表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/30

ACT15 神託の奇妙な合致

 王都レグノリアの北側の深い森の中に、リシャムード屋敷がひっそりとたたずんでいる。通称、"幽霊屋敷"と呼ばれ、代々のリシャムード家の当主がシドニア大陸のあちこちで悪さをしている妖魔を捕まえて屋敷内に封印していると伝えられている。

 リシャムード家の現在の当主ゼノン・リシャムードがヴァンダール王国の北東の所領に引きこもって以来、そこは無人だった。今は、娘のシーナ・リシャムードに管理を頼まれたリュードが、代わりに住み暮らしている。

 その幽霊屋敷に、来訪者がいた。

 黒い長衣を身にまとい、その素顔は深々としたフードの奥に隠れている。フードの奥の顔も、長い布きれが巻き付けられ、外から判別できるのは青く輝く双眸だけだった。体格こそ違えど、王都レグノリアに姿を現した亡国の皇太子ホーン・アストレアと同じシドニア大陸中西部で見られる装束だった。

 静かな足取りだった。だが、その足取りはしっかりとしたもので、歩みに迷いがない。

 その来訪者が屋敷の庭園に足を踏み入れた途端、木々が揺れ鳥のさえずりが消える。物音一つ聞こえない静寂だが、屋敷が漂わせる気配に敵意はない。周囲を見回した謎の来訪者は、異形の石像の一つ一つにそっと手を触れていた。

 懐から鍵束を出し、一つの鍵を選び錠前にそっと差し込む。それは、リシャムード一族とリュードしか持たないはずのリシャムード屋敷の鍵だった。

 鍵が合い、錠前が微かな音と共に解錠された。

 来訪者が、玄関の大きな扉を開く。微かなきしみと共に、扉が開け放たれ、雨上がりの弱い陽射しが屋内に差し込む。その陽射しに、その人物のしなやかな影が浮きあがる。

 盗人ではない。

 王都レグノリアの盗賊達でさえ、この屋敷に足を踏み入れる度胸のある者はいない。

 幽霊屋敷とまで呼ばれるリシャムード家の屋敷には、代々のリシャムード家当主がシドニア大陸のあちこちで集めてきた妖魔達が封印されていると言われている。封印といっても、屋敷の敷地から外へ出て王都の住民に悪さをしないようにしているだけだった。驚くべき事に、リシャムード家の敷地内には妖魔が放し飼いにされている。妖魔達は屋敷の中、庭園や雑木林など各自の居心地の良い場所を見つけ、棲みついているような状態だった。こんな妖魔の縄張りに、盗賊が紛れ込んだら確実に妖魔達の餌食になる。

 昼間は封印され石像と化している異形の妖魔達は、封印された妖魔達の中でも大物だった。深夜になってその姿が本来のものに戻ると、勝手気ままに屋敷の敷地内を徘徊したりする。

 だが、その来訪者は勝手に屋敷の中に入り、その場所を承知しているように玄関から奥の大広間へと静かに移動した。

 来訪者の気配を感じたのか、屋敷の内部に棲みついている妖魔達の気配が大きく変わる。

 霊力の強い者に感じられるその独特な気配は、異形のモノ達が発するものだった。

 まるで、どよめきのような異形のモノ達の気配だった。

 傍らの大きな壷が揺れ、調度類が小刻みに振動する。

 オバケ嫌いのサキだったら、こんな光景に遭遇したら確実に悲鳴をあげて座り込む。

 来訪者が、飾り暖炉の前に立った。

 左右に青銅の甲冑姿の彫像が直立し、暖炉の上には大小様々な武器が掛けられている。

 来訪者は、長衣のフードを脱ぎ、素顔を覆った長い布をゆっくりと外した。

 長衣の合わせ目が揺れ、喉元で海竜の姿をかたどった白金の首飾りの中で、緑色の霊石が輝いた。

「また、これを手にする日が来るとは思ってなかったよ」

 飾り暖炉横に並んだ凶々しい武具のうちの一つ、長柄の戦斧を来訪者が手にした。

 その声は、シェフィールド屋敷から失踪したマオのものだった。

「お前達と会うのも、久し振りだわぁ……皆、元気だったみたいだね」

 屋敷のあちこちを見渡したマオが、誰に話し掛けるでもなくつぶやいた。

 屋敷が、微かに振動した。

 マオには、異形のモノ達が見えているようだった。

 あちこちを懐かしそうに見回すマオの口元に、微笑みが浮かんでいる。だが、マオのその眼光は、サキ達三姉妹の前では決して見せたことがない鋭いものだった。


       ◆


 老虎を出たサキの足は、いつの間にか結界岩の丘に向いていた。

(今すぐにでも、リュードが動いてくれればいいのにぃ)

 リュードとは、一刻後に神殿前の参道広場で待ち合わせの約束を、なんとか取り付けた。

 すぐに動こうとしないのが、万事において物ぐさなリュードらしいといえばリュードらしいが、焦っているサキにとっては不満が残る。だが、『ちょっと、調べ物がある』とのひと言で、リュードは老虎からどこかへと出掛けてしまった。

(リュードが協力してくれるだけでも、母様の探索は随分と助かるわね)

 サキは、大きくため息をつき、結界岩を見上げた。

 先程の小雨も上がり、秋の陽光が降り注いでいる。

(何事もなく、母様が戻ってきますように!)

 真っ二つに割れた結界岩に拝礼したサキは、複雑な思いで結界岩を見あげた。サキが使う愛刀を使って、レオナ姫がこの結界岩を叩き割った痕だという。

 かつて、百年も前の話だった。自治を巡り、天狼とヴァンダール王家の双方が結界岩を挟んでらみ合い、全面衝突直前だった。

 国の安泰をはかるためにレオナ姫が自分で設置した結界岩に、自ら大きな刀を叩きつけて一刀両断にして呪いを掛けたという。

『この断ち割った大地を、王家と天狼の境界とする!

 よく聞け! 両者が刃を納め力を合わせぬ限り、この都は衰退する。

 この言葉を忘れた場合、私は何度でも姿を現して末代まで祟る!』

 その場に居合わせた両者の武装勢力は、レオナ姫の怒りの激しさに震え上がったという。

 そして、レオナ姫は王家と天狼の争いを治めるために、自らが王都から姿を消した。結界岩を叩き割った愛刀だけが、この場に残され、それが百年近い歳月の後に、サキの腰に収まっている。

 結界岩を背に立つと、王都の運河が眼下に広がっている。

 陽を弾き、水面が鏡のように輝いている。

 運河を荷物を満載にした小舟が行き来している姿が、サキの視界に飛び込んできた。


       ◆


 サキが眺めていた先にあったのは、運河の水面を滑るように進む一艘の小舟だった。

 その小船には、いくつもの木箱や木樽が載せられている。その木箱の一つにもたれて座る黒衣の人物の傍らには、布に包まれた竿状のものが立てかけられている。

 こぎ手達が声を合わせて器用に櫂を操り、船首が運河の水面をかき分けてゆく。

 荒天時と比べ、運河の水面は鏡のように澄み渡り、船の揺れもほとんどない。

「これで、しばらく全員が飢えずにすむだけの食料が揃いました」

 舳先に立つ船頭の男が、背後を振り向いて声を掛けた。

 海運王として名をはせる豪商ゼメキスのところの、船乗りのルタン・バードだった。

「そうか、助かるよ……籠城が何日続くかわからないからね」

 それは、先程幽霊屋敷を訪れていたマオの声だった。

 だが、いつものマオと違うのは、その口調だった。普段の丁寧な言葉使いではなく、どことなく伝法な調子が声の響きにある。

「頭領、"海賊島"が見えてきましたぜ」

「頭領、じゃない! ついでに言っとくけど、大親分でもない!」

「すみません、つい……お仕置きだけは、ご勘弁を」

 大男のルタン・バードが小さく背中を丸めた姿に視線を送り、マオが苦笑した。

「まだ、頭領じゃないから……まだ、引き受けたわけじゃないんだよ」

「へい、でも……もう引き受けたも、同然でしょう?」

「馬鹿を、お言いじゃないよ! あんた達だけじゃない、全員の合議が必要って"紅一党"の掟がまだ有効なのは、忘れちゃいないだろ?」

「そりゃもう……でも、残りの同意が必要なのは、事実上カート二兄達陸組の連中だけでさぁ」

 船の行き先に、砦のような島影が見えてきた。


       ◆


 シェフィールド屋敷に戻るサキの足取りは、妙に重かった。

 リュードの協力を取り付けたのは収穫だが、マオの手掛かりは全く掴めない。

 朝から王都のあちこちを半日探し歩いても、有力な手掛かりがない。リュードとの探索の約束を取り付けた刻限までに、腹ごしらえついでに神殿警護官の詰め所をのぞいて何か新たな情報が入っていないか確認するつもりだった。

「!」

 神殿へとつながる長い石段の手前の参道広場前に、見覚えのある栗毛の馬がいる。

 マオの愛馬だった。

「えっ? 母様が戻ってきた?」

 一瞬顔を輝かせたが、サキの希望は一気にしぼんだ。

 マオの愛馬の脇に立っていたのは、応対に出た神官のバックスとアウラ・ゼメキスの海運業の采配を務めるヘルムートの浅黒い長身だった。

「そんなわけで、マオ様の愛馬がうろうろとしてまして……」

「わざわざお届け頂き、恐縮です」

 バックスとヘルムートの会話が、サキの耳に入った。

 サキは、慌てて二人に駆け寄った。

「バックス! 母様は?」

 大柄の神殿警護官のバックスが、サキの方へと視線を移した。

「サキ様、マオ様の馬をゼメキスさんが届けにいらっしゃられただけです……港湾地区の空き地で、草を食んでたそうです」

「じゃあ、母様は?」

 サキの言葉を、少し遠くの背後からの野太い声がさえぎった。

「これは、サキ姫! お久しゅうございますなあ!」

 サキが振り向くと、神殿へつながる長い石段を降りてきた恰幅のいい男がいる。富豪のアウラ・ゼメキスがサキの前に姿を現した。

「あれ? ゼメキスさん、神殿に?」

「なんの、後天祭での慈善競売会で競り落とさせて頂いた品物の代価を、支払いに来たまでのことでございます。

 ダン様にご機嫌伺いのご挨拶を、と思ったのですが……あいにくご不在で、社務所のセアラ姫とスー姫も珍しくご不在で……何かご病気とかでございましょうか?」

 サキが、慌てて手を振ってゼメキスの懸念を否定した。

「ううん、ちょっと所用で席を外してるだけだと思うわ」

 事実、それどころではない。

 シェフィールド家は大騒ぎだったが、それを口に出すほどサキも愚かではない。私事は内密に処理する必要があった。

 挨拶もそこそこに、アウラ・ゼメキスとヘルムートがサキに一礼して神殿から立ち去って行く。


       ◆


 サキと別れたアウラ・ゼメキスが供のヘルムートを連れて、中央大橋を渡ってゆく。

 しばらくは、奇妙な沈黙が続いた。

 周囲を見回すヘルムートの視線が、いつになく鋭い。

 人混みから抜け出て周囲に人影がなくなったことを確認してから、ヘルムートが口を開いた。

「親分?

 サキ姫に、マオ様がご無事だと言うことを伝えなくても良かったのですかね?」

「嘘をつくのは心苦しいが、マオ様から厳重に釘を打たれてるからなぁ……馬が戻ったことで、ダン様は全てを察するはずとマオ様が言われているから、これが精一杯だ」

 アウラ・ゼメキスが、表情を引き締めた。

 いつもの、豪放磊落な豪商としての顔ではない。丁寧な商人としての顔をかなぐり捨てて、出てきた素顔はもう滅多に見せぬ海賊の表情だった。

「これで、ダン様……いや、若旦那にもわかるはずだ。

 マオ様は無事に行方をくらました、万事順調とお伝えしたようなものだからな」

「いえ、心配なのはサキ様達の方で……」

「マオ様から『一切、三人娘達には伝えないように』という厳命だ……その御気持ち、よくわかる」

「そりゃ、まあ……」

 ヘルムートが、少し逡巡してから同意した。ヘルムートは漂泊民天狼の出身だった。"約定"の証を持つサキに問い詰められると、弱いところがある。

「むしろマオ様は、サキ姫が勝手に動き回って王都を引っかき回すことを恐れておられる……まぁ、天狼を動かす"約定"を持ち出されぬよう、その前に事が終わることを祈っておけ。

 しばらくお前は、海賊島の守りを固めるのに専念し、サキ姫の前には出るな」

「ははっ」

 それは、奇妙な会話だった。


       ◆


 サキが、屋敷の裏口から入ったところ、珍しく昼間から人の気配がする。神官の家柄のシェフィールド家では、昼間は神殿のお務めで誰もいないのが常だった。

 だが今日に限って、姉のセアラと妹のスーが珍しく昼間から自宅の居間にいた。セアラとスーが、難しそうな顔をして小机を挟んで向かい合っている。

「あれ? セアラ姉さん、スーちゃんも……どっか体調でも悪いの?」

「母様がいないから、自宅周りの仕事をやるから……っていう口実で、母様の手掛かりを探そうと思って」

「お爺様にお願いして、今日のお務めは早退させてもらったの」

 スーが、言葉を足した。

 サキは、歩き回って疲れた足腰を休まそうと、手近な椅子に腰を降ろした。朝からずっと、広大な王都を歩き通しだった。

「二人増えても、広大な王都中を探すのは無理よ」

「うん、だから神託に頼ってみたの」

 スーが神殿で神託を受け、それをセアラが解釈しようとしている最中だった。

「どんな神託?」

 サキの問いに、スーの表情が曇った。

「それがね……母様の行方を示す手掛かりを求むって祈ったら、奇妙な神託が降りて来ちゃったの」

「?」

「再三、って言葉」

「再三? 三?」

「何か不吉なことが三度訪れる、その三度目って」

 セアラの言葉に、サキの背筋がぴんと伸びた。

「!」

 サキの顔色が、変わった。

(全く同じだわ……やっぱり三だわ)

 老虎でのリュードの銅貨占いと全く同じだったことに、サキは驚いた。

「サキ姉ちゃん?」

 怪訝そうなスーの呼びかけにも、サキは反応しない。

 サキの脳裏に、老虎でのリュードの言葉が蘇ってくる。

(『災厄三現……危機は三度現れる……過去の経験から学べ、か』……もしかすると、リュードの占いって、本当に当たる?)

 初めてリュードに出会った時に、銅貨占いで驚かされたあげくに種明かしをされた時の落胆以来、サキはリュードの怪しげな占いを信用していなかった。

 サキにとっては怪しげなインチキ占いのはずなのだが、実はリュードの銅貨占いは恐ろしく精度が高いのかも知れない。

(あっ!)

 大切なあることに思い至ったサキは、思わず小さな声をあげそうになった。

 普段のリュードの辻占いは、客自身が銅貨を器に入れて器を振ることで銅貨の表裏が決まる。その場合の神託が的中する確率は、三割程度だとリュードは笑う。その神託を、リュードの舌先の技術で客が喜びそうな内容に解釈して、占いが当たったと客に思わせるという。

 だが、リュードが自ら銅貨を投げた場合の占いは、全て的中していることにサキは気がついた。

(グルジェフが化けてた商人ドーンの時も、行方不明になったベリアの行方を占った時も、そしてマテオ・エクトールが巻き起こした事件の時も……リュード自身が、銅貨を投げてたわ)

 同じ銅貨占いでも、リュード自身が銅貨を投げた場合の占いの精度は恐ろしく高い。

(リュードの霊力って、セアラ姉さん達神官並ってこと?)

 霊力が皆無に等しいサキには、リュードの霊力がどれだけあるのか、身近に居ながら考えてみたことがなかった。怪しげな方術士を名乗る、うさんくさい占いとばかり思い込んでいた。

 リュードには、サキに見せたことがない本当の姿がある。

「サキ姉ちゃん、どうしたの?」

 スーの声に、考えに沈んでいたサキが我に返った。

「えっ? 何でもないわよ、ちょっと三って言葉が気になっただけ」

 まさか、場末の怪しげなリュードの辻占いで同じ言葉が出てきた、とは言えない。方術という聖教とは無縁の占いに神官の一族が頼ったことを、神殿で口にするわけにはいかない。母親のマオの耳に入ろうものなら、間違いなく丸一日分の長い説教が待っている。

(もしかしたら……リュードの方術士としての腕前って、ものすごく高度な域に達しているのかも……)

 本物を偽物に見せ掛けるだけの技量がどの域に達しているのか、霊力が皆無に等しいサキには見当も付かない。

(とりあえず、今回だけはリュードの占いを信用してみようかしら)

 今のサキは、母親のマオの行方を掴めるなら、この際リュードのイカサマ占いでもなんでもいいから頼ってみたい気分になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ