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ACT13 マオの失踪

 マオの姿が、シェフィールド屋敷から消えた。

「厩から、母様の愛馬が消えてるわ」

 セアラの表情が曇った。

 誰かが連れ去ったのではなく、自らの意志でシェフィールド屋敷からどこかへ出掛け、何か騒動にでも巻き込まれたとしか思えない。

「母様の部屋着とか、きちんと畳んで部屋に残されてるわ……旅行用のマントとか、旅の衣装が消えてるから、明らかに母様の意思で屋敷から姿を消したとしか……」

 屋敷の中を隅から隅まで調べていたスーが、不安そうにセアラに報告した。スーは、今すぐにでも泣き出しそうな表情だった。

「何か、書き置きとかは?」

「残ってないわ」

 マオが屋敷から姿を消したことで、シェフィールド屋敷中が早朝から大騒動になっている。

 サキは、神殿の森を一周して戻ってきたばかりだった。神殿の森にも、神殿にもマオの姿も気配もない。

 奇妙なことに、ダンは冷静だった。

「そうか」

 セアラからの報告を聞いても、ダンは小さくうなずいただけだった。

 元々、サキの父親ダンは、常に冷静で物事にあまり動じないところがある。生来の性格で、おっとりしているのかのんびりしているのかはわからないが、マオが消えた報告にも驚いた様子もない。

「まぁ、そのうち戻ってくるだろう。

 いつも通りに落ち着いて、マオが戻るのを待ってなさい」

「父様ぁあ!」

 サキが非難めいた声を上げても、父親のダンは顔色一つ変えなかった。

 サキの罵声を背中で聞き流し、淡々と外出の支度をしている。

 きちんとした正装に身を包んだところを見ると、王城へ出掛ける様子だった。

「……戻ってくる刻限はわからないから、お前達は私の帰りを待たなくていい。

 夕餉の支度は不用だ……下手すると、今夜は戻らないかもしれない」

 朝食もそこそこに、ダンはそのまま厩から愛馬を曳いて出掛けてしまった。

「お爺様? 叔父貴?」

 サキは、出掛けてしまったダンを追いかけるのをあきらめ、矛先を祖父のアモンと叔父のカロンに向けようとした。

 だが、神官長で祖父のアモンと叔父のカロンは、それどころではない様子だった。悠然と王城に出掛けてしまったダンとは裏腹に、早朝から二人の動きが慌ただしい。

 冷静というより、それどころではない別の騒動が起きたらしい。

「カロン、武衛府のカイ・ボルトのところへ、この書状を大急ぎで届けてくれ」

「神官長は?」

「大聖堂で、神託を受ける」

 短く言った神官長のアモン・シェフィールドが急ぎ足で神殿の大聖堂に出掛け、手紙を託されたカロンも屋敷から飛び出していった。

 屋敷に残されたのは、母親が行方知れずになって動揺している三姉妹だけだった。

「父様も、お爺様も、叔父貴も、ずいぶん薄情じゃないのさ?

 母様が行方知れずになったっていうのに、お務めが優先?」

 サキが、不服そうに頬を膨らませた。

「きっと、何か大きな事件が起きてるみたいね……神官長のお爺様までが慌てて動くのは、ただ事じゃないもの」

 セアラが、表情を引き締めた。

「せめて、一言ぐらい何が起きているのか教えてくれてもよさそうじゃないの?」

「とりあえず、父様が言う通り母様が戻るまで、しばらく様子を見るしかないのかしらね」

 セアラの言葉を背に、サキは無言で大刀を腰に佩いた。

 戸棚から、いくつかのパンと果物を掴んで懐に放り込む。

「ちょっと、サキ? あなたは、何をしようと?」

「父様達が母様を探さないなら、あたしが探す!」

 サキは、マオの行方を追って街へと飛び出した。


       ◆


(何者かが屋敷に侵入して母様を拉致したのなら、いくら夜中でもあたしが気がつかないはずはないし……やっぱり、自らの意思で姿を消したのかしら?)

 大見得を切って街へ飛び出したものの、サキのマオ探しは難航していた。運河沿いの道を行ったり来たりしたあげく、マオが立ち寄りそうなバザールまでも覗いたが、空振りだった。サキの探索力でも、マオの足取りは一向に掴めない。

(でも、母様はなぜ、屋敷から何も言わずに出ていったの?)

 探しあぐねたサキは、護民官の知恵を借りることに思い至った。

 サキが天狼との"約定"を継いだ頃は、何かとサキの妨害をしてくれた天狼嫌いで鳴る護民官長のデュラン候も、最近は態度が軟化している。

 息せき切って護民官庁に飛び込むと、庁舎内は妙に閑散としている。長官のデュラン候も出払っている。

「あれ? 長官のデュラン候は?」

 警備で庁舎の前に立つ顔なじみの護民官に尋ねると、大きなため息が返ってきた。

「ほとんどの護民官は、"蛍火(ほたるび)"探しに駆り出されて、皆が大騒ぎですよ」

「"蛍火(ほたるび)"? この間、あたし達が捕まえたばかりじゃないのさ?」

「一昨日の夜に、牢を破って逃げたみたいで……二十人が、揃って消えたそうです」

「えーっ!」

「サキ様も、心当たりがあったら、是非知らせて下さいよ」

 護民官は、逃げた"蛍火(ほたるび)"捜索で大騒動になっている様子だった。護民官長のデュラン候までもが、出払っている。マオ探しを頼み込むつもりだったサキの目論見は、あっさりと外れた。

「頼みの綱は、武衛府かなぁ」

 サキの足は、さらに武衛府へ向かった。護民官庁のあるお役所が集まった広場を抜け、さらに王城に近い地区に武衛府はある。

 だがその武衛府も、別件で大騒ぎになっていた。

 残っているのは、非番だったのに留守番に駆り出されたジェム、ベリア、キーラ兄弟の悪ガキどもくらいだった。

「うちも、ほとんど総動員ですよ」

 講武堂の若者達も、捜索に駆り出されているという。

「こっちも"蛍火(ほたるび)"探し、かしら?」

「"蛍火(ほたるび)"? この間、俺達が捕まえたじゃないですか?」

「一昨日の夜、牢獄破って逃げたんだって……おかげで、護民官は大騒ぎになってるわよ」

「ありゃ、まぁ……せっかく、俺達が手柄立てたのになぁ」

「そっちにも、護民官から応援依頼来てないの?」

「こっちはこっちで、別件で大騒動になってます」

「?」

 怪訝そうなサキの顔を見て、周囲を見渡して他人の気配がないことを確認したジェムが声を潜めた。

「一昨日の夜、新式の(いしゆみ)が盗まれたんです」

「盗まれたぁ?」

 サキの声が裏返った。

 新式の(いしゆみ)の試射には、サキも招待されて見学している。

 その驚くべき射程と破壊力も、その場で見ていたから承知している。

「下手に悪用されたら困るので、武衛府の若手までも駆り出されて、探索に当たってます……俺達も、早朝から、練兵場から王城地区へ出る道をしらみつぶしに調べて、さっき戻ってきたばかりで……俺達と入れ違いに、別の班が王都に探索に駆り出されてて……俺達の班は、今度は留守番です」

「王都から、外に持ち出された形跡は?」

「昨日の明け方に新式の(いしゆみ)が紛失したことが発覚して、まず真っ先に王都の外周を守る城門の警備を強化しました。

 荷物を全部調べる臨検のおかげで、王都から外に出てゆく荷馬車が、長い行列を作ってます」

「あんなでかいの、どうやってどこへ移動させたっていうの?

 雄牛並みのデカ物よ……どこに、隠すって言うの?

 そもそも、あんなでかいの、どこへどうやって移動させたっていうの?」

 傍らのベリアが、考え考えしながら口を開いた。

「俺達も、そこが疑問で……今、どんな可能性があるのかを考えていますけど……下町にも顔が広いサキ姐さんも、何か掴んだら知らせて下さいよ」

「そりゃ、何か掴んだら知らせるけど……」

 サキは、軽い頭痛を覚えた。

 母親のマオが屋敷から消えた、捕まえて牢獄に放り込んだ"蛍火(ほたるび)"が牢を破って消えた、王家の新式の(いしゆみ)が盗まれた。探さなければならない厄介事が、三つに増えた。

 武衛府を出たサキは、早足で運河沿いの道へと出た。

 ぽつり、ぽつりと小雨が降り出したのに気がつき、サキは上空を見上げた。

「あれ?」

 いつの間にか、陽光が雲に隠れている。その代わりに、頭上にいくつもの雲が浮かんでいる。初秋から晩秋にかけては、王都レグノリア近辺は天気が変わりやすい。

 天気が変わりやすい秋の季節が終われば、すぐに冬の訪れだった。

 間もなく、街中が冬支度に入る頃だった。

 リュードを探そうと、サキは中央大橋の近く運河沿いの道にある辻占いの露店を探した。

 だが、すでに店じまいしたのか、いつもの場所に露店はなかった。

 リュードの露店は、折りたたみできる小さな机と椅子だけだった。万事において物ぐさなリュードは、天気が悪いとさっさと店じまいしてしまう。

「まだ、小雨じゃん!」

 サキは、小声で毒突いた。

 昼間からさっさと店じまいした後のリュードの行き先は、おおよそ見当がつく。

 黒龍小路の老虎で、陽が落ちる前から飲んだくれているはずだった。

「まったく、肝心な時にいないんだから」

 怒りつつもサキの足は、黒龍小路に向いていた。

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