ACT17 砦島の盗賊団
周囲を高い石垣に囲まれた中に、雑木林や建物が建っている。
秋の夕暮れで紅に染まる空も、沈みゆく陽光もその高い石垣にさえぎられ、頭上の一角しか空が見えない。
「ここなら、しばらくは安心だ」
そう言って、"蛍火"の首領シンバ・マズローが笑う。
生身の人間である以上、"蛍火"とて姿形がある。煙のように、消え失せることは出来ない。ただ、人の眼を欺くことに長けているだけだった。
「また、ここを利用することになるとは思わなかったがなぁ」
仲間の中で最年長のシャモンが、小さくため息をついた。
脱獄した"蛍火"が護民官の追跡を逃れて逃げ込んだ先は、元々半月ばかり前に隠れていた"砦島"だった。
アウラ・ゼメキスの屋敷がある"海賊島"に隣接する"砦島"は、マテオ・エクトールと"蛍火"が潜んでいた場所だった。マテオ・エクトールが倒された後、すぐに乗り込んできた王家の役人達が後片付けをして厳重に封印されている。
隣接する"海賊島"とつながる二本の跳ね橋は、再び厳重に閉ざされている。
「おかげで、今回は王家もここは調べずに安心してます。
お役人の頭には、一度探した場所をもう一度探してみようという知恵はない」
偸盗術を使う"蛍火"にとって、封印などなんの役にも立たない。"海賊島"とつながる二つの吊り橋の門扉に新たにつけられた厳重な錠前も、あっさりと解錠されてしまっている。
"砦島"の中央にある、石組みの兵舎が建ち並ぶ中央に石畳の広場がある。そこに集まった頭数は、"蛍火"を含め四十人を越える。
それぞれが、車座になって座り込んでいる。
そして、その中央に置かれた椅子に、黒い長衣を身にまとった首領らしき人物がいる。
ここに集まっているのは、ゼメキスが海賊だった頃からの主だった古い使用人達と、脱獄した"蛍火"達だった。
いずれも、五十歳前後の者達だった。王都レグノリアに来てから雇ったアウラ・ゼメキスの若い使用人達は、この集まりには一切呼ばれていない。
この場にいる者達は、かつてアストレア王国を護っていたアストレア王家の家来達だった。アストレア王国が滅んだ後、滅ぼしたマーレ王国に従属することを拒み、盗賊団としてマーレ王国領内を荒らし回っていた過去を持つ。
「そろそろ、"紅一党"としての合議を開催したいんだが……」
口を開き掛けたヘルムートを、"蛍火"のシンバが制した。
「ヘルムート、ちょっと待て……カートにも声を掛けたから、奴もすぐに来るはずだ」
待つほどのこともない。
"海賊島"の吊り橋を渡って、大富豪のカート・ライリーが"砦島"に姿を現した。
「二兄!」
ヘルムートが、思わず直立不動になった。
この中では若い方のヘルムートにとって、アウラ・ゼメキスとカート・ライリーの二人には強い畏敬の念を抱いている。
「ヘルムートか……済まんな、騒ぎに巻き込んで」
いつもの高級な仕立ての、豪商らしい瀟洒な衣装ではない。今夜のカート・ライリーの扮装は、質素な隊商護衛の鏢師姿だった。
「こんな格好をするのも、二十数年ぶりだ」
ライリーの背後には、ライリーの陸運業の使用人が三十人ほどが付き従っている。
主だったかつての幹部級の姿を見て、全員が居住まいを正す。
場の空気がぴりっと張り詰めた。微かな物音さえしない。
ヘルムートが、無言を貫く首領の前で片膝をついて恭しく報告する。
「これで、全員揃いやした」
首領が、小さくうなずいた。
それに応じて、"蛍火"の首領シンバが口を開いた。
「では、ご報告いたします」
そして、謎の首領は"蛍火”が王都レグノリアの隅々から集めてきた報告を、黙って聞いている。
敵の狙い、いつ、どこで、何を、という情報が並べられてゆく。
「アルバ・クロフォードは、アストレア王家の侍従長であったラファ・アリエルに化けて、王都レグノリアに侵入しておりました……アストレア皇太子に扮した人物が何者かは、いまだにわかりかねます」
脱獄し、護民官にも追われる"蛍火"が危険を冒して、街の中で調べてきた情報が並べられる。
「刑部府のティオ・ザネッティの屋敷に、五十人あまりの家来が新たに雇い入れられました。ザネッティの所領から家来を呼び集めたという話ですが、あれはマーレの傭兵です。その何人かは、我々"蛍火"も顔を見知っております」
その情報が示すのは、たった一つの解だった。
全員の視線が、一点に集中した。
その人物の裁可を待っている。
調べ上げられた情報への裁可の前に、その人物にはやるべき事があった。
「全員が揃うのは、久々だねぇ」
初めて、首領が口を開いた。
涼やかな声だった。
ゆっくりと、黒い布の覆面を外し素顔を見せた謎の首領の正体は、シェフィールド屋敷から失踪したマオ・シェフィールドだった。
「一応、皆に改めて問う!」
マオが口を開いた。
「私は一度、"紅一党"の頭目という立場を捨て、ヴァンダール王家に帰順した者だ……そんな者が、再びお前達を束ねる立場につくことに、異存はないのか?」
マオの凜とした声が、砦島の広場に響いた。
「賛意を示す者だけここに残れ、反対の者はここから自由に立ち去るがいい……我らは、策略好みのマーレ王国とは違う。追っ手を差し向けたり、口封じなどはしない!」
マオの言葉にも、誰一人として席を立とうとはしなかった。
それに対して、"蛍火"の首領シンバ・マズローが張りのある声できっぱりと断言した。
「我ら"蛍火"は、今一度マオ様のお力にすがることを決意した者達である。異存など、微塵もありませぬ」
「ゼメキスの海組は?」
「我ら海組一同、喜んで麾下に入ります」
マオの傍らに控えるアウラ・ゼメキスの野太い声が響いた。
ゼメキスの声に応じてヘルムートが、同意の印に頭を下げた。それを合図に、ゼメキスの配下の者達が、一斉に平伏した。
満足そうにうなずいたアウラ・ゼメキスが、カート・ライリーに視線を送った。
「二兄の率いる陸組の決断は、如何に?」
二兄と呼ばれたカート・ライリーが、昔と変わらぬ冷めた苦笑を浮かべた。
「相変わらず、アウラは気が短い……深謀遠慮という言葉を知らぬのか?」
カート・ライリーが、ゆっくりとこの場に控える全員を見回した。
「もともと、我らはマオ様に多大な恩義がある……再びマオ様のお手伝いが出来ることに、異論などはあるものか。
だが、今一度確認したいのは……敵は、あのアルバ・クロフォードということに、相違ないのか?」
カートの声に、"蛍火”が一斉に頭を下げた。
「我ら"蛍火”が憎きマーレ王家に雇われていたのは、心変わりしてマーレに帰順したわけではない……アストレアをマーレに売り渡した売国奴を探るため」
「それが、アルバ・クロフォードだったということか……侍従長ラファ・アリエル様の名前をかたっただけでも、腸が煮えくり返る」
カートが、腕を組んで瞑目した。
しばらく、沈黙が続いた。
じれたアウラがカートに文句を言おうと口を開きかけたのを、マオが静かに手で制した。
豪放磊落で直情径行のアウラ・ゼメキスに対し、カート・ライリーは知謀で知られる。何も言わないのは、その頭脳が全ての状況を確認して策を練っている時だった。
不意に、カートが目を見開いた。思慮深いカートらしからぬ、鋭い眼光だった。
「よかろう、我ら陸組を総動員しよう……陸組の強者ども、異論はないな?」
突然、カートが鋭い声を発した。
カートの使用人達が、無言で平伏した。
この場にいる者達にとって、二十数年の時の流れを感じさせない空気だった。つい先日に起きた出来事のような錯覚さえ覚えるが、別れの合議以来味わったことのない緊張が張り詰めた。
「そうか、では今一度、我が"紅一党"の指揮を執ろう!」
マオが、そう宣言して立ち上がった。
「ただし、アルバ・クロフォードを倒すまでだぞ!」
マオが強く念を押したが、広場にあがった大きな歓声にかき消されてしまう。
マオは、そんな様子を見て苦笑を浮かべた。
懐から出した紅の長い布を、ゆっくりと自分の頭に巻き付ける。マオの両目以外が、紅の覆面に包まれる。
懐かしいマオの姿に、周囲を囲む連中の歓声がさらに大きくなった。
「野郎ども! "紅一党"の復活ぞ! 締めてかかれ!
"蛍火"は手分けして、アルバ・クロフォード達の動きを探れ。
移動には、アウラ達海組が手を貸してやれ。このレグノリアの都は、運河を利用した方が何かと都合がよい。運河の要所要所に船を浮かべ、"蛍火"が自由に動き回れる手助けをしてやれ。
カートの陸組は、鏢師として"蛍火"の護衛に回れ。
三組が力を合わせぬ限り、謀略好みのアルバ・クロフォードの裏はかけないと心得よ!」
マオが、手際よく指示を飛ばす。
その立ち居振る舞いは、まるで一国の将軍だった。
かつて、マーレ王国を大混乱に陥れたアストレアの残党あがりの盗賊団であった"紅一党"が、二十数年の時を経て再び動き出した。




