ACT27 異形のモノ
「まずいな……」
馬上のアルバ・クロフォードが、口の中で小さくつぶやいた。
マオと一騎討ちになったアルバ・クロフォードに、小さな焦りの色が浮いた。技量的には対等だが、ホーン・アストレアに思念で指示を出す一瞬、どうしても隙が出来る。
「何者が妨害している?」
マオとの戦いに専念すると、ホーン・アストレアとの思念に何か不思議な混乱が生じる。
「今までに、命令に従わなかったことはないんだが……」
素早く馬の鼻先をマオの馬に向けるように操りながら、アルバ・クロフォードが再び舌打ちをした。
ホーン・アストレアは木偶だった。アルバ・クロフォードが思念で、霊石を介して命ぜられるままに行動する。
その思念の命令がなければ、ホーン・アストレアは何もしない。
だが、王都レグノリアに足を踏み入れる頃から様子がおかしい。意思がないはずの木偶が、勝手に動こうとする様子が見られている。
アルバ・クロフォードの脳裏に、ホーン・アストレアの視界が映し出される。
ホーン・アストレアの大剣と、サキの大刀が火花を散らす。
ホーン・アストレアを操るのと、"紅一党"の首領マオとの直接対決に、アルバ・クロフォードの魔力が分散されている。
アルバ・クロフォードの喉元で輝く霊石の光が、一瞬弱くなった。海竜を模した御符の中で赤黒く輝く霊石が、わずかに光量を落とし黒色が強くなった。
わずかな隙を、マオは見逃さなかった。
長柄の戦斧が、水平に空気を切り裂いた。
「ちぃっ!」
アルバ・クロフォードが、かろうじてマオの戦斧を自分の戦斧で弾いた。
ホーン・アストレアに意識を集中させる瞬間、どうしてもアルバ・クロフォードの注意力がマオから外れる。
だが、ホーン・アストレアを自分の思った通りに動かすには、思念の命令が必要だった。
◆
サキの頭の中で、何者かの思念が流れ込んでくる。
《戦いたくない!》
(えっ? 戦いたくない?)
サキが、戸惑う。
まるで、二つの人格を持っているように、ホーン・アストレアから流れ込む思念が正反対の意思を示している。
サキの攻撃が、思わず鈍った。
ホーン・アストレアの肩口で霊石が赤黒く輝き、ホーン・アストレアの大剣が再び繰り出される。
《滅びろ!》
再び、殺意と憎悪のこもった横なぎの一閃がサキを遅う。
サキは慌てて飛び退き、間合いを開く。
(なんなの、こいつ?)
戦いながら、サキは混乱していた。
二つの矛盾した真逆な思念が交互に出現し、逆にサキは戦いにくくなっている。
(おかしい!)
戦っている間に、サキに疑念が生じてきた。
対峙しているホーン・アストレアから流れてくる思念が二つあるということに、サキは気がついた。
その正反対な思念が、交互にサキの脳裏で反響していた。
そして、その都度サキに対するホーン・アストレアの攻撃が変わる。
(戦いたくない、助けてくれ!ってのが、本物?
それとも、憎悪と狂気の思念が本音?)
サキは、その二つの思念に翻弄されていた。
◆
一方、馬上での戦いも続いていた。
「行くぞ!」
紅の女賊マオが、長柄の戦斧を水平に振り回した。
重い斧の刃が空気を切り裂き、アルバ・クロフォードの首にめがけて疾風のごとく迫る。
「おう、望むところだ!」
戦斧を短く扱い、アルバ・クロフォードが迫り来る刃に対抗する。
長柄の戦斧が、激しく打ち合わされる。
鋼と鋼が打ち合わされ、火花が散った。
すれ違いざまの一撃、駆け抜けた二頭の騎馬は足を止めずに、再び大きな円を描いて再び対峙する。
その旋風のような勢いに、敵味方の部下も同士討ちを恐れて加勢が出来ない。
アルバ・クロフォードの喉元を飾る首飾りで、霊石が赤黒く光る。
(紅の女賊め! 何から何まで、ここぞという時ばかり邪魔してくれる)
アルバ・クロフォードにとって、"紅一党"は憎い敵だった。
アルトレア王国が滅んでも、アルバ・クロフォード達シドニア大陸統一派の思惑通りにはならなかった。
マーレ王国に対するアストレア王国の民衆の反発は根深く、各地で反乱が頻発した。その中で、異彩を放ったのは紅い布で覆面した"紅一党"と名乗る存在だった。恐らくは旧アストレア王国の家来のなれの果てだろうが、マーレ王家の砦を襲撃したり隊商を襲撃したりで、鎮圧に向かったアルバ・クロフォード達を散々に翻弄した。
あと一歩の所まで"紅一党"を追い詰めた時、ジェド・アーヴィンが狙ったダン・リシャムードの暗殺も可能だったはずだった。
だが、その時の敗戦でシドニア大陸統一派の企ての全てが瓦解した。
ダン・リシャムードを取り逃がしただけではなく、ジェド・アーヴィンの一斉蜂起が鎮圧された際にも、紅の覆面で顔を隠した一団が姿を見せたという。
マテオ・エクトールは、ジェド・アーヴィンを護るために全ての罪を自らがかぶって、ティオ・ザネッティの前で毒をあおって自死を装った。
シドニア大陸統一派でありながら、自らの本心を隠していたティオ・ザネッティがもみ消さなければ、マテオ・エクトールが死んだ振りをしたことも明らかになったはずだった。
蜂起の首謀者ジェド・アーヴィンが幽閉されたあと、"紅一党"の消息は杳として知れない。
"紅一党"の名前は聞かなくなったが、相変わらず旧アストレアの領土をマーレ王国は支配できていない。大規模な騒乱こそないが、マーレ王国の支配下にはない無法地帯となっていた。
◆
(来るっ!)
ホーン・アルトレアの喉元で、霊石が赤黒く光る。
途端に、劣勢だったホーン・アルトレアの動きが急に速くなった。
再び、勢いを取り戻す。
サキは、ホーン・アストレアの猛攻をしのぐのに精一杯になった。少しでも受けを誤ると、致命傷になるような峻烈な攻撃だった。
(!)
昨日の白昼夢で見た影法師の幻視が、苦戦するサキの脳裏に再び蘇ってきた。
『しょうがないわね……もう一回立て直さなきゃ』
振り向いた影法師の素顔を、はっきり見たのは初めてかも知れない。
フードの奥からのぞく緑に近い碧眼が鋭く輝き、真っ正面からサキを見つめた。その眼光は生気に満ちあふれ、強い意志を宿している。
一言で表現するなら、その意志は"希望"だった。その燃えるような緑色の眼光は、はるか彼方の見果てぬ夢を見据えているような、希望に満ちあふれたものだった。
その直後に幻視が消え、サキの大刀がホーン・アストレアの大剣を大きく弾いた。
さすがに、ホーン・アストレアが後方に飛び退き、間合いを開く。再び、サキとホーン・アストレアのにらみ合いとなった。
(そう、レオナ姫が望んだのは、生の希望だわ!)
この世に騒乱を巻き起こすような世の中など、誰も望んではいない。このシドニア大陸の各地に住む皆が幸せに暮らすことが、レオナ姫の悲願だった。
「!」
ホーン・アストレアの喉元の霊石が、再び赤黒く輝いた。
「うわっ!」
サキは、慌てて横へと飛んだ。かろうじて、ホーン・アストレアの必殺の大剣から逃れる。
ホーン・アストレアが、にわかに力を盛り返した。
(おかしい……こいつ、力に波がある。
急に早くなったり、遅くなったり……早さ膂力も、緩急が読めない)
だが、ホーン・アストレアも霊廟のすぐ近くに接近しているのに、サキを倒さない限りは扉を破る余裕がない。
戦いが、膠着状態に陥っている。
(?)
サキが、ある大切なことに気がついた。
ホーン・アストレアの喉元で、赤黒い霊石の輝きが明滅している。
(霊石の光と、こいつの動きが呼応している?)
だが、勝機を見出したものの、サキにも、焦りが生まれていた。
大刀を持った右手に、疲労が感じられる。
(ちっ! あたしの握力が持つか?)
サキは小柄だった。重い甲冑と槍を自在に扱う騎士団の連中に比べれば、筋力と持久力には劣る。
サキの優れている部分は、俊敏な身のこなしと瞬発力だけだった。持久戦に持ち込まれると、膂力に優れた巨漢には対抗が難しくなる。
サキに比べると、黒い甲冑に身を固めたホーン・アストレアの体力は無尽蔵に思われる。
ホーン・アストレアの攻撃は、速くて重い。
強靱な大刀が、その大剣を受け止めるたびに、衝撃を受けたサキの手にしびれが走り、体力を削ってゆく。
(まずい!)
サキの足捌きが、わずかに乱れた。
再び、ホーン・アストレアが大剣を大きく振りかぶった。
(今の体勢じゃ、あいつの重い剣を受けきれない!)
ホーン・アストレアの霊石が、強い赤黒い輝きを放った。
その刹那、突然何か強い意志を持った思念の声が、サキの脳裏に大きく響いた。
『この程度で、王都を崩壊させてたまるもんですかッ!』
自分の心の声なのか、何者かの思念なのかはわからない。
サキの脳裏に、再び影法師の昨日の幻視が浮かんだ。
サキを見つめる影法師が、不意に微笑んだ。
『あなたに出来る?』
その瞬間に幻視が消え、目の前に迫るホーン・アストレアの大剣の刃の軌跡が映った。
「!」
だが、サキの身体の奥深く、魂と呼ばれる領域で何かが大きく変わった。
「!」
それは間違いなく、影法師としてサキの夢に姿を現すレオナ姫の想いだった。
(あたしは……)
レオナの大刀とホーン・アストレアの大剣が、激しい火花を散らす。
(レオナ姫の悲願を……千年の平和を築こうとした願いを、無駄にはしない!)
それは、レオナ姫の願いを叶えるという決意だった。
「負けるもんですかっ!」
サキが、腹の底から叫んだ。
同時に、サキの大刀の柄頭に埋め込まれた霊石が、かつてないほどの鮮やかさで真紅に輝いた。
サキの身体までが、燐光で紅く輝いた。
その輝きに驚いたのか、ホーン・アストレアの動きが一瞬止まった。
だが、それも刹那だった。
再び、ホーン・アストレアの喉元で霊石が赤黒い輝きを見せ、ホーン・アストレアが大剣を大上段に振りかぶった。
「こんの、野郎ぉおおっ!」
サキの身体の奥深く、魂と呼ばれる領域に何か強烈な熱量が生じた。紅蓮の火炎がサキの身体を渦巻き、厖大な熱量はサキが握りしめた大刀の切っ先まで達した。
「!」
真紅に輝いた霊石の光を反射したのか、サキの大刀が紅に染まる。
刃を真っ向から受けたサキの大刀に、強い衝撃が走った。
ホーン・アストレアが切り下ろした必殺の刃をはねのけ、大刀が一閃した。
刀柄の霊石が真紅に輝くのと同時に、刃をつぶした斬れぬはずの不殺の大刀が本来の破壊力を取り戻した。
その直後、サキの大刀が大気を切り裂いた。大刀の刃が、赤黒く輝くホーン・アストレアの霊石と火花を散らす。
ホーン・アストレアの赤黒い霊石が、強い閃光を放った。
その紅い閃光に反応し、サキの大刀の柄に埋め込まれた宝玉が紅く輝いた。
光と光がぶつかり合った。
堅い鋼を打ち合わせたような澄んだ音を立て、呪具の霊石が砕け散る。
「!」
サキの大刀が、ホーン・アストレアの喉元に輝く呪具を分断した。
その勢いを失わず、刃渡り三尺を超える大刀の切っ先が甲冑を襲った。
《!》
声にならない思念の悲鳴が、サキの脳裏に反響した。
真っ向上段から切り下げられた大刀の刃、目に見えぬ紅蓮の閃光が甲冑の胴体に一直線に走る。
衝撃で、ホーン・アストレアが吹き飛ばされた。
黒金の甲冑が、霊廟の石壁に背中から激突し、動きを止めた。
サキは、刻が止まったような錯覚に陥った。
◆
アルバ・クロフォードは、一気に勝負を賭ける気になった。
ホーン・アストレアに向けていた思念をいったん切り、アルバ・クロフォードは目の前のマオとの戦いに専念した。
集中力を取り戻し、アルバ・クロフォードの戦斧がうなりをあげた。
かつてない早さで、マオの喉元を遅う。
「これで、終わりだ!」
マオの戦斧が、大きく弾かれた。
「ちぃ!」
今度は、マオが舌打ちをした。
紙一重で、アルバ・クロフォードの戦斧を交わしたが、刃をかわした覆面にヒンヤリとした旋風が走った。
アルバ・クロフォードとの一騎討ちで、マオの素顔を隠していた紅の覆面が切れている。
はらりと覆面が裂け、白金と緑色に輝く霊石がその喉元に見えた。
"霊笛の神器”と呼ばれる、アストレアの神器だった。アストレア王国建国時に、精霊を使役しその領内の怪異現象を収束させた時に用いられたという呪具で、代々のアストレアを守護する秘宝として正当後継者に継承されていたという。
これを持つ者が、アストレア王国の正統な後継者として認められるものだったが、アストレアが滅亡した時に行方知れずになっていたと噂されていた。
マテオ・エクトールはその精巧な偽物を製作し、アルバ・クロフォードに与えた。だが、アルバ・クロフォードの目の前にあるそれは、間違いなく本物だった。
「まさか! "霊笛の神器”が、なぜここに?」
アルバ・クロフォードの馬捌きに、わずかに乱れが生じた。
存在しないはずの本物の呪具が目の前に突然現れた衝撃で、アルバ・クロフォードの反応が、一瞬遅れてしまう。
「まさか、貴様は!」
アルバ・クロフォードが驚愕したその一瞬が、大きな隙となった。
「!」
だが、マオは跳ね飛ばされた戦斧の長柄を、まだ手放していない。
マオの隙は罠だった。
弾かれた戦斧が反転し、石突きが突き出される。
すれ違いざまに、マオが見せた奇策は長柄の戦斧の石突き側を槍のように使う隠し技だった。
「なにぃッ!」
喉元に、強烈な衝撃を受けた。
戦斧の石突きが、喉元の呪具の霊石と衝突し、閃光を発した。
アルバ・クロフォードが、馬上から空中に舞った。




