ACT25 霊廟の祭典
神経を逆なでするような、激しい緊張の続いた長い夜が明けた。
サキ達神殿警護官と、近衛師団から応援に入った武衛府の若者達は、前夜からの徹夜の警護で疲弊している。
ヴァンダール王家の霊廟での、祭礼当日だった。
今のところは、怪しい動きはない。
ヴァンダール王家の霊廟は、練兵場並みの敷地を持ち、周囲の公園よりも一段高い平坦な場所だった。
周囲に背の高い石柱が林立し、霊廟本殿へと続く石畳の道がある。
外部からは、背の高い石柱の林で視界がさえぎられている。
正門をくぐっても、真っ直ぐに本殿へはたどり着けない。曲がりくねった石垣に挟まれた道を通り、いくつもの門扉にさえぎられている。
見張り櫓でもあれば、立派な砦として機能する。
門は、正門以外にもいくつかある。そして、その各通用口を護るのが、各諸侯の小部隊だった。平時なので、警備もそれほど多くない。
その中に、王都に常駐する有力諸侯の騎兵が待機し、武衛府他、護民官、神殿警護官、刑部府の兵がそれぞれが四つの門を固めている。
霊廟に、蹄の音が響き渡った。
王城の諸侯が、参列に現れた。そして、賓客のホーン・アストレア皇太子を護る騎馬の一団が現れた。
「二十騎弱か……存外、護衛が少ないわね」
騎馬は、ホーン・アストレアが乗る馬車を護るように展開している。
続いて、ヴァンダール王家の近衛部隊が、霊廟の広場に整列する。
そこへ、ヴァンダール国王が乗る馬車が到着した。ほとんどが、徒歩の儀仗兵の部隊だった。王都レグノリア内での国王陛下の行動は、馬車と数騎の騎兵、そして正装に身を固めた儀仗兵が十数人という地味なものだった。
平和が長続きしている王都レグノリアでは、仰々しい隊列で行動することを国王陛下は極端に嫌う。
「やはり、国王陛下は祭礼の参列を強行されたか……」
霊廟と公園につながる門の前で、警備していたカロンがつぶやいた。
霊廟なので、神殿警護の者も直衛に当たっている。
カロン達神殿警護官の警備配置は、霊廟に隣接する建国記念公園の周囲だった。公園の中にある古い鐘楼を取り囲む破れた柵は、刑部府の官吏の手によって修理され、門の錠前には封印がされている。
サキの警護配置は、霊廟内での国王陛下の直衛だった。
国王陛下の隊列が、緩く長い坂道を上り霊廟の建物へと近づく。
その左右は、背の高い石柱が林立して外側からさえぎられている。
「!」
祭礼の行列がある地点にさしかかった途端、突然、聞き覚えのある鐘が高らかに鳴り響いた。
「護国の鐘?」
鳴り響いているのは、長い間使われていなかった鐘楼の鐘だった。
異変を察知したのか、国王陛下が座乗する馬車の行列が驚いて、足を止めた。
サキが思わず、鐘楼の方へ視線を走らせた。
「!」
柱を通して、ある一本の直線だけが、外部から見える。その隙間の延長線上に、鐘楼が見える。
(あっ!)
封印され、誰も立ち入れないはずの鐘楼の鐘撞き台の鎧戸の窓が、いつの間にか大きく開け放たれている。
鐘楼から突き出された物の正体を、瞬時にサキが悟った。
盗まれた、新式の弩だった。
鐘楼の近くを警備していた、神殿警護官の一群が鐘楼へと駆け出すのが視界に入った。神殿警護官長の叔父カロンが先頭を切って走っているが、弩の射撃を止めることが出来るかわからない。
鐘が鳴らなければ、気が付かないうちに矢が飛んできている。
「まずい!」
警護に当たっていたサキが、国王陛下の馬車に向けて駆け出す。
(間に合うか?)
だが、一足遅かった。
弩から、必殺の大矢が放たれた。
◆
「くそっ! 裏をかかれた!」
鐘が鳴る直前、鐘楼の鎧戸が開く音に気がついたカロンが、鐘楼に向かって駆け出していた。
神殿警護官の数人も、素早く鐘楼へと走っている。
鐘楼の敷地の柵も門扉も、そのままだった。
だが、鐘楼へとつながる門扉は刑部府の官吏によって封印されている。
その門扉に、カロンが体当たりした。
激しい音と共に、扉の鉄柵が歪み吹き飛んだ。
神殿警護官が、敷地になだれ込む。
「封印されてる!」
「ちっ! 封印前に忍び込んだんだ……刑部府の連中は、内部をろくに確認せずに封印したんだろ」
カロンが、鐘楼の扉に体当たりする。形だけの鉄策で囲った塀とは違い、石組みの鐘楼に取り付けられた扉は頑丈無比で、カロンの突進に微動だにしない。
「畜生、頑丈すぎる!」
「長官、俺が開けます!」
「バックス! 頼む!」
神殿警護官のバックスが、腰から下げていた手斧を抜いた。長柄の戦斧の頭の部分と、同じ頑丈な斧だった。
斧が一閃し、錠前が弾け飛ぶ。
「行くぞ! 何人隠れてるか知らんが、片っ端から張り倒せ!」
カロンの声に応じ、数人の神殿警護官が鐘楼の階段に殺到した。ありったけの早さで、鐘楼を駆け登る。
そして、カロン達が鐘楼の鐘撞き台に飛び込んだ時、矢が放たれた。
カロンは、慌てて反撃しようと振り向いた小柄な人影に向けて、手にした剣で怒りの一撃を送り込んだ。
◆
獲物に襲いかかる鷹のように、放たれた矢が飛翔する。その威力は、サキも承知している。
必死で馬車の方へ走るサキの意識に、矢が放たれたのが直感でわかった。
(間に合わない!)
サキは、反射的に鐘楼と馬車を結んだ射線に飛び込んだ。
放物線を描いた大きな矢が、サキの視界に入った。
(矢を斬り落とすのは、不可能だわ)
サキの愛刀は、大きく重い。
飛翔する矢を、打ち落とすのは難しい。
大気を切り裂き、大矢がサキに迫る。
(まともに弾けない! 貫かれるのは必至!)
サキの脳裏に、一瞬不吉な思いがよぎった。
だが、サキの身体が勝手に動いた。
(あたしは、あきらめない! この王都の平和を守る!)
サキは、迷いを断ち切った。
後先など、わずかでも考えていない。
急に、周囲の音が消えた。
サキの視界が鮮明になり、意識が研ぎ澄まされてゆく。
(えっ? なに、この感覚?)
完全に、身体が自分の意思とは別に勝手に動いている。頭でごちゃごちゃ考えるより前に、次に何をしなければならないのか、サキの身体がわかっているような感覚だった。
まるで、刻が急に遅くなったような感覚だった。
サキの視界の中、ゆっくりと矢がサキに迫ってくるように見えた。
(あたしの身体、どうしちゃったんだろ?)
刹那、強い横風が吹いた。
周囲の木々を、大きく揺らすほどの突風だった。馬車に翻る王家の旗が、大きくゆれる。
突然の強烈な風圧に負けないよう、サキの身体が石畳の大地を踏みしめ、微かに腰を落とした。
並の横風では軌道を変えない強靱な大矢の軌道が、その突風で微かに乱れた。
(来る!)
とっさにサキは、愛刀の柳葉に似た刀身を顔の前に構えた。
刀柄の宝玉が、真紅に輝いた。
サキの脳裏で、何かが火花を散らした。
大矢が、サキに襲いかかる。
サキは、大刀の刃を斜めに寝かせ、左手を刀背に添えて両手で大刀を支えた。
身幅の大きな身厚な大刀ならば、真正面からならともかく、傾けた刀身と打ち合えば、大矢でも愛刀を貫くのは難しい。
「!」
サキの愛刀と大矢が、衝突した。
尖った矢尻と愛刀が、火花を散らす。
「うゎっ!」
サキの両手に、矢が弾かれる強烈な衝撃が走った。
手がしびれるような衝撃で、サキが我に返った。
レオナ姫が残した大刀の刃は、強靱無比だった。大刀の身幅の厚い部分が、矢に勝った。矢尻が浅い角度の刀身で滑ったのがわかった。
軌道を逸らされた矢が、傍らの石柱に当たる。石が砕け、破片が白煙をあげる。
大矢は石柱に突き刺さったものの、サキの大刀との衝突で勢いを殺され、石柱を貫通する威力はなくなっていた。
サキの視線は、依然として鐘楼に向いている。鐘楼から、複数の人影が見える。
(第二射は?)
鐘楼から何者かの人影が落下してゆく姿が、サキの視界に映った。
神殿警護官のカロンが、鐘楼から顔を見せた。
カロンが、鐘楼に突入して弩の射手を倒したらしい。
「国王陛下!」
サキは、際列に駆け寄った。
馬車の窓に下ろされた簾が、ゆっくりと巻き上げられた。
馬車の中で、甲冑に身を固めた国王が悠然と立ち上がった。
「!」
予想もしない方向から、国王陛下に向け一斉に矢が打ち込まれた。
甲冑に、何本もの矢が突き刺さる。
(しまったッ!)
サキは、唇をかみしめた。
鐘楼からの新式の弩を使った遠距離狙撃は、隊列を足止めするための囮に過ぎなかった。
本命は、ホーン・アストレアの部下による携帯式の小型の弩の攻撃だった。
「ヴァンダール国王を仕留めたぞ!」
凍りついたその場に、突如ラファ・アリエルの歓喜の叫びが流れる。
「ここに、ヴァンダール王家に取って代わり、ジェド・アーヴィン様による権力奪取を宣言する!」
ラファ・アリエルの声が、大音声で周囲に響き渡った。
「我らは、ここに眠るジェド・アーヴィン様の遺志を継ぎ、シドニア大陸を統一する国家を樹立する!
アストレア王国のホーン・アストレア様を最高指導者に頂き、この王都レグノリアを新生アストレア王国の首都とする!」
だが、矢を何本も受けた国王陛下は倒れない。
周囲に、驚愕のどよめきが走った。
国王陛下がゆっくりと身体の向きを変え、ラファ・アリエルの方に向き直る。
「カカシを相手に戦っても無駄だ」
馬車の方から、サキに聞き覚えのある声が聞こえてきた。
(えっ?)
どんな仕掛けなのか、突然国王陛下の甲冑が外れた。
そこにあったのは、丸太を組んだカカシだった。カカシに甲冑を着せ、細い綱で馬車の中から何者かが操っていた。練兵場でサキが見た重装歩兵の甲冑も、この天狼の工匠が作成したカラクリで、本物そのものの動きを見せていたことを思い出した。
馬車の床に伏せた何者かが、国王陛下の鎧をあたかも生きているかのように操っていた。
「暗殺計画がわかっていて、何の防御もなくこの場に来るほど愚かではない」
「馬鹿な……」
国王陛下だと思った相手が丸太のカカシだったことに、虚を突かれたホーン・アストレア側の兵に動揺が走った。
目的を達したと思った瞬間、足元をすくわれた形だった。
馬車から、おかしそうな笑い声が響いた。
馬車から、もう一体の甲冑姿の人物が姿を現した。
(えっ?)
国王陛下ではない。
その手には、国王としての宝剣ではなく霊石をはめ込んだ神官の錫杖が握られている。
「国王陛下じゃなくて、残念だったな。
サキの腕前を、信じないわけじゃなかったがな……強矢に我が身をさらすのは、度胸がいる」
聞き覚えのある声が、甲冑の中から響いた。
おもしろがるような声の調子に、サキは驚いた。
「えっ? 父様?」
サキが、驚愕の声を出した。
国王陛下に扮していたのは、父親のダンだった。
おもむろに兜を脱ぎ、素顔を見せた。いつもの神殿で見せる冷静なダンの表情には、この状況を面白がっている色が見える。
「国王陛下は?」
「王家の騎士団を率いて、この霊廟を包囲してる」
そう言ってから、ダンがラファ・アリエルの方に向き直った。
「我々を倒したとしても、ジェド・アーヴィンの遺骨を利用することは出来ない……恐らくは、ジェド・アーヴィンの遺骨を利用して魔道で蘇らそうと計ったのだろうがな。
ジェド・アーヴィンの遺体は、ここに眠ってはおらん」
「!」
ダンの言葉に、ラファ・アリエルの表情が驚愕に強ばった。
だが、ラファ・アリエルの驚きには意に介せずに、ダンが淡々と言葉を続ける。
「反魂法でも利用して死体を蘇らそうとしたんだろうが、そもそもジェド・アーヴィンは処刑されていないし、自死もしてないのだからな」
「何だと!」
ダンの言葉に、ラファ・アリエルが驚愕の表情になった。
「幽閉されたのは事実だが、とうの昔にヴァンダール王国を追放されている。
生きておれば、このシドニア大陸の何処かにおろう」
「嘘だ!」
ラファ・アリエルが、悲痛な叫びをあげた。
「ジェド・アーヴィン様は、王家に毒を盛られて殺された!」
「そういう噂は承知している……その噂を流すことも、ジェド・アーヴィンの望みだったからな」
「馬鹿な!」
ラファ・アリエルが、怒鳴った。
己が悲願成就の最期の拠り所にしていた人物の裏切りなど、シドニア大陸統一派にとって認められない。
「二十五年前、王家に反旗を翻し、その陰謀の全てが露見した後、五年近い幽閉の間にジェド・アーヴィンは己の過ちを悟ったのさ。
ジェド・アーヴィンは、己が貴様らに踊らされていたことを恥じ、自分達の意向に沿わぬ連中を、殺めたことを償おうと……王族としての権利を全て手放し、一人でいずこかへと放浪の旅に出たのが、二十年前だ」
「嘘だっ! そんな戯言を、信じるとでも思ったのか?」
「自分達が虚言を労して人心を惑わすからといって、ヴァンダール王国がそのような見え透いた嘘を使うと思う貴様が浅はかだ。
シドニア大陸が統一されるには、人々の心がもっと成熟しなければならん……そうなるには、もう一千年は掛かろう。それを無理矢理統一しようとすれば、過去の聖王室が滅亡した大異変の再来になる」
あくまでも、ダンは冷静だった。淡々と、ラファ・アリエルの主張を論破してゆく。
「正義の邪魔をする気か!」
「正義は人の数だけある……正義のためには何をしても許されるという、貴様の考え方は浅い。とてもシドニア大陸の統一など、貴様の器量で実現できるものか」
「まだ、勝負はついてない!」
「勝負も何も、国王陛下の暗殺に失敗し、頼みの綱のジェド・アーヴィンの遺体も入手できないのでは、ただの無駄死に過ぎん……ここに居る我々を全滅させたとしても、霊廟を包囲した国王陛下の騎士団に殲滅されるだけだ」




