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ACT24 鬼火との対話

 密談していたティオ・ザネッティがアーヴィン邸から立ち去った後、アルバ・クロフォードの前に一人の男が姿を現した。

 ホーン・アストレアの護衛を務める、マーレ王国の傭兵の一人だった。だが、この男だけは、常に他の傭兵と別行動をしている。

 ジルドと呼ばれる男だった。

 マーレ王国内で、"蛍火(ほたるび)"とアルバ・クロフォードのつなぎ役を務めていた男だった。そして今は、農夫の姿に変装した姿のままだった。

「首尾はどうだ?」

 長椅子に身を沈め、足を高々に組んだアルバ・クロフォードがぞんざいに尋ねる。ジルドは、アルバ・クロフォードの腹心だった。どのような汚い仕事も、顔色一つ変えずに実行する。

「証拠を事前に消そうと、(いしゆみ)を隠してた納屋に火を仕掛けておいたんですがね……どういうわけか火がつきませんでしたね。まぁ、火事が出なかったおかげで、護民官とかも集まりませんでしたけどね」

 農家の廃屋で(いしゆみ)を試射し、(いしゆみ)の土台を外したのはジルドだった。アルバ・クロフォードに雇われるまでは、マーレ王国の中でも随一の腕前を持つ(いしゆみ)の射手だった。

 今回の陰謀で、(いしゆみ)を使うことを思いついたのも、ジルドだった。

「どうも、今回の仕事は小さなケチが続いてます……せっかく"蛍火(ほたるび)"を罠に掛けても、うまく逃げられちまうわ、証拠を隠しても火がつかないとか」

「ふん、些細な部分だ……筋書きの本筋からは、外れていない」

「そりゃまあ、でも……どうも、気に入らない。特に、火に関わる失策が多いのが気になるんで」

 ジルドは、小さな失策が続くことにいらだっている。

 だが、アルバ・クロフォードは意に介さない。

「そんなに気にするんだったら、事が済んでから始末すれば済む……どのみち、明日の晩までにはホーン・アストレア様とジェド・アーヴィン様の統治が始まる」

(いしゆみ)は設置済みです……後は、私が狙いを定めて頃合いに合わせて放つだけでさぁ」

「そうか、これから行くのか?」

「当日にうろつくと、警護の連中に怪しまれるのでね……今夜なら、霊廟の警備はともかく隣の建国記念公園の警備は緩いのでね。

 寒いのを我慢して、一晩隠れてます」

「抜かるなよ。運が良ければ、それだけで全てが終わる」


       ◆


 アーヴィン邸でアルバ・クロフォードが密談していた頃、幽霊屋敷という別名の方が有名な、リシャムード屋敷の中で奇妙な光が明滅した。

「おっ?」

 リュードが、微かに笑みを浮かべた。

 目の前に、数日前に姿を見せた鬼火の一群が姿を現した。

「待ってたよ……また、会えたのはうれしい限りだ」

 事実、リュードは毎夜リシャムード屋敷の庭で鬼火の来訪を待っていた。

 恐らくは、異国の妖魔だろうと見当はついているが、その正体と幽霊屋敷を訪れる目的がわからない。

 直接、聞くしかなかった。

 リュードは、前回の鬼火との対話から考えて、質問の仕方をいくつか用意していた。

「人は好きかい? 嫌いかい?」

 木の実が答えを迷うように左右にゆれ、真ん中で止まった。

「相手によりけり、か……人に害を与えたい?」

 答えは、否だった。

「たとえお前達が嫌いな人が相手でも、害は与えたくない?」

 今度の質問への答えは、是だった。

 平和的な妖魔らしい。妖魔というより、精霊と呼ばれる存在に近いのかも知れない。

「お前なのか、お前達なのかはわからんが……要は、人に害意を与えたくない、ってことか?」

 リュードが聞き返すと、同意の印に木の実が右へ動いた。

「ここに来たのは、何かを求めて? それとも通りすがり?」

 リュードの脳裏に、目の前の鬼火からの悲痛な叫びのような波動が響いている。

「お前達に命じてる存在ってのはいる? それとも自らの意思だけで動いてる?」

 リュードは、いくつかの質問を並べ、鬼火の来訪目的を絞り込んでゆく。

「ここは来たのは、自分達の意思?」

 木の実が動く。

「俺に何かを求めている?」

 再び、同意の方向へと木の実が動く。

「それは何だい? 助け? それ以外?」

 リュードが、次々に問いかけてゆき、それに対する答えとして、木の実が左右に転がる。

 リュードが、事前に考えていた問いかけで、相手の意図を読み取ってゆく。そして、徐々に相手の意図が絞り込まれてゆく。

 奇妙な問答が、半刻ばかり続いていた。

 リュードが、様々な問いを言葉を換えて繰り返し、その返答として木の実が机上を左右に転がる。

「お前らを操る奴がいる……でも、やりたくないが従わざるを得ない……ってことか?」

 徐々に、意思疎通が出来るようになってきた。

 リュードも、鬼火との問答に熱中し始めた。

 鬼火も、リュードに己の意思が伝わり始めたことがうれしいのか、鬼火の色が明るく柔らかな黄色に変わった。まるで、蝋燭の炎のように鬼火が揺らぐ。

「そうか……お前達の色は、お前達の感情によって変わるんだな。

 喜怒哀楽があるんだなぁ……喜びが黄色、怒りが赤、悲しみが緑、楽しみが青ってとこかな」

 リュードは、鬼火が友達でもあるかのように無邪気な笑顔になった。

「善と悪ってのは、お前達と俺じゃ違うだろうから、質問が難しいなぁ。

 人が皆んな豊かで、笑顔の世界を善としよう。

 人が争い、血を流して憎しみ合う世界が悪として、お前達に命令するそいつは善? それとも悪?」

 木の実が動いたのを見て、リュードが眉をひそめた。

「お前達に命令する奴は、悪い奴ってことか?」

 リュードの念押しに、木の実が是に転がる。


       ◆


 ジルドが消えた後、アルバ・クロフォードはアーヴァン邸の瀟洒な居間に足を運んだ。手燭のわずかな照明に照らされ、目の前に人影が映った。

 それは、相変わらず黒い甲冑に身を固めて座っているホーン・アストレアだった。この屋敷に入って以来、ホーン・アストレアはこの場所に腰を降ろしたままだった。食事も休養もとらずに座っている姿は、異様だった。

 黒い甲冑の首や肩の関節を覆う鎖帷子が甲冑の重さで縮み、背丈が一回り小さい。まるで、空の甲冑が飾ってあるような姿だった。

「また、勝手に出歩いておるか……」

 アルバ・クロフォードが、苛立たしげに舌打ちした。

「この都に来て以来、どうも、こっちの言うことを聞かない」

 アルバ・クロフォードは、ホーン・アストレアの喉元を飾る霊石に視線を移した。

 赤黒く輝いているはずの霊石が、黒くなっている。

「呼び戻すか……」

 己の喉元の海竜を模した意匠の首飾りに、アルバ・クロフォードはそっと指を触れた。

 海竜の首飾りで、霊石が赤黒い輝きを放った。

 とたんに、その光に呼応するようにホーン・アストレアの喉元の霊石が急に輝きを見せた。


       ◆


 鬼火との対話が続いていた。

「お前達にどうやって、そいつは命令する? 呪文? 呪具?」

 相手の術が、徐々にわかってきた。

 木の実の返答を、念を押すようにつぶやく。

「でも、逆らえない?」

 目の前の鬼火が、大きく揺れた。

「今は、逃げ出したが……?」

 今度は鬼火が、リュードが理解できる片言の言葉を、考え考え紡ぎ出しているような気配だった。

「助けを求めてるってのは、よくわかったよ」

 会話が、核心部分に近づいてきた。

「お前達は、どうしたい? お前達を、その命令する存在から隠すのがいいのかなぁ? 本当は、そいつから解放して、お前達が元いた場所へ戻れるのがいいのかも知れないんだが?」

 だが、その瞬間だった。

 再び、どこからか鞭を打つように鋭い思念が響いた。

「まただ……お前達を、誰かが呼び戻そうとしてるな」

 よほど霊力に優れていないと感知できないような、短い思念だった。

「!」

 目の前にいる緑の妖魔の影に、激しい動揺が走った。

 必死で、この場にとどまろうとしているが、遠くからかの思念に逆らえない。

 再びバラバラの小さな緑色の鬼火へと変じ、夜空を舞って東の空へと消えてゆく。

「まただ……何故、急に消え去る?」

 記憶の中に埋没した言葉を思い出し、リュードが夜空を見上げた。緑色の鬼火と化した妖魔の姿は、もう夜空のどこにもいない。

「妖魔の笛か」

 リュードが、顔をしかめた。

 リュードの知識の中には、この妖魔の種類と使役する手段が存在していた。

 この妖魔は、単体では悪さするような魔力もない。だが、この妖魔を集めて合体させるとその魔力が共鳴し、かなりの力を持つ。

 リュードがこの屋敷の妖魔に対して使った使役符のように、妖魔を使える存在が命じると、命じられるままに動いてしまう。

 屋根と柱だけの東屋から出たリュードが、庭園の一角に鎮座するフクロウに似た異形の石像の一つに話しかけるように独り言をつぶやいた。

「厄介だなぁ……でも、助けを求められた以上は、知らん顔も出来んしなぁ……何か、妙なことを頼まれちまったのかなぁ」

 リュードは、石像が生きているかのようにそっと手を触れた。

「善にも悪にも変わる妖魔……もっとも、お前達も同じかな」

 リュードが、石像を軽く撫でた。まるで、愛犬の背中を撫でているような表情だった。

「好き好んで、この世に姿を現したわけじゃなし……」


       ◆


 屋内にもかかわらず、アルバ・クロフォードの周囲に異変が起きた。

 何処からともなく妖しい風が吹き込み、室内に緑色の鬼火が舞っている。

「ふん、夜遊びから帰ってきたか」

 アルバ・クロフォードは、その鬼火を見ても驚きもしない。

「よいか? 今宵は、ここから動くでない!」

 いつの間にか鬼火が姿を消し、ホーン・アストレアの甲冑が身じろぎした。甲冑の面頬の奥で、双眼が赤黒く輝く。

 それは、奇妙な光景だった。

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