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ACT16 マオ捜索

 占い道具を入れた革袋を持たないリュードの姿は、その周辺で見掛ける若者と何ら変わらない。違うのは首に二重に巻いた宝珠と、腰に下げた方術士の御符ぐらいだろう。

「大体、どこをほっつき歩いてたのよ?」

 神殿の参道広場前でリュードと合流するなり、サキはさっそくリュードに文句をつけた。

 だが、リュードは相変わらずだった。

「どこって? ちょっと、蛟竜地区をのぞいてきただけだ」

「蛟竜地区ぅう? あたしでも、中に入るのは無理な場所じゃん!」

 サキが、思わずリュードを見た。

 王都南部に蛟竜地区と呼ばれる地区は、王都の中でも最悪の地区だった。今日の食事にも困窮するような貧乏人から、護民官に追われる犯罪者や、どこからともなく流れてきた無宿人達が棲みついている。

 発展を続ける王都レグノリアにも、光と影がある。蛟竜地区は、レグノリアにとって恥部のような街だった。

 王都の護民官でも手が出せない、暗闇の住人の街だった。

「一人でもぐり込んで……よく、生きて戻れたわね」

「俺は、王家の官吏でもない一介の方術士だからな……蛟竜地区の連中から、恨みを買う覚えもないしなぁ」

「のんきねぇ」

「世の中と自分の境遇を恨んでひねくれちゃいるが、あいつらは森の獣と同じで、本当は臆病なものさ……手出ししなきゃ、自分より強そうな相手にはそう悪さもしない」

「そりゃ、リュードはもともと"骨喰(ほねばみ)リュード"って呼ばれた剣士だけど……剣を捨てちゃった今は、まるで無防備じゃない?」

「金目の物を持ってないから、別に狙われもしないのさ」

 リュードは、どこまでも無防備に見える。だが、サキの眼から見てもリュードの身のこなしは無防備に見えて、不思議と隙が見えない。

「で、何を掴んだの?」

「シュルクーフのゼラー」

「!」

 サキは驚いた。昨日、世間話ついでにちらっと話しただけの内容を、リュードがしっかりと覚えていた。

「シュルクーフのゼラー、だっけ? 姫さんがこの場所で遭遇したっていうアストレア皇太子を襲撃しようとした連中が、何故蛟竜地区に逃げ込んだのかが気になってな」

 リュードが暗黒街にもぐり込んで、どうやって調べたのか、サキには見当もつかない。

 そんなサキの驚いた顔を横目で見て、リュードがクスッと笑った。

「どんな街にも、天狼はいるんだよ」

「そりゃ、そうだろうけど……そんな暗黒街に住んでて、いいことはひとつもないんじゃないの?」

「蛟竜地区にも、飯屋や酒場はあるからなぁ……そこに酒や食材を供給するのは、誰だと思う?」

「!」

 他の街にまで遠征して略奪していたりすれば、それこそ王都の護民官も黙ってはいない。国を持たない漂泊民の天狼の中には、そう言った貧しい街の中でも商売の種を探してくる連中がいるのかも知れない。

「シュルクーフのゼラー、なんて名前の余所者は、蛟竜地区にはいなかったんだ」

「えっ? じゃあ、何故そこへ逃げ込んだの?」

「姫さん達の追跡を途切れさせるため、かな?

 わざと衆目を集める……ひょっとすると、シュルクーフのゼラーって名前も偽名かもな。

 アストレアの皇太子を追っかけてきたんだったら、人目につかずに襲撃する場所は、王都の都外れの城門から神殿までいくらでもあったはずだ……わざと、耳目が集まる場所で襲撃する意味がわからん。

 ましてや、姫さんの話を聞くと刺客にしちゃ、極めてずさんな手はずだ……わざと失敗しておいて、逃げ込んだ蛟竜地区に目を向けさせておけば、しばらく護民官達の眼をごまかせる」

「……」

 サキは、思わず沈黙して考え込んだ。そんなことを、考えたこともなかった。

 リュードは、サキとは真逆の考え方の持ち主だった。

「どうも、刺客にしちゃあ、目立ちたがりすぎるんだよなぁ……それに、姫さん達神殿警護官が出てくるなり、さっさと逃げ出すってのがね」

「じゃあ……最初から仕組まれた襲撃? でも、何で?」

「さぁねぇ……今は、そっちより姫さんの母親探しの方が優先だ」

 リュードは、参道広場に立った。

「まずは、この行列を作ってる神将像からだな……こいつを見てから、姫さんの母親の様子がおかしくなったんだろ?」

 リュードが、三体が一列に並んでいる背の高い石像を眺めた。神殿もマオが消えたことやら、"蛍火(ほたるび)"の脱獄、王家の新式の(いしゆみ)が盗まれたことやらで大騒ぎになっている。

 護民官の応援に神殿警護官も駆り出されたせいか、朝から晩までバタバタしていて、その石像はまだ元の位置に戻されていない。

 しばらく石像の周囲を眺めたり、その石像が向いている方向に視線を移したりしていたリュードが、うなり声をあげた。不快を示すうなり声ではなく、感心しているようなうなり声だった。

「こいつは、石置きかなぁ?」

「石置き? 石置きって何よ?

 確かに並んでるのは石像だから、石置きだろうけどさ」

 サキの言葉に、リュードが苦笑した。

「俺達天狼は、大荒野とか山の中とかで、仲間とはぐれたり、別行動して後から来る仲間に合図する時には、色々な合図を残しておくんだ。仲間にだけ通じる置き手紙代わりなんだけどな……立木に紐を結んだり、草を結んだり、石をいくつかの形に並べるとか……仲間内にしか、意味がわからない合図だよ」

「じゃあ、これを置いたのは天狼?」

 サキの言葉に、リュードが首を傾げた。

「いや、俺達が使う合図じゃないな……意味が読み取れない。この程度の合図は、それほどたくさんの情報じゃないんだけどな」

「情報?」

「俺達はあっちに行った、とか、ここは危険なので迂回しろとか、こっちにどれだけ歩けば何かがあるとか……三つの置き石の代わりに神将像を使ったとしたら、その程度の内容だぞ。

 でもなぁ……神将像が三体……今日はよくよく、三と縁があるな」

 リュードの言葉に、サキも思い当たる節がある。

(そう言えば……セアラ姉様とスーちゃんの神託……再三って、やはり三よね)

 リュードが、周囲を見回した。

(石像が向いている方向は……運河の上流方向か……エラース大河と運河の合流点に何かあるのかな? 普通だと、石像の向いている方向で『あっちに行った』とかの合図だが、三体の意味がわからない」

「そういえば……母様も、これを見てから運河の方へ急いで歩いて行ったわね」

 不意にサキは、昨日朝の出来事を思い出した。

「もしかして……母様が知っている合図?」

「それ見てから、様子がおかしくなったんだろ? だとすりゃ、つじつまは合うんだが……それを見て、姿を消すってのがなぁ」

「母様の過去って……父様は知ってるはずだわね……だとすると、父様は母様が消えた理由を知っているはずよね」

「直接聞いてみたら?」

「王城に行くって、出掛けちゃったのよ」

 考えてみれば、両親の若い頃のことをサキは何も知らなかった。

 物心ついた頃から、叱られ続けだったサキは、両親の過去について考えたことがほとんどない。代々神官を務める家柄に生まれたサキにとって、両親は神殿と共に、記憶の中に自然に溶け込んでいる。だが、どこで生まれ、どう育ったのか……サキと同じような境遇に生まれたのか、サキのように様々な失敗をして叱られて育ったのかもわからない。

「あっ!」

 小さな声をあげたサキが、リュードの長衣の裾を引っ張った。

「どうした?」

「あいつ……見覚えがある」

 向き合うように並べられた石像を遠巻きに眺める群衆の中に、緑色の大きな帽子をかぶった男がいた。

「亡命してきたホーン・アストレア皇太子の護衛の一人だわ……確か、ラファ・アリエルって名乗った奴」

 サキは、数日前の出来事をリュードに手短に説明した。

 この場で、アストレアの忘れ形見ホーン・アストレアと謎の集団が対峙して危うく乱闘になりかけた時に、マオが割って入ったこと。

 そして、それ以降マオの機嫌が悪くなった。

「じゃあ、この石像を見た時より前から、様子がおかしかったってことか」

 リュードが、小首を傾げた。

「だとするとこの石像が原因ではなく、ホーン・アストレアと関係があったのか……それとも両方がつながっているのか……余計ややこしくなったな」

 つばの広い鮮やかな緑色の帽子を目深にかぶった痩身の初老の男が、群衆の中からそっと離れるのが、サキの視界に映った。身にまとった長衣も緑色で、群衆の中でも目を引く姿だった。

「リュード、後を付けてみよう……ひょっとすると、母様の失踪と関わりがあるかも知れないわ」

 追尾されていることを知ってか知らずか、ラファ・アリエルは悠然と歩いている。命を狙われている立場の一人でありながら、その歩みは落ち着いたものだった。これだけ派手で大きな帽子姿は、人混みの中でもひときわ目立つ。

 緑色の帽子姿を追跡するのは、容易だった。

「まるで、見つけて下さいって言ってるみたいね……刺客から命を付け狙われてる立場って、自覚がないのかしら?」

 サキが、つぶやいた。

 マーレが放ったとおぼしき刺客がまだこの辺りをうろついていたら、格好の餌食だろう。二日前の騒動では双方が多人数だったが、今は帽子男一人だった。集団で狙われては、無事では済まない。

「一人でも、何とか出来る腕があるのかね」

「それとも……連中の狙いがアストレアの皇太子だから、自分を狙う奴はいないって思ってるのかしらね」

「アストレア王国の世継ぎね……生きてたとは知らなかったな」

 帽子男の後をつけながら、リュードがつぶやいた。

「でも、アストレア王国の正当後継者の証となる神器を持ってたから、ヴァンダール王家も亡命を受け入れたって聞いているわよ」

「アストレア王国が滅んでから、もう三十年くらい経ってるんだぜ……今頃のこのこ出てくるのが、解せないな」

 アストレア王国が滅亡したのは、もう三十年も前の出来事だった。

 サキが生まれるよりずっと前の出来事で、歴史書に書いてある史実程度しかサキは知らないし、そもそも昔の出来事すぎて、若いサキにはぴんとこない。

「そうよね、いくらマーレ王国にとってお尋ね者とはいえ、三十年もの間正体を隠して隠れてたのが今頃出てくるなんておかしな話だよね」

 何気なくサキが返事した途端、リュードの小声が耳に響いた。

「姫さん、後ろを振り向くんじゃないぞ……誰かが、俺達の後を追尾してる」

 リュードの声は周囲に聞こえないような小声だったが、何か厳しい気配を秘めた響きがある。

「追尾?」

 振り向きもせずに、サキは背後の気配に神経を集中させた。

 確かに、背後に人の気配がある。

 だが、殺気はない。その数は、三人、いや四人か。

「俺達をつけてるんじゃなくて、目的は帽子男かね?

 やり過ごしてみるか……すこし、歩みを遅くしてみよう」

 リュードがほんの少し、歩く速度を落としてみた。道沿いの屋台をのぞき込むような、さりげない仕草だった。背後から、数人の男がサキとリュードを追い越していった。いずれも、大きなマントを羽織り、目深に被ったフードが素顔を隠している。

「確かに、狙いは帽子男だな」

「あっ!

 やっぱり……あいつら!」

 サキは、追い越していった男達にも見覚えがあった。

 ホーン・アストレアと対峙していた謎の集団だった。

「マーレの刺客かも……言葉にマーレの訛りがあったもの」

「マーレに雇われた連中が、ホーン・アストレアを亡き者にしようって? いくらなんでも、王都レグノリアで騒ぎを起こすとは考えにくいんだが」

 リュードの言葉には応えず、サキは慌てて周囲を見回した。

「ほらっ!」

 サキが、慌ててリュードの袖を引いて注意を促した。

 通りの反対側を、ゆっくりと歩く農夫姿の大男がいる。麦わらを編んだ大きな帽子を被っているが、その凶暴そうな気配は隠しようがない。

「あいつだわ……シュルクーフのゼラーって奴」

「もうちょっと、静かに周囲を観察できないものかなぁ……姫さんの挙動不審な動きを見たら、奴にこっちの存在がばれちまう」

 リュードに叱られ、サキは肩をすくめた。


       ◆


 農夫姿のシュルクーフのゼラーが不意に道を渡り、ラファ・アリエルの進路を塞ぐような形になった。

(まずい! 緑帽子の野郎が殺られる!)

 サキが、思わず動こうとした時、その片腕をリュードが掴んだ。

「落ち着けって……殺気がない」

 サキの右腕を掴んだのは、リュードだった。

 シュルクーフのゼラーが、真正面から緑の帽子姿のラファ・アリエルに近寄ってゆく。

 だが、ラファ・アリエルはまるで無警戒だった。

「あれ?」

 違和感を感じたサキが、動きを止めた。

 シュルクーフのゼラーが、農夫の帽子の縁に手を触れてそっと素顔をラファ・アリエルに見せる。

 ラファ・アリエルが小さくうなずき、二言三言会話を交わす。

 どう見ても、仇敵同士の間柄ではない。

 ラファ・アリエルを追尾していた男達も、そこに合流する。

 何かの品物の受け渡しが済んだゼラー達は、交差点を渡り何処へかと歩み去ってゆく。

 戦いは起こらなかった。

 血みどろな戦いを予想していたサキは、その光景に面食らっていた。

「リュード? これって、どういうこと?」

「さぁねぇ……この距離じゃ、会話は聞こえやしない」

 だが、ラファ・アリエルの手から、金貨を納めるような小さな革袋がゼラーの手に渡ったのを見て、やっとサキも事情が飲み込めた。

 ラファ・アリエルとシュルクーフのゼラーは、仲間だった。

 だが、対立している芝居を人前でした理由がわからない。

 緑色の大きな帽子をかぶり直し、ラファ・アリエルが再び歩き出す。

「えぇと……どっちを追う?」

「あたしの直感では、ラファ・アリエル……こいつが、ゼラーより上位者に見えたわ」

「だろうね……俺の見立ても、ゼラー達を雇ったのは緑色の帽子野郎だ」

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