党の面々を眺めたダンが、不意に笑い出した。

「相変わらずだなぁ……皆も壮健で何よりだ」

「若旦那も、お元気そうで何よりです」

 "蛍火(ほたるび)"一頭の束ねを務める、シンバが深く頭を下げた。

「さぁ、シェフィールド屋敷に戻ろうか」

 ダンの前に片膝をついたマオが、小さく頭を下げた。

「アルバ・クロフォードの陰謀を阻止するためとはいえ、御館様が心底からお嫌いな、殺生を再び犯してしまいました……」

 マオが、ダンの顔を探るように見上げた。マオの深い青い眼が、真正面からダンを見つめる。

「これでも、まだ私が神殿へ戻る資格はありますか?」

 真剣なマオの視線を真正面から受け止めたダンは、直接それには答えなかった。

 その代わり、マオの目の前に横たえられた戦斧に目をやった。

「その得物を見るのは、久し振りだ……マオとその得物のおかげで、命を救われたのは何度目だろうな」

 そう言ってから、ダンが微笑んだ。

「離縁した覚えはないがね……お前は、今でもシェフィールドの人間だぞ」

 ダンの言葉に、マオが微笑んだ。

 いつもの茶目っ気のある、柔らかなマオの眼光に戻っていた。

「そう、良かったわぁ……盗賊の親分に逆戻りしなきゃならないかって、ちょっとだけ心配したわ」

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