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ACT21 ダンとカロン

 陽が西に傾き始め、周囲があかね色に輝き始めた頃だった。

 神殿は小高い丘の上にあり、周囲は雑木林に囲まれている。神殿の裏側から雑木林の小径を一頭の馬が登ってきた。雑木林を切り拓いた空間に、シェフィールド屋敷がある。

 騎乗の人物は、軽やかに馬から降りると、裏手にある厩に馬をつないだ。シェフィールド家の当主、ダン・シェフィールドだった。

 騎乗用の外套を脱ぎながら屋敷に入ったダンを、カロンが出迎えた。

 ダンが神官の正装を身にまとっているということは、王城に行っていたことを意味する。

「兄貴、どうでした?」

「カロンか……ちょっと来てくれ」

 ダンが、一階の奥にある書斎にカロンを誘った。

 書斎は、三面を大きな書棚に囲まれ、中央に座り心地の良い椅子と小さな書き物机が置かれている。

 留守がちなダンがシェフィールド屋敷に居る時、その時間の大半をこの部屋で過ごしている。

 書棚の片隅に置かれた戸棚から、火酒の入った壷を取り出し、机上に置いた。ダンが、硝子の杯二つに火酒を注いだ。

「兄貴が酒を飲むとは、珍しい」

 普段酒をほとんど飲まないダンにしては、きわめて珍しい事だった。

「飲まないと、やってられない」

 カロンの言葉に、杯を干したダンがぼやいた。

「マオ様からの連絡は?」

 ダンも、カロンもマオが屋敷から姿を消した理由を知っている。

 知らないのは、三姉妹だけだった。三姉妹を騒動に巻き込むことを恐れ、強くマオから口止めされている。

「アウラとカートが、マオとのつなぎに入ってる……マオが突き止めた極秘情報を、国王陛下にお伝えしたんだがな」

 ダンは、先程まで王城で国王陛下に拝謁していたはずだ。

「国王陛下の御裁断は、如何でした?」

「話にならんよ……さすがに、陰謀が進行していることは信じてはもらえたが、相手にもされない」

「相手にされない? 国王陛下は何と?」

 カロンの眼光が、一気に険しくなった。

「霊廟への参列は中止しない、と」

 ダンの言葉に、カロンが大きくため息をついた。

 カロンが頭の中で、霊廟の警備配置の見直しを始める。緊急事態というのであれば、今の警備配置では不十分だった。

「相変わらず、頑固な……」

 現国王陛下が皇太子だった即位前は、同世代の王族同士として仲良く遊んだこともある。即位してからは国王と臣下という関係ではあるが、お互いの気心は知れている。

「自分が逃げては、民衆に示しがつかないってお考え方は、三十年も昔から変わっちゃいない」

「三十年近く前……あの頃の出来事が、再来するとはなぁ」

 カロンが唸った。

 まだ、若かった頃の騒動が、記憶に鮮やかに蘇ってくる。

「兄貴が、試練の旅に出掛けた……あの頃の騒動だよな」

「うん、ヴァンダール王国がひっくり返りかねなかったな。

 こっちは、王位継承権を捨てるために、早く神官の資格を得なきゃならなくて猛勉強と修行ばかりだったがね」

「兄貴は、王位継承権を捨てようと神官に?」

 カロンが、意外そうな表情になった。ダンの本心など聞いたことがなかった。真面目一辺倒のダンと、落ちこぼれて無頼のカロン。兄弟であっても、真逆の人生を歩んできた。

 ダンが、苦笑を浮かべた。

「そりゃ、政治なんか俺の性に合わない……カロンだって、そうだろうう?」

 ダンの言葉に、カロンが苦笑いを浮かべた。

「俺は、神官にもなれない落ちこぼれだったし、先行きもわからない次男だし……最初から、陰謀の対象にもならなかったのは幸いだった」

「いや……俺が留守にしている間、俺に化けてもらってた間に充分に陰謀に巻き込まれたはずだがな」

「そりゃ、もう」

 二人とも、にわかに二十五年も前の、若かりし頃の思い出の世界に引き戻されていった。

 カロンにとって先行きの見えない、若い頃の記憶が蘇ってきた。

 全てにおいて優等生のダンと比べて、何一つシェフィールド家の役に立たずに下町をうろついて喧嘩ばかりしていた無頼な日々は懐かしくもあり、悔いもあった時代だった。

「正直、兄貴がうらやましかったな」

 霊力もずば抜け、神官として神官長にまで昇格するのが当然のダンに比べ、全てにおいて劣っていた自分の不遇を恨んでいた。

「そうか? 神官というのは、面倒なお務めだ……俺は、カロンみたいな自由な境遇が……心底から、うらやましかったがね」

「兄貴が?」

「そりゃ、血のつながった兄弟だからな……神殿に貼り付けられてほとんど外出も出来ない境遇よりも、下町どころか王都の外へ出て冒険旅やってたりするカロンを、どれだけうらやんだことか」

 意外な言葉が、ダンから返ってきた。

 神官の修行一筋で、神殿の敷地から外へ出ることさえ滅多になかったダンが外への強いあこがれを持っていたことを、カロンは今まで気がつかなかった。

 父のアモン・シェフィールドが神官長としての職務に専念するため、シェフィールド家の当主をダンに譲ってから、馬で王都から二日ばかり離れたシェフィールド家の所領の管理に出掛ける時に、ダンが常に生き生きしていたことに、やっとカロンも納得できた。

「考えてみれば、ジェド・アーヴィンも不運な人生だったな……王位継承権が上位でありながら、皇太子の座につけなかったところが転落の始まりだ」

 ダンが、つぶやいた。

 ジェド・アーヴィンは、当時皇太子だったファルコ・ヴァンダールと最も仲が良かった若き王族だった。

 だが、ヴァンダール王国の王位継承権は、複雑だった。

 ヴァンダール王国を建国した時に支えた諸侯との複雑な縁戚関係があり、国王に世継ぎの子孫が無ければ有力諸侯から優秀な王族がヴァンダール家の養子としてヴァンダール王国を継ぐ。

 そして、王位継承権はヴァンダール、リシャムード、シェフィールド、アーヴィンの順だった。

 そして、それはもう二十五年も前の出来事だった。


       ◆


「王位継承権の件で、きな臭い神託が出てきてなぁ……こりゃ、まずいってんで、早く神官長補佐の資格を得なきゃならなかったんだ」

 二十五年前の出来事を、ダンがぽつりぽつりと語り出した。

 神官の中でも、神官長に次ぐ高位の資格を取得するには、ある試練で精神的にも相当な高位への到達が必要だった。

 そして、その立場になるということは、王位継承権を捨てる事を意味する。

 今こそは聖教の中心地となっているヴァンダール王国だが、数百年も前は聖教も一枚岩でなかった時期がある。それは、"地"・"水"・"火"・"風"の異なる霊力を持つ四派に別れ、それぞれが正統性を主張して争っていた頃の話だった。

 その四派を統一したのが、現在のヴァンダール王国の前身だった。

 過去に聖教の内部分裂を経験した反省から、聖教のよりどころとなる大神殿を中心とした王国でありながら、ヴァンダール王国では政治と宗教は分離することが国是となっている。

 神官長の資格を得るにも、王位継承権を捨てるだけではなく、他にもいくつもの修行が必要だった。

 要は、聖教の神官長となるべき修行の一端として、選ばれた神官はそれぞれ"地"・"水"・"火"・"風"の神域を訪れて、霊力を譲り受けるための儀式だった。

 "地"のヴァンダール、"水"のシェフィールド、"火"のリシャムードの三司家はヴァンダール王国領内なので、比較的簡単に儀式を行うことが可能だったが、行方知れずの"風"のラルハート司家の許可を得るためには、ラルハート家が遺した神域での修行が必要だった。

 その遺跡となった神域は、旧アストレア領内にあった。

 マーレ王国は、アストレア王国を滅ぼしたが、アストレアの民衆の抵抗が激しく、アストレア王国領をまともに統治できなかった。

 "風"のラルハート司家が残した聖教の神殿廃墟は、そんな中で無法地帯となった大荒野の真っ只中にある。

 "風"のラルハート家がアストレア王国領内にあった関係から、滅亡したアストレア王家とヴァンダール王国との関係は、聖教というつながりで良好だった。

 そのため、アストレア民衆の抵抗を封じるには、親マーレ王国のヴァンダールの王族をヴァンダール国王にする必要があった。

 マーレ王国とヴァンダール王国が手を結べば、反マーレ王国だった旧アストレア王国の民衆も納得するだろう。シドニア大陸統一派と呼ばれた人々は、そう考えていた。

 当時の王位継承権を持つ者の中で、親マーレ王国の人物は、王族のジェド・アーヴィンだった。だが、ジェド・アーヴィンを皇太子にするには、たとえ、ヴァンダール王家の皇太子ファルコ・ヴァンダールを首尾良く暗殺できたとしても、まだ不十分だった。

 アーヴィン家の王位継承権は、第四位だった。

 リシャムード家の世継ぎ、シェフィールド家の世継ぎが邪魔だった。

 レオナ姫の一件で王家から疎まれ、自らも王位継承権を辞退している事が知れ渡っているリシャムード家はともかく、シェフィールド家の世継ぎダン・シェフィールドの存在が邪魔だった。

 三十年前に滅びたアストレア王国にある、ラルハート家の聖域に向かうダンの聖地巡礼には危険が伴っていた。


       ◆


「ジェドも、悪い奴じゃなかったんだがな」

 カロンがつぶやいた。当然、幼少の頃は王城で何度も顔を合わせて、遊んだ記憶がある。

「若い頃は、みんな仲が良かったんだけどな……それぞれの、国に対する思惑が違ったんだ。そのわずかな方向の違いが、どんどんと拡がってったんだ」

「どちらが正義か、ってことか?」

 カロンの言葉に、ダンが首を横へ振った。

「正解のない問いだよ……結果的に、それが良かったかわかったかも、歴史が決めること。

 俺は、民衆の心の平安を願っただけ。

 だから、神官としてヴァンダール王国だけでなく、このシドニア大陸の全ての人々が平和に暮らせる霊力を磨くことにしたんだ。

 争いなんかするもんじゃない……戦で殺し合っても、どちらも傷つき憎しみ恨みを育てるだけだ」

「だが、現実には争いは消えやしない……」

 ダンが、長いため息を吐き出した。

 二十五年も前の出来事が、脳裏に蘇ってきた。


       ◆


 リシャムード一族の所領は、ヴァンダール王国の北にある険しい山岳地帯の麓にある。

 そのリシャムード一族の所領の中でもひときわ深い森と湖に囲まれた森林地帯に、聖教の"火"の霊力を司る神殿が置かれていた。

「ゼノン様……今、何とおっしゃられました?」

 聖教の重要な神域の一つである北の神殿で、"火"の霊力を受け継ぐ儀式を終えたばかりのダン・シェフィールドが、ひざまずいていた姿勢から思わず顔を上げて相手を見上げた。

「道中の身の安全をもっと考えろ、って言ったんだ」

 ゼノン・リシャムードが、ゆっくりと同じ言葉を繰り返した。

「野盗、追いはぎ、盗人とか?」

 ダンの呑気な言葉に、ゼノン・リシャムードの緑色の瞳が鋭い輝きを放った。古くから、シドニア大陸中を旅して人に害をなす妖魔を封印してきたリシャムード家の人間の霊力は、神官の血脈のシェフィールド家の霊力に匹敵する。

 霊力で聖教を守護するシェフィールド家と違い、伝説のレオナ姫を輩出したリシャムード家は、どちらかというと魔道に優れた一族だった。

 代々が"魔"と死闘を繰り広げてきた一族なだけに、王都内のドロドロとした権謀術数の争いにも馴れている。また、失伝したはずの太古からの英知を受け継ぐ謎の漂泊民、天狼を友とする一族なので、シェフィールド家には届かない情報も集まってくるのかもしれない。

「そんなヤワな相手だったら、わざわざ忠告などせんよ……野盗、追いはぎ、盗人なんざ、試練の旅には付きものだ」

「では、何者が? 命を狙われる覚えはないのですが?」

 ダンの鈍さに、ゼノン・リシャムードの口から長いため息が漏れた。

「ダンがいなくなって欲しい連中が、この王都に紛れ込んでいるって事を認識して、事前に対策を打っておけと言っているんだ」

 ゼノン・リシャムードが重々しくささやいた。

「私が、この世からいなくなって欲しい連中?」

「恐らく、ダンが旅立つのを追ってくる……試練の旅で大荒野に足を踏み入れたら、それこそ都合がいい。追いはぎか何かに扮して暗殺するには、いい機会だろう……ダンが消えたにしても、しばらくは誰にもわからない。下手すりゃ、死体も出てこない」

「……」

「だから、替え玉を仕立てるんだ……カロンに身代わりを努めてもらえば、旅立ったことを十日程度ならごまかせる。

 追っ手が、十日の差を埋めることは難しい」

 それが、聖教の"火"を司るリシャムードの印可を渡す時のゼノン・リシャムードの警告だった。

 そして、聖教の"風"を司る聖地への旅へと、ダンはこっそりと旅立った。だが、争いを避けたつもりが、追われることになった。

 カロンを替え玉に仕立ててしばらくはごまかしたものの、神殿に姿を現した暗殺者を衆人環視の元で返り討ちにしたことで、カロンがダンの替え玉になっていたことが見破られてしまった。

 結果的に、わずか数日の差でダンに追っ手が掛かった。

「暗殺者が、本当に来るとは思ってもいなかった」

 カロンが、苦笑いした。

「うっかり、本気で反撃したもんだから、正体がバレちまうとはな」

 人を傷付けることなど、神官にはあり得ない。

 だが、霊力が足りずに神官への道を閉ざされて自暴自棄になっていた若かりし頃のカロンは、毎日のように下町で喧嘩三昧だった。

 暴力に無縁の神官のダンと信じて軽く見た暗殺者が、カロンに叩き伏せられるのにそれほど時間も掛からなかった。神殿で流血沙汰を引き起こしたのは、それが初めての出来事だったという。

「早々に替え玉がバレて、話がややこしくなったよ」

 ジェド・アーヴィンが選抜したダンの追っ手は、極めて優秀だった。

 まともに戦っても、神官のダンには闘う術などない。

 何度か、ダンは危機に陥った。

 だが、いくつかの幸運がダンに味方した。

 滅亡したアストレア王国の残党の義賊の一群に救われ、行動を共にすることで"風"の霊力を司るラルハート家の聖地にたどり着き、四大霊力全てをダンが継いだことで奇跡が起きた。

 マーレ王国の傭兵達が、アストレア王国の残党に敗れた。

 ダンの暗殺に失敗したことを知った、ジェド・アーヴィンは即座に計画を変更した。ジェドの焦りだったのか、搦め手からの陰謀をあきらめ、力ずくでの蜂起を選択したのが唯一の失策だった。そして、その唯一の失策が、全てを変えてしまった。

「神殿っていっても、この神殿は砦みたいなもんだ」

 蜂起したジェド・アーヴィンの戦力は、数百人に満たなかった。自前の騎士団をほとんど持たないヴァンダール王国とはいえ、これだけの人数で制圧出来るとは思えない無謀な作戦だった。

 だが、不意討ちに虚を突かれた王家は、かろうじて王城の守りを固めるのが精一杯だった。

 神殿に反乱軍が突入してきた時、カロンが奮戦しなければどうなっていたかわからない。ゼノン・リシャムードが率いる神殿警護官も、神殿での戦死を覚悟するような騒ぎだった。

「その時だよ……突如、兄貴が旅から戻ってきた……それも、"紅一党"って、とんでもなく危ない連中を引き連れてな」

 ダンが連れてきたアストレア王国の残党は、ほんの百騎ばかりの援軍だったが、一騎当千の連中だった。背後を衝かれ総崩れとなったアーヴィン側の軍勢は、陰謀の拠点となったアーヴィン屋敷に逃げ込んだ。

 王家の使者として降伏勧告を携えアーヴィン家を訪れたのは、刑部府のティオ・ザネッティだった。

 その屋敷の玄関で、棺桶を用意して待ち構えていたのは、軍師と称するマテオ・エクトールだった。

 マテオ・エクトールは、ジェド・アーヴィンをそそのかして蜂起を計った黒幕が己であることを認めた。ジェド・アーヴィンの助命を懇願し、その場で毒薬をあおって己が用意した棺桶に倒れ込んだ。

「"正義"ってのも厄介だな……暴走すると、悪よりも始末に困る」

「兄貴がよく口にする、"正義の暴走"ってやつか?」

 カロンの言葉に、ダンが小さくうなずいた。

「善と悪……結局は、それぞれの主観に過ぎないからな。聖教だって、異教徒からすれば悪だろうし……だが、何らかの規律を設けないと、この世の中はぐちゃぐちゃになってしまう」

「結局は、光と影か? でもなぁ、自分達の心の内に"魔"が潜んでいるなんて、認めたくないな」

 この神殿を守るのが唯一の務めと考えているカロンにとって、自分の心の内にも"魔"が潜んでいることは認めたくないものだった。

「それは、そうだろう……この世に生まれてきた時には、誰もが善も悪もないし、それどころか自ら望んで悪に手を染めようとは思いやしない。

 ジェド・アーヴィンだってそうさ……自分が正しかったと信じていたんだろうさ」

 カロンの言葉に、ダンも同意した。

「小国が乱立して戦ばかりしている状況に、ジェドは心を痛めたのさ。ジェドは、このシドニア大陸を統一することが皆の幸せになると考えた……マテオ・エクトールが、マーレ王国とのつなぎ役になってたんだ。

 だが、マーレ王国の思惑はちょっと違ってた。

 首尾良くアストレア王国を滅ぼしたのはいいが、アストレアの民衆のマーレ嫌いは、何百年も前から骨の髄にまで染みこんでいるものだったから、猛反発にあっていまだに滅ぼしたアストレアの国土を治められていない。

 アストレア王国は、聖教の"風"の霊力を持つラルハート家の聖域があるから、基本的に親ヴァンダール王国だ」

「それで、ヴァンダール王国を?」

「まぁ、そんなところだろう。

 シドニア大陸統一を夢見たジェド・アーヴィンがヴァンダール王国の後を継ぎさえすれば、アストレアの版図とヴァンダールの版図が丸ごと手に入る。

 ジェドも、甘言に騙された哀れな犠牲者に過ぎないのさ」

「ジェドは、途中で過ちに気がつかなかったのかな?」

 カロンは、若かりし頃のジェド・アーヴィンの面影を思い出しながら、ダンに尋ねた。

 ジェド・アーヴィンは、聡明だった。ある意味、現ヴァンダール国王となった当時の皇太子ファルコ・ヴァンダールよりも、優れていたかも知れない。

「なまじ、才気あふれる人間だったからなぁ……自分で何から何まで出来る、って過信してた。だから、自分の能力なら、シドニア大陸を統一出来るし、それを統治できるって考えたんだろう。

 だが、ジェドが暴走したのさ……途中から、正義という目的のためには手段を選ばない、って最悪の選択をしたんだ」

 ダンは、悲しそうに首を横に振った。

「シドニア大陸統一、っていう理念は素晴らしいと思うが……それが可能になるほど、ジェドの器量が大きくなかったのさ。

 まして、人々の心もまだまだ未成熟だから、大陸統一なんて簡単には実現できないほどの大事業になる」

 ダンが、再び盃を傾けた。それは、苦い思いを飲み込むような姿だった。

「壮大な夢さ……身の丈より大きな野望を抱くと、ろくな事が無い」

「兄貴は、シドニア大陸統一は不可能だと?」

「いや、可能だと思うが……それは、まだ数百年も先の話だろうな。

 一番の失敗は、大義のためにはどれだけの血が流れても構わないって方向に流れたことだ……自分の血が流れなきゃいいって考え方では、そのへんの罪人の言い分と、何一つ変わりゃしない。

 だから、政治と距離を置く方がいい……聖教の力で一つにまとまったとしても、それを戦乱に利用されちゃかなわない。

 古来から、何かと理由をつけて戦をしているのが、人の未熟な部分さ……『戦などは望まない』って言いながらも、何かにつけて争いの種を見つけて血を流しているのが現実かな」

「何とかならんものかなぁ」

「私に出来ることは、争いがなくなるように祈ることしか出来ないね」

「兄貴がそれじゃ、信者が困るんだが」

「!」

 不意に、ダンが口元に運びかけた杯を止めた。何かに思い至ったのか、そのまましばらく動きを止めている。

 カロンが怪訝そうに、ダンを見つめた。

「兄貴?」

「そうか……まだ、その手があったか……」

 杯を干したダンが、慌てて立ち上がった。

 ダンの表情に、明るさが戻っている。その緑に近い青い双眼には、希望の輝きがあった。

「今すぐ、王城へ戻る……カロン、済まないがお前も王城に同行してくれ」

「?」

 シェフィールド家も、慌ただしくなってきた。

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