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ACT14 天狼の力は、借りられない

 歓楽街として悪名高い黒龍小路は、日暮れから早朝まで活動する真夜中の街だった。天狼が創り上げた街で、王都の護民官の権力が及ばない数少ない漂泊民の街の一つとして知られている。

 天狼との"約定"を継いだサキは、王族の身分にありながら、こんな何でもありの街でも出入り自由だった。だが、こんな街をうろついているところを知り合いに見られたら、どんな悪い噂を立てられるか知れたものではない。サキがこの街を訪れるのは、よっぽどの事情がない限り早朝から昼間に限られる。

「なるほどねぇ……自ら出ていったのか、拉致されたのか……家族に一言もないってのは、解せないわねぇ」

 サキの話を聞き終えたシェルフィンが、少し怪訝そうな表情を浮かべ小首を傾げた。シェルフィンの腰まで届く黒い髪が、シェルフィンの頭の動きにつれて揺れる。

 昼過ぎの黒龍小路の酒楼"老虎"は、閑散としていた。

「父様も変なのよ……母様が突然姿を消したのに、全く驚いた様子も見せないで……もともと、物事に動じないっていうのかのんびりした性格だけど、少しくらい心配しても良さそうなものじゃない?

 王城に行くからって、いつもの調子で出て行っちゃったわ」

「そうすると、お姫さんのお父様は何か知ってる可能性があるわね」

「だったら、一言ぐらい教えてくれても良さそうなものじゃない?」

 シェルフィンが、傍らの席で素知らぬ顔をして酒を呑んでいるリュードに視線を移した。

「リュード、あんたはどう思う?」

「それだけの話の内容だと、普通は夫婦喧嘩で家出、ってオチなんだがな」

「リュード! 父様と母様が、喧嘩なんかするわけないわよ!」

 サキが、リュードをにらみつけた。

「大体が、母様が屋敷の全てを仕切ってて、父様は神官の仕事以外は母様の判断に従っているもの」

 サキが、不服そうに頬を膨らませた。

「いくらお姫さんの頼みでも、王族内のことに天狼は関われないからねぇ」

 シェルフィンの言葉は、予想通りだった。漂泊民の中でも、太古からの叡智を受け継ぐといわれている異能者集団の天狼は、国を持たない。このシドニア大陸のあちこちに住み暮らし、その地の国とは一線を引いて政治には関与しない姿勢が徹底している。

「うん、わかってるわ……闇雲に探し回っても手掛かりがないから、せめてリュードの占いでもあてにしてみようかって思っただけ」

 サキは、懐から銅貨を六枚つまみ出した。

「この際だから、何か探す当てが欲しいの」

 リュードが、苦笑交じりに自分の鼻先を指でかいた。相変わらず、自分の興味がないことには、とことん無精になる厄介な性格だった。

「相変わらず姫さんは、あんまり占いを信じてない口ぶりだが……まぁ、どんな神託が飛び出してくるか、試してみるか」

 リュードの手の中で六枚の銅貨が踊った。左右の手の間を、六枚の硬貨が行ったり来たりする。

 サキは、顔をしかめた。

「毎回、占い方が違うのがインチキ臭いのよね」

 サキの言葉に、リュードが苦笑を浮かべた。

「ああ、これは客を喜ばせる演出だ。占いそのものはいつもの奴だが、目先を変えると客が喜ぶからな」

「結果だけ、教えて頂戴!」

 サキの剣呑な眼光に首をすくめたリュードが、机上に銅貨を放り出した。机上を、六枚の銅貨が回転する。

 一枚、一枚と銅貨が回転を止めて、それぞれがまちまちに裏表を見せて静止してゆく。

「なんだ? この卦は?」

 奇妙な声を出したリュードが、机上に並んだ銅貨を眺める。

「災厄三現……危機は三度現れ……過ちが繰り返される。過去の経験から学べ……か」

「?」

 訴えかけるようなサキの表情を見て、リュードが首を傾げた。

「また漠然とした卦が出てきたなぁ……昔あったような、何かの危機が起きつつあり、それにはサキの母親が関わってるって神託らしい」

「それじゃ、全然意味がわからないわよ」

 サキの抗議に、リュードが降参とばかりに両手を大きく拡げた。

「占いってのは、解釈が難しいのさ。占いそのものはそんなに難しくないが、出てきた神託の意味を読み解くのが難しいから、商売が成り立つんだ」

「だから、この神託の意味はどうなってるの?」

 リュードの弁明を無視して、サキが畳みかける。

「三って数が鍵だな……"蛍火(ほたるび)"が脱獄、(いしゆみ)が盗まれた、サキの母親が失踪……この三つかなぁ?」

「"蛍火(ほたるび)"の脱獄と(いしゆみ)の盗難が、母様に関わっている?」

「今、王都で起きてる奇妙な事件は、そんなもんだろ?

 それか、サキの母親が過去に何らかの危機に巻き込まれてて、それが再び起きたって解釈も出来る」

「母様の過去? そういえば……母様って、何者なんだろ?」

 サキが、思わず考え込んだ。

「何者? 姫さんの母親だぜ。俺が知るわけないだろう」

 リュードが、投げやりに肩をすくめた。

「そりゃ、そうだけど……小さい頃から、顔を合わすたびに叱られてばかりで、母様がどんな人生をどこでどう送ってきたのか、聞いたこともないわ」

 サキの言葉に、リュードとシェルフィンが顔を見合わせた。

「仲の悪い母娘だねぇ」

「だって、物心ついた頃からずーっと叱られてばっかりだもの」

「お姫さんのシェフィールド一族について、うちらも全部知ってるわけじゃないけど……確かマオ・アンガスがシェフィールド家に嫁いで、マオ・シェフィールドに改姓したのよね」

「アンガス? あのアンガス候の娘?」

 サキが、驚いた顔をした。

 シェフィールド家で生まれ暮らしていて、アンガス候との接点は何一つない。

 アンガス家は、ヴァンダール王国の外周を護る有力諸侯の一つだった。東方諸国への入り口となるボーダンに近い所領を持ち、豊かな所領を持っている。ヴァンダール王家を助ける有力諸侯の一つでありながら、ほとんど自分の所領に引きこもったまま、王都レグノリアにも滅多に姿を現さない奇妙な貴族だった。

「アンガス候ってのは、人道楽でね……優秀な人材とかを探し出しちゃ自分の養子にして、あちこちの王族に嫁がせて縁戚関係を結ぶのが得意な貴族なのよね。

 そのくせ、ドロドロとした政治事が嫌いで、ヴァンダール王国を支える有力諸侯の一つなのに、自分の領地から滅多に離れず、王都レグノリアにも滅多に姿を見せないわ」

「そう言えば……グルジェフの罠を見破るために、シーナ・リシャムードがアンガス候の王女リアン姫に化けてたわよね」

 サキがアンガス候と関わりがあるのは、魔除札の盗賊を追った折に、王都レグノリア内にあるアンガス候の屋敷でグルジェフという「魔」と戦ったくらいだった。

 そして、アンガス候の名代として姿を現したリアン・アンガスに成りすましたシーナ・リシャムードと、ドーン・バルザックという怪商人に化けたグルジェフという「魔」と対決した一緒に戦った時に名前を耳にしただけだった。

「儀礼的なやりとり程度はあるけど、シェフィールド一族と親戚付き合いみたいな接点は、全然ないわよ」

 サキが、小首を傾げた。

 確かに不思議だった。自分の娘がシェフィールド家に嫁いだのに、アンガス家との間に接点がほとんどないのもおかしな話だった。

(本当に……母様は、何者なんだろう?)

 サキが、考えに沈む。

 サキが考え込んでいる様子を見て、シェルフィンが取りなすように口を挟んだ。

「まぁ、表立って王家のゴタゴタに天狼は関われないけど……リュードを手伝いに使うくらいだったら、目をつぶってあげるわ」

「シェル姐さん、ありがとう!」

 サキは、表情を輝かせた。

 たとえリュード一人の手伝いだけでも、手掛かりが見つからない今はありがたい。

 リュードの観察力は、サキを遙かにしのぐ。

 直情径行のサキとは、全く違う着眼点をリュードは持っている。

「リュード? 聞いてんのかい?」

 シェルフィンの声に、リュードの返事がない。

 腕を組んだリュードが、机上に並んだ銅貨を眺め続けていた。リュードの青灰色の瞳が、不思議な光を帯びている。こんな不思議な眼をする時、リュードが興味を覚えた証拠だった。

「リュード?」

「災厄三現、ね……なんか、ややこしい騒動が起きそうだな」

 リュードの青灰色の眼が、好奇心に輝いている。

 万事において物ぐさなリュードだが、興味を示した事に対しては、寝食を忘れて没頭する奇妙な癖がある。

「リュードがやる気を見せてくれたのはうれしいけど、大事の騒ぎだけは勘弁して欲しいわよ」

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