ACT18 手掛かり
「見失った?」
サキは、小さく舌打ちをした。
先を歩いていたラファ・アリエルが道の角を曲がったところで、サキとリュードの視界から一瞬その姿を消えた。
サキが道の角を曲がった時に目にしたのは、にぎやかな街道から外れた雑木林と畑の拡がる地帯だった。
わずかな隙を衝いて、ラファ・アリエルは鮮やかに姿を消してしまった。
鮮やかな真緑色をしたつばの広い帽子姿のラファ・アリエルを、雑踏の中でも見失わなかった。ところが、人通りもまばらなところでラファ・アリエルの姿が忽然と消えてしまった。
(尾行に気づかれた?)
サキは、周囲を見渡した。
わずかばかりの人が歩いているが、緑色の帽子も、しゃれた緑色を基調とした装束をまとった痩身のラファ・アリエルの姿も、どこにも見当たらない。
サキ達の尾行に気付いて、とっさに隠れたとは思えない。
ヴァンダール王国の東、隣国ノールと接する森林地帯に囲まれたレンド地方にホーン・アストレアと隠れ潜んでいたラファ・アリエルは、王都レグノリアに土地勘があるとは思えない。たとえ、過去に滞在したことがあったとしても、ここ数年の都の様変わりは別の街のようにしか見えないはずだった。
しばらく周囲を観察していると、雑木林の影から蹄の音が聞こえてきた。
雑木林の小径から姿を現したのは、一頭の驢馬だった。驢馬が曳く荷馬車が、街道の方へと通り過ぎていった。
夫婦連れだろうか、薄汚れた灰色の野良着に身を包んだ老爺と老婆の二人が、荷馬車に乗っている。
驢馬の尻を鞭で叩いても、驢馬は動ぜずにのろのろと遠ざかってゆく。麦わら帽子をかぶり背が丸まった老夫婦と同様、驢馬も老いている。屋根のない荷馬車の荷台には、布で包まれた荷物や空き樽が雑然と積まれている。
どうやら、王都の外から農作物を王都のバザールに持ち込んだ帰りのように見える。
「こっちに、行ったのかな?」
リュードが、雑木林の間を通る小道の奥を透かし見た。
「この雑木林の向こうに、抜けられるみたいだな」
サキとリュードは、驢馬が通り過ぎた小径に足を踏み入れた。荷馬車の轍が残る砂利道には、雑草が顔を出している。
「サキ姐さん!」
物陰から、誰かが小声でサキを呼ぶ声がした。
振り向くと、木陰から見覚えのある顔がのぞいている。
「ジェムじゃない? あんた、ここで何してんのさ?」
雑木林に視線を走らせると、ジェムだけではない。講武堂の悪ガキ四人組が隠れていた。
「実は、雷の旦那……いえ、ボルト師範から街を見張るお役目をもらいまして……盗まれた弩の手掛かりを追ってました」
「その様子だと、何か見つけたみたいね?」
「そうなんだけど……」
ベリアが、少し自信なさそうに口を挟んだ。
「確かに、大きな荷物を積んだ荷車がここに入ったって噂を聞きつけて、ずっと様子を探ってたんだけど……さっき、緑色の帽子を被った男が中に入ったのを見たんだ……」
「!」
思わず、サキはリュードと顔を見合わせた。
「それで? その緑色の男は、この先の農家にいるのか?」
リュードの言葉に、ジェムが小さくうなずいた。
「たぶん……でも、すぐに農家から、驢馬が曳いた荷馬車に乗った爺さんと婆さんが出てきて……後を追おうか、農家を見張ってた方がいいか迷ってた時に、サキ姐さん達が姿を現したんだ」
「姫さん、こいつは大当たりだぞ」
リュードが、屋敷の様子をうかがった。
だが、傍らのベリアが小さく首を横に振った。
「でも……ここ、近所の人が言うには、無人の空き家のはずなんだけど……何年か前からずっと無住になってて、去年から今年の先天祭あたりまで、近所付き合いもない偏屈な老人が一年近く住んでたらしいけど」
「中にもぐり込んで、調べたの?」
サキの声に、ベリアが慌てて首を横に振った。
「ボルト師範から、勝手に潜入はするなと厳命されてて……」
「そりゃそうだ……お前達の実力じゃ、そんな危険な橋を渡らせるわけにゃ行かんだろ」
リュードの言葉に、ジェムが不服そうに頬を膨らませた。ジェム達王族の若者達は、自分達が王家の役に立つことが望みだった。活躍し、何らかのお役目に就くことが、家督を継がない次男・三男達にとって唯一の生きる道だった。
不満そうなジェムの顔を見て、リュードが苦笑した。
「お前達は、まだこれからだよ。場数を踏むのは、これからだ」
「でも、ラファ・アリエルと王家の新式の弩が盗まれた件が、つながってるって事になるわよ」
サキが、首をひねった。サキの母親マオの行方を追っていたはずなのに、随分前に滅びたアストレア王国の皇太子が出てきた件、新式の弩が盗まれた件が、目の前で一つにつながりかけている。
ややこしい方向に騒動がこじれてきて、サキの思考がにわかに混乱し始めてきた。
「まぁ、忍び込んでみりゃわかるか」
リュードが物騒なことをつぶやき、ジェム達を手招きした。
「お前達もついてこい」
「えっ?」
先程の言葉と真逆なリュードの言葉に、ジェム達は驚いた。
振り向いたリュードが、イタズラっぽい笑顔を見せた。
「お前達だけで潜入するのは禁止されてるんだろうが、俺達と一緒なら話は別だろ?
武衛府の偉い役人にバレたら、俺達に強引に頼まれて手助けしただけって言っておきゃいい」
半ば崩れた石塀を乗り越えると、そこは雑木林に囲まれた広い敷地が拡がっていた。庭の荒れ方や木組みにレンガを積んだ母屋も長いこと手入れされていないのか、確かにベリアが言った通り無住の空き家に見える。
王都レグノリア内にも、雑木林や畑はいくつもある。だが、十万を越える王都内の住人の食料を自給するには足りず、今では王都の近隣の農家からの食料供給に頼っている。
ここも、そんな王都の農家の一つだったのだろう。だが、何らかの事情でここに住み暮らす住人がいなくなり、畑も雑草に覆われ尽くしている。
母屋に隣接する木造の小屋は、納屋にでも使っていたのだろうか。その納屋の軒先には、朽ちた木桶や錆びた農具の残骸が放置されている。蔓草が壁面を這い回る軒先を見上げると、蜘蛛が巣を張っている。
サキは、静かに気配を探る。
十年に渡る夜通しの刀術稽古で鍛えられたサキの感覚は、常人より遙かに鋭い。
だが、この屋敷に入ったはずのラファ・アリエルの気配が感じられない。それどころか、人が潜んでいる気配さえない。
(人が、忽然と消えるはずがないわ)
サキが、小さく頭を振った。
妖魔のたぐいが姿を現したのでもなければ、人が煙のように消えることなどあり得ない。だが、もしそれが妖魔であったのなら、それはサキが一番苦手な代物ということになる。
サキは、慌てて脳裏に浮かんだ不吉な幻想を打ち消そうとした。
(そんなもの、いるはずがないわよ! まして、霊力がないあたしに、人の姿をした妖魔が見えるはずがないわ)
だが、否定しようとすればするほど、脳裏のラファ・アリエルが妖怪変化のたぐいに化けて脳裏をうろうろし始める。
妖魔とか魔物に免疫がありすぎるリュードは、サキの心情などお構いなしだった。
「人の気配は、ないな」
周囲の気配を探っていたリュードが、小声でつぶやいた。
「俺達が見張っていた間は、荷馬車が出て行ったのを除いたら、誰も出入りしてないよ」
四人のまとめ役のベリアが、同調した。
講武堂の四人が、四方から見張っていたのだから、確かにそれ以降誰も出入りしていないのかも知れない。
「確かに、緑色の男性がここに入って、爺さんと婆さんが操る荷車が出ていったんだけど」
「うん、まだ新しい轍の跡も残ってるから、お前達の見立ては正しいぞ」
リュードが庭に生い茂った雑草の倒れ方を調べて、ベリアの言葉に同意した。
「でも、どこにも気配がない……」
薄気味悪そうに、ジェムが周囲を見回した。雑木林や、雑草の生い茂った茂みのいずれでも、人が隠れ潜んでいる気配もない。
石塀で囲まれた広い敷地内には、人が隠れそうな場所はいくらでもある。だが、人が隠れている気配が感じられない。
敷地の片隅に、幅七尺、奥行き二丈ほとで背の高い石組みの見慣れない竈があり、周囲に灰が山積みになっている。
「これ、何かしら?」
「こいつは、皿とかの器を焼く焼き窯だな……農家で皿とかを自前で焼くのは珍しいな」
あちこちを放浪していたというリュードは、知識の幅が広い。
「あんまり古くなさそうですね……ここの建物は全部古いけど、この焼き窯だけ新しく作ったみたいな感じがしますね」
べリアが、ささやき返した。
「嫌な雰囲気ねぇ」
木陰から母屋の方をのぞき込み、サキは顔をしかめた。
「?」
一瞬、人影かと錯覚したサキが動きを止めた。
「なんだぁ、丸太じゃん」
サキは、小さく息を吐き出した。
広い敷地内のあちこちに、背丈ほどの丸太が突き立てられている。
敷地内に放置された農具とかは恐ろしく古びているのに、この丸太だけがまだ新しい。
何本もの丸太が、敷地のあちこちに無造作に突き立てられているように見えて、妙な規則性にサキは気がついた。
納屋の戸口から一定の間隔を置いて、大地に突き立てられた丸太には、激しい衝撃を受けたような裂け目が開いている。その丸太の明るい茶色の傷跡は、まだ真新しい。
「これって、なんだろ?」
◆
不意に、表情を引き締めたリュードが、サキの方を見た。
人差し指を自分の口元に当て、『静かに!』と伝えている。
(何か、あった?)
反射的に、サキが身構える。
だが、周囲の気配は先程から変わっていない。
リュードが、そっとサキを手招きした。
サキが傍らに近寄ると、リュードが指先を納屋の方に向けた。
「?」
真っ先に異変を感じたのは、木板を打ち付けただけの納屋の扉だった。風雨にさらされた扉の板は、灰色に変色している。
だが、そこの周辺だけ、不思議なことに蜘蛛の巣がない。
リュードが、思い切って扉を一気に開いた。
ほこり臭いはずの納屋の中の空気が、よどんでいない。
「ちっ、抜かったぜ」
リュードの舌打ちが聞こえた。
戸口から差し込む光で、中がおぼろげながら見えてくる。
ゴミ捨て場のように、何やら色々な材木片や枯れ草が積み上げられている。
その一番奥に、何か小さな光が揺らいだ。
「あっ! 蝋燭!」
サキが、小さな悲鳴をあげた。一本の蝋燭が灯っている場所には、周囲に油の匂いが微かにする。
半刻ばかり前に蝋燭が灯されたのか、蝋燭が短くなっている。蝋燭の根元に結びつけられている紐状のものが見える。
「火縄?」
「まずい!」
リュードの顔色が変わった。
蝋燭が灯されているのは、周囲に散乱したゴミの一番奥の壁寄りだった。走って中に飛び込んでも、火が燃え広がるのを止めるには、間に合わない。
リュードが、反射的に片手を懐に突っ込んだ。
「!」
リュードの手から何かが飛び、風を切る鋭い音が響いた。
一間先の蝋燭の炎が揺らいで、消えた。
勁烈な勢いで飛翔した何かが、火縄に移ろうとした炎の直下に命中した。
「えっ? 何が起きたの?」
サキが驚いているのを尻目に、リュードが納屋に足を踏み入れた。
ゴミの山を迂回して納屋の奥に足を踏み入れたリュードが、蝋燭に半ば食い込んだ銅貨を抜き出した。銅貨の上側に溶けた蝋と切り落とされた蝋燭の芯が残っている。
蝋燭に、銅貨がめり込んでいた。
「すげぇ、火のついた蝋燭の芯だけ飛ばした?」
背後からのぞき込んだジェムとベリアが、驚嘆の声を上げた。
「なーに、ちょいと練習すりゃ、こんな真似は誰にでも出来る」
リュードが、あっさりと言う。
火縄までの距離は、残り半寸もない。
火縄に火が移ってしまったら、あっという間に納屋が炎上したはずだった。
「もうちょっと来るのが遅かったら、あたし達も炎に巻かれてたかも」
サキが、小さく身震いした。
ベリアが、冷静に蝋燭と火縄をのぞき込んでいる。
「なんで、こんな場所に火が?」
「消し忘れ、じゃないな……証拠隠滅のために、誰かが火を付けようとしたんだろうな……自分達が安全な場所に避難するまでの時間稼ぎに、蝋燭を使ったんだろ」
リュードが言う意味が、サキにも理解できる。
だが、この屋敷をジェム達が見張っていたのに、ラファ・アリエルがどうやって行方をくらましたのかがわからない。
「じゃあ、さっきの帽子男は……どうやって、この場から逃げ出したんだろ?」
リュードが小さく笑った。
「うまく出し抜かれたな……俺達は、緑の帽子に惑わされたんだ」
「あっ、荷馬車を曳いてた老夫婦?」
遅ればせながら、サキも気がついた。
ラファ・アリエルは、堂々と屋敷に入り証拠隠滅の仕掛けに火をつけてから、老夫婦に化けて荷馬車で堂々と出てきたということだろう。
サキ達がすれ違った荷馬車の御者がラファ・アリエルだと気がつかなかったのは、緑色の帽子姿が記憶に焼きついて、無意識のうちに緑色の帽子姿を追っていたからだった。農家の女性が良く着る丈の長いチュニック姿で、背中を丸めた姿に騙されたということだった。
「緑色の痩身の男を追ってたから、背中を丸めた老人に化けてるとは気がつかなかったな……おまけに、二人連れってのにも騙されたなぁ」
「もう一人は、何者?」
「推測だが……荷車でここへ何かを持ち込んだ奴……緑の帽子男の仲間かな」
「じゃあ、火で焼き尽くそうとした物は……」
サキは、火縄の行き着く先を目でたどった。
塵芥が放り込まれた土間の一角に、燃えやすい藁クズが乱雑に積み重ねられている。藁束には、油が染みこんでいる。
サキが、その藁束を傍らに寄せた。素早く、レビン兄弟がその藁束を安全な外へと運び出す。
「あっ!」
木箱を打ち壊した板材の破片の中に、それがあった。
斧で乱暴に叩き割られていたのは、木箱のものだけではない。木箱の破片に紛れているのは、赤褐色の頑丈な樫材だった。
いくつかに割られて積み重ねられているが、その一片に見覚えのある刻印が刻まれている。
「これって、ヴァンダール王家の紋章!」
サキやジェム達には、見覚えがある。王家の紋章が入った木材は弩の台座だった。
「ベリア? これって、練兵場から盗まれた新先の弩の台座じゃない?」
「おそらく……俺達は、武器庫から練兵場に引っ張り出す手伝いをしたので、見間違いじゃないと思います」
「ジェム、ベリア、手伝って頂戴! 他にも、何かあるかも知れないわよ」
ガラクタあさりが、始まった。
ゴミどころか、今のサキ達にとっては宝の山だった。
大半は斧で打ち割られているが、弩を固定していた台座の部品が次々に出てくる。
「出てきたのは、盗まれた弩の台座部分だけか」
リュードが、打ち割られた樫材を床に並べながら首をひねった。
弩の本体部分の、強力な弓材や弦を巻き上げる梃子の部品がない。
「あれ? サキ姐さん? 今度は何かの紙包みが出てきましたよ」
ジェムが瓦礫の中から、薄茶色の油紙に包まれた何かを拾い上げた。
「何だろ、これ?」
ジェムが、紙包みを開いた。
「皿が割れた奴を包んでる紙に、何か書いてある」
「ちょっと見せてくれ……って、おい! こいつはとんでもない代物だぞ」
リュードが、微かに驚いた表情を見せた。万事に物ぐさなリュードが、興味を示す物は少ない。
サキが、リュードが開いた紙片を横からのぞき込んだ。
何本もの直線が紙上で交差し、奇妙な曲線が重ねて描かれている。何かの図表のようなものだが、サキにはその意味がわからない。
「だから何よ、これ?」
「誰かが作った弩の換算表だ、角度と射程を一覧にしてる」
サキには、リュードの言葉の意味が全くわからない。
「何に使う表なの?」
「攻城兵器を使う時に、狙ったところへ当てるための計算でもしたんだろうな……あちこちに書き直しがあるから、こいつは書き損じかな」
「攻城兵器?」
「"暗闇の聖者"と戦った時に使った投石器とか、今回盗まれた弩とか」
「弩? まさか、この台座って盗まれた弩が固定されてた奴よ」
サキの言葉に、リュードが小さくうなった。
「なるほどね……台座を外して弩だけを、どっかに運んだのか」
「台座がなきゃ、撃てないじゃん」
「台座なんて、他のものでも代用できるからな……そう考えると、弩を盗んだ奴は、どこかに転売するんじゃなく、それを何かに使おうと盗んだんだろ」
「じゃあ、王家の練兵場から忽然と消え失せた弩は……」
「雄牛並みにでかい代物だから、どうやって運び出したのか不思議だったが、分解して持ち出したのか……盗まれた練兵場からの荷馬車の轍跡が残らなかったのは、そりゃ当然か」
「十四、五人いれば、一気に運べるわよね。
『大きさにこだわるなかれ、大きくて歯が立たぬモノのは分けるがよろし。逆に、小さきモノも集まれば、大きなモノと化す』か……リュードの占いが、当たったわね」
サキは、リュードが運河沿いで占った銅貨占いの卦の一節をつぶやいた。
「自分の勘働きの鈍さが、心底から嫌になるわ」
最初から答えは、わかっていたはずだった。雄牛並の大きさの弩をどう運んだかにとらわれ、思考が堂々巡りしていた。
弩の本体の弓部分は、大きいとはいえ、土台に比べればかなり小さい。弩を固定した土台と、弦の巻き上げ機を外せば一人で担いで運べる。飛翔させる大矢も、通常の弩に用いる矢と比べて大きいとはいえ、担いで運べない大きさではない。
「考えてみりゃ、当然か……分解して運搬出来なきゃ、城壁の上にも運び込めやしない」
折れた大矢が、何本も出てきた。明らかに、盗まれた弩はここに運び込まれ、分解されて持ち出されたことを意味する。
「そうか……この納屋で試射して、弩の射程と矢の特性を計算したってこったな。
敷地のあちこちに突っ立った丸太は、弩の的代わりだったのか……狙いの誤差と射程距離を調べるために、等距離に丸太を置いてた訳か」
「じゃあ、どっかに売り払うためじゃなくて……使う意図で盗んだってこと?」
その問いに対するリュードの答えは、無言のうなずきだった。リュードの興味は、すでに別の部分に移っている。
リュードが、弩の換算表とおぼしき紙片で包んでいた何か陶器の破片らしき物を、興味深くひねくり回した。
「それより、こいつはなんだろう?
皿が割れたので、書き損じた換算表の紙で包んで捨てたのかな」
リュードが、割れた破片をつなぎ合わせてみる。割れた破片をつなぎ合わせると、何か見覚えのある文様の断片が浮かんだ。
九つの星が線で結ばれた並び方は、つい最近目にしたことがある。
「リュード! これって、まさか……九宮飛星陣?」
驚いたサキが、リュードを振りあおいだ。
「妙なところで、妙な代物と遭遇するもんだなぁ」
九宮飛星陣は、マテオ・エクトールが好んで使っていた文様だった。割れた破片は、つい最近魔道士のマテオ・エクトールと対決した時に、サキが見たものと同一だった。
「監獄跡地とゼメキスさんの宝物庫、"砦島"で皿は全部割れて処分したはずよ。全て破壊して運河に捨てたはずなのに、ここに何故?」
サキは薄気味悪そうに、九宮飛星の文様が描かれた皿の破片を見つめた。




