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ACT23 霊廟の影法師

 サキは、ヴァンダール王家の霊廟に立っていた。

 明日の霊廟での祭典準備のため、神殿警護官が周囲の捜索をしている。柱の陰とか怪しい連中が隠れていないか、これから徹夜の警備に入る。

 神殿警護官長としての、叔父カロンからの厳命だった。

 いつになく厳しい表情のカロンの顔を見るまでもなく、サキの直感にも何かが起きる予感があった。

 盗まれた(いしゆみ)による狙撃というのは、サキにでも見当がつく。

 盗まれた新先の(いしゆみ)の射程は、ニ百間に及ぶ。しかも、試射に立ち会ったサキは、その威力をいやというほど承知している。頑丈な甲冑どころか、手にした盾ごと貫いてしまう破壊力を持っている。

(どこかに、あたしの見落としがあるはず!)

 今回の一件は、詳細に計算され尽くされている。

 サキには理解できない大きな思惑に、いつの間にか巻き込まれていることをサキは自覚していた。

(滅亡したアストレア王国の生き残りの皇太子を、いったい誰が狙う?

 それとも、ヴァンダール国王陛下の命?)

 サキの思考が、必死で絡まった糸のような問題を解きほぐそうとしている。

 一番の懸念は、盗まれた王家の新式の(いしゆみ)だった。

(最初から、この目的で盗んだとしたら?)

 もしも、霊廟での祭典で(いしゆみ)が使われたら、間違いなく大きな被害が出る。

(どうやって防ぐ? いや、どこかに隠している場所を先に発見してしまう?)

 これが襲撃に使われたら、サキでも防御のしようがない。

 だが、周囲を高い石柱で囲まれた王家の霊廟には、狙撃に不向きな障害物がいくつもある。

 曲射で頭上から打ち込むという方法も考えられるが、それでは狙ったところに正確に着弾させることは考えにくい。むろん、雨あられと数百本の矢が降ってくれば別だが、それには百を超える数の(いしゆみ)が必要になるから、その可能性は少ない。

 そうすると、姿を見せない敵の狙いは、(いしゆみ)の長距離射撃のはずだった。

 雄牛並みの大きさの(いしゆみ)だから、おいそれと持ち運んで移動しながらの発射も難しい。どこかに隠してあるにしても(いしゆみ)の射程は二百間を越える。しらみつぶしに探すには、人出も時間が足りない。

(でも、確実性を考えるなら、必ず狙いやすい場所からの狙撃のはず)

 サキは、敵側の視点に立って考える。

(国王の隊列を狙うなら、どこで?)

 だが、それには障害物が多すぎて簡単には狙えない。

 霊廟の中央は、背の高い石柱で二重に囲まれた広場になっている。

(敷地外からの遠射は、いくらなんでも難しいわよね)

 背丈よりも高い石柱が邪魔して、(いしゆみ)による狙撃は難しい。

 異変が起こったのは、その瞬間だった。

「?」

 不意に、目眩のような感覚にサキは襲われた。急激に足元が大きく傾き、周囲の景色が回り出した。

(まずい! なに、これ?)

 サキは、とっさに大刀の鞘の石突きを足元の石畳に突き立て、両足で大地をしっかりと踏みしめた。

 だが、空間失調は続き、サキは自分が立っているのか床に倒れているのかもわからなくなった。

 視界が大きく歪み、周囲の光景までが奇妙な形に歪んでゆく。眠りの淵に引き込まれていくような、不思議な感覚だった。

「!」

 だが、不思議なほど意識は鮮明だった。

 霊廟にいるはずなのに、現実感のない奇妙な空間にサキはいた。

 いつの間にか、そこに人影があった。散策のついでに霊廟に立ち寄ったような、風情だった。

 花壇の花々に囲まれて、自然にたたずんでいる。

 光の微粒子が舞い、その幻想的な空間に溶け込むような人影に、サキは声も出ない。

 誰がどのようにして、いつそこに現れたのかもわからない。

(これって……白昼夢って奴?)

 細身でしなやかな体つきを、見るまでもない。

 サキには、その人影の正体が直感でわかる。

 頑丈な旅行用のマントをまとい、背負った大刀の柄に埋め込まれた宝玉が、光の微粒子の中で紅に輝いた。

 その人影は、サキに背を向けている。サキから見える姿は、光の微粒子に包まれた影法師そのものだった。

『相変わらず、この都は落ち着きがないわね』

 サキの脳裏に、柔らかな思念の声が反響した。

 サキにとって、その脳裏の声は決して不快な響きではない。どこか懐かしさのある、朗らかな思念の声だった。

『あっちを直すと、こっちに響く……姿あるもの、いつかは滅ぶ道理とはいえ、ガタがくるのがちょっと早すぎるわ』

 思念の声は、自分の言葉なのか、それとも影法師の声なのか、サキには定かではない。光の微粒子に包まれた空間の中に、影法師がたたずんでいるのを、サキは魅入られたように眺めていた。

『しょうがないわね……もう一回、立て直さなきゃ』

 不意に、影法師が振り向いた。

 フードの奥からのぞく緑に近い碧眼が、鋭く輝き真っ正面からサキを見つめた。その眼光は生気に満ちあふれ、強い意志を宿している。

 一言で表現するなら、その意志は"希望"だった。その燃えるような緑色の眼光は、はるか彼方の見果てぬ夢を見据えているような、希望に満ちあふれたものだった。

 サキは、魅入られたように真っ正面からその眼光を見つめ返した。

 影法師が、不意に微笑んだ。

『あなたに出来る?』

 その瞬間、サキは我に返った。

 夢から覚めたように、サキは軽く息を吐き出した。

 サキが周囲を見回すと、先程と同じ霊廟の広場に立っていた。足元の石畳に見覚えがある。

「!」

 サキは、夢から覚めたように改めて周囲を見渡した。

「夢?」

 サキは、先程の光景を思い出そうと頭を強く振った。

 意識がはっきりとしてくる。

 サキの意識が、はっきりと現実に戻った。いつになく、思考が澄み渡っている。

 明らかに白昼夢だった。影法師の姿など、どこにもいない。

 影法師の思念の声を聞くのは、初めてだった。だが、それが十年来サキの夢に出て刀術を教えてくれた影法師のものだと直感で理解できる。

(レオナ姫……何を伝えようとしているの?)

 答えはない。影法師は、何かを伝えようとしてサキの前に姿を現したのはわかるが、そこまでだった。

(何かが起きていて……あたしが、何かをしなければならない)

 そこまでは、サキにも理解できる。

 サキの直感が、さかんに危険を囁いている。

(でも……どうすれば?)

 サキの思考が乱れる。

「ええぃ!」

 サキは、考えるのをあきらめた。

 あれこれ考えて結論が出ないなら、動いた方が気が楽だった。

「何が出てくるか、知らないけど……」

 サキは、霊廟の広場を囲む背の高い石柱群を見上げた。

 先程の白昼夢に出てきた影法師の姿など、もはやどこにもない。

 周囲の光景に異変が起きたのは、その刹那だった。

「?」

 夕陽が沈む直前、柱の陰から光が差し込んで広場の一点が明るく輝いた。

 サキは、怪訝そうにその光が照らす場所に立ち、西の方へと視線を移した。

「!」

 そこへ立つと、そこだけ霊廟の外側から石柱の間を通して広場が見える位置だった。

 石柱の配置の加減で、そこだけは幅一丈余りが外部から見通せる。

「まさか……」

 柱に囲まれていながら、一カ所だけ角度によっては外部から丸見えの方角がいくつかある。

(レオナ姫は、これを教えようとしてくれていた?)

 日没の朱に染まった夕陽をさえぎるように、鳴らないはずの鐘楼の黒い影が見える。


       ◆


 その猟場の森の木々の間に、霧が増えてきた。薄ぼんやりとした乳白色の霧が流れ、視界をさえぎっている。無数に運河のある王都レグノリア周辺では、この季節夕刻になると気温が急に下がり、霧が立ちこめるのが常だった。

「こいつはひでぇな……」

 門前で見張りを務めていた男が、誰に言うともなしにつぶやいた。門の両脇にある見張りの詰め所は、屋根こそあるが立哨するための吹きさらしの狭い空間だった。

 深い霧のおかげで、外套がじっとりと湿っている。

 ほんの数間先も、見通せない。

 その霧の奥で、何かが動いたような気配があった。

「?」

 仲間の姿なのか、人影らしきものが霧の中で揺らいだ。

 門の横の詰め所から、見張りの男がそちらに注意を向けた。

 その刹那、全く違う方向から人の気配がした。空気を切り裂き、何かが霧の中から飛び出してきた。

 飛来した何かで脳天を一撃された男は、声も立てずに昏倒した。

 その場に倒れ込む物音は、足元の草むらのせいで小さなものだった。

 男を倒した分銅が旋回し、鋭い勢いで霧を切り裂いた。

 いつの間にか、その霧でかすむ木々の間にいくつもの人影が浮かびあがった。

 霧の中、静かな戦いが幕を開けた。


       ◆


 ザネッティ屋敷を取り囲むように、木組みに煉瓦を積んだ五棟の納屋があった。

 ラファ・アリエルことアルバ・クロフォードが雇った傭兵達が兵舎として使っているのは、その納屋だった。

 すぐ近くの厩には、馬が五十数頭いた。

 その馬が、不安げにいななく声が聞こえた。

「おい? 何か変じゃないか?」

 気配を感じ、一人の男が被っていた毛布をはいで寝床から起き上がった。素早く、鞘に納めた剣を手にする。

 屋内には、木枠に帆布を張って作った寝台が並んでいる。

「どうした?」

「何か、馬が怯えてる」

「風でも吹いて、何かが小屋に当たったかな? それとも狼でも出たか?」

「狼だったら、人の気配と匂いを嫌って近寄らないだろ? 第一、屋敷の敷地には何人も歩哨がいるぞ……警戒の連中が静かだから、侵入者は考えられんだろ?」

「歩哨の交代には、まだ半刻もある……明日は大仕事だから、少しでも寝てた方がいいぜ」

「そりゃそうだが……ちょっと、様子を見てくる」

「勝手にしろや」

 男が、手探りで小屋の扉を開いた。


       ◆


「どうした、ネズミか何かでも出たのか?」

 シュルクーフのゼラーが、短剣の刃を革砥で研ぎながら声を掛けた。

「?」

 外の様子を確かめに外へ出て、すぐに戻ってきた男の様子が何かおかしい。

 いきなり、男が崩れ落ちた。

「おいっ!」

 男の背中には、深々と矢が刺さっていた。

「しっかりしろ! 皆! 敵襲だ!」

 驚いたゼラーの鋭い警告が、小屋の中に響き渡った。

 寝ていた全員が、慌てて毛布をはねのけて立ち上がった。

 飛び起きるなり、傍らの剣を慌てて手にする。

 そこへ、開けっ放しの戸口から何かが飛来した。

 その石礫のような何かが、屋内の床に辺り砕け散った途端に音を立てて白煙が噴き上がった。

 たちまちのうちに、屋内に煙が立ちこめる。

 煙に燻されて、咳き込みながら男達が外へ出る。

 そこに待っていたのは、霧の中からわき出る人影だった。

 不意に、男達の頭上から矢が雨のように降り注ぐ。


       ◆


 アルバ・クロフォードとの密談は、夕刻を過ぎるまで続いた。

 アーヴィン屋敷を出たザネッティが屋敷にたどり着いたのは、夜になった頃だった。

 お忍び姿のザネッティは手燭をかざして、屋敷の裏門から敷地にそっと足を踏み入れた。

「?」

 玄関の扉を開けようとして、ザネッティが眉をひそめた。

 ザネッティがいぶかしがるのは、妙にひっそりしている空気だった。

 屋敷の敷地内が、静まりかえっている。くつろいで英気を養っている傭兵達の声や、物音一つ聞こえない。

 屋敷内も、使用人がいるはずなのに、真夜中のように静まりかえっている。

 だが、窓から見える屋内からは灯りの光が見える。

「!」

 ザネッティが扉の取っ手に手を掛けようとした途端、不意に内側から扉が開いた。

 扉にもたれていたような人影が、音を立ててザネッティの足元に倒れ込む。

「うわっ!」

 ザネッティが、思わず悲鳴をかみ殺した。

 背中から倒れ込んだ男の両眼が驚愕に見開かれたまま、恨めしそうに足元からザネッティを見上げている。

 頬に走る一条の古い刀傷を見るまでもない。シュルクーフのゼラーと名乗った傭兵頭の、変わり果てた姿だった。

 その切り裂かれた喉元には、まだ赤黒い血の塊がへばりついている。

 思わず、ザネッティが二三歩後ずさりする。

 屋内で灯されている蝋燭の明かりで、扉が開いた室内の奥が見える。

 それは、散々な有様だった。

 床は流血に血塗られ、ザネッティの鼻腔に血の臭いが充満する。

「誰かっ! 誰かおらんのかっ!」

 屋敷を飛び出したザネッティは、納屋に居るはずの傭兵達を慌てて探した。

 だが、納屋にたどり着く前に、手燭のわずかな灯りで照らされた足元に血痕と死体が浮かびあがった。

 それは、全滅した傭兵達の姿だった。

「!」

 凍りついたザネッティの背後から、何者かに肩を掴まれた。

「ひっ!」

 背後から回された手に、刃が光った。

 ザネッティの喉に、刃が突きつけられた。

 冷たい刃が喉に触れる感触に、ザネッティが動きを止めた。

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