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ACT12 三体の石像

 その朝、神殿前の参道広場で大騒ぎが起きていた。

 朝食も早々に、サキも参道広場に駆り出されている。

「誰かのイタズラだと思うけど……イタズラにしちゃあ、手が込んでるわね」

 サキが参道前の広場に、奇妙な形に並んだ神将像達を眺める。

 参道広場を取り囲む雑木林の周囲に何十体もある石像は、信者が寄進したものだった。聖教の絶対神アグネアを守護する、地水火風の四派の神将を模した石像達だった。小さな神将像は一抱え程度の小さなものだが、大きなものは人の背丈より大きい。

 そのうちのひときわ大きい三体が、参道広場の真ん中に整然と並んでいた。

「真夜中に、誰かが担いで運んだのかしら?」

 珍しい光景に興味を覚えたのか、絵心のある末妹のスーが、その情景を羊皮紙に描き写している。

「こんなに重い石像が、勝手に動き出すはずがないわよ!」

 妖魔とかオバケの類いと相性が悪いサキは、自分に言い聞かせるように強く否定した。

「あたしも、そんな話は聞いたことがないわ」

 サキの言葉に、セアラも同意した。

 だが、サキは胸騒ぎを覚えていた。

 ついこの間、"角笛の岬"で神将像が動く怪異を経験したばかりだった。しかも、事件は解決したとはいえ、神将像が何故動いたのかは、わからないままだった。

(まさか、ね)

 サキは、心の中で小さく舌打ちをした。

 霊力が皆無に等しくオバケの類いが大嫌いなのに、怪異現象に巻き込まれてしまう自分の運命が恨めしい。

「どーせ、酔っ払った大馬鹿者共が、悪ふざけで夜中に動かしたに決まってるわよ! 今度、そんなイタズラしてる現場を見つけたら、とっちめてやるわ!」

「でも、サキ姉ちゃん?

 酔っ払ってやったにしては、こんな重い石像をずいぶんと正確に並べたわよね」

 スーが、冷静に指摘した。

 確かに、奇妙なのは石像の並び方だった。

 三体の石像が、同じ方向を向いて整然と等間隔に一列に並んでいる。

「お店の前で、行列作ってるみたいね」

 羽根ペンを動かしながら、スーがクスッと笑った。

 その時、背後で誰かが大きく息を呑む気配がした。

 サキが振り向くと、背後にマオが立っていた。サキが見たことがないような、ものすごい眼光でそれを見つめている。

「母様?」

 サキの声に我に返ったマオが、やっと表情を和らげた。

「母様、どうしたの?」

「ううん……あんまりにも奇妙な光景だから、ちょっと驚いちゃっただけよ」

 いつものおっとりとした声だが、マオの表情がどこかさえない。

「とりあえず、後で神将像を元の場所に戻さないとね。

 さぁさぁ、三人ともお務めに戻りましょ」

 マオに促され、姉のセアラと妹のスーが神殿への石段に向けて歩き出した。

「これも、あたしの仕事かなぁ……何人集めれば、元の場所に戻せるのかなぁ」

 振り向いて神将像を眺めたサキは、小さなため息をついた。叔父のカロンも身の丈六尺を上回るかなりの体格だが、それより二回りも大きい。

 サキ一人が、石像を担いで元の場所に戻せる重さとは思えない。

「まぁ、神域での騒動は、あたしの縄張りだしね」

 サキは、同僚の神殿警護官達に混ざって、神殿広場の周囲を調べ始めた。

 ふと、人の気配を感じサキが視線を巡らせると、視界の隅にマオの姿が映った。

 神殿前の運河沿いの道を、上流方向に歩いている。どこかへ出掛けるのか、足早にゆくマオの姿が人垣に消えた。


       ◆


 マオの足が止まったのは、王都の北側の運河とエラース大河が分流する長い石橋のたもとだった。二十数年前に、この橋を通り王都レグノリアへ入ったマオはこの都に残った。だが、この橋から再び旅立った仲間を見送った場所でもある。

 マオにとっては、思い出のある場所だった。

 そして、三体の石像が向いていた方向から推測して、マオに心当たりがある場所はここ以外にはない。三体の石像……その三という数は、救いを求める仲間内の合図だった。

 人の流れが途切れるまで、マオは静かに河の水面を眺めていた。

 二十数年前と違い、王都は発展している。寂れていたこの辺りも、通行人の流れがにぎやかだった。

 人影が途切れた一瞬、振り向いたマオが傍らの雑木林を透かし見た。マオの青い眼が、鋭く輝いた。

「そこにいるんだろ? 呼び出しといて、こそこそ隠れてるってのは、どういう了見だい?」

 マオらしからぬ、乱暴な言葉使いだった。

 普段、シェフィールド家で見せる丁寧な言葉使いではない。

 まるで、船乗りが使うような荒々しい男言葉だった。

 雑木林で、気配が揺れた。

「すみません、ちょっと疑り深くなってまして……本当にお一人で来られるか、心配してまして」

 木陰から、人影が顔を出した。フードからのぞいた素顔は、マオより数年は年上の壮年の男だった。

 灰色の双眼が、依然として鋭い視線で周囲を警戒している。

「シンバ・マズロー……生きてたのかい?」

「へぇ、おかげさまで何とか……"蛍火(ほたるび)"の連中も、何とか全員が生き残っておりやす。

 マオ様も、ご壮健で何よりで」

「お世辞は不要だよ……あんな大仕掛けで呼びつけるんだから、それ相応のことなんだろ?」

 マオの口調は船乗りのような伝法な調子だが、かつての仲間に対するような親しげな響きがあった。

「はっ……実は……アルバ・クロフォードが、このレグノリアの都に姿を現しました」

「!」

 アルバ・クロフォードという名前を耳にした途端、マオの表情が一変した。その表情はいつになく険しく、その双眼が強く輝いた。

「あんた達は、マーレで何をしてた?

 傭兵としてマーレに雇われたって話を、風の噂で耳にしたけど」

「はい、マオ様がヴァンダールに恭順の意を示した時、マオ様のお誘いをお断りして、我らは別の道をゆきました。

 アストレアを滅ぼしたマーレに従うことで、マーレの内部からアストレアを滅ぼした顛末を探り、黒幕の正体を暴くことに賭けました」

「まぁ、あんた達は虚実変幻自在な連中だからね……噂されるようにマーレに懐柔されたとは、思わなかったけどさ」

「マーレが支配したアストレア領内の反乱鎮圧の手伝いする口実で、マーレの手先に化けておりました」

「ふーん」

「一人として殺めないで必要な情報を得ることで、うまいことマーレにもぐり込んだのですがね」

 シンバが、語り始めた。

 それを、マオが無言で聞いている。

(いしゆみ)を盗んだ?」

「脱獄の条件で……どういう手を使ったのか、アルバ・クロフォードの手先のジルドが獄中にもぐり込んでまして……マーレ王国でアルバが我々"蛍火(ほたるび)"とのつなぎに使ってた奴でしたので、間違いございません」

 シンバが、言葉をつなぐ。

「廃倉庫を焼き討ちした集団は、アルバ・クロフォードらしき男が指揮をとっておりました……残念ながら、我らは闘う術を持っておらず、追尾にとどめましたが」

「……」

 マオは、しばらく無言だった。雑木林に隠れるシンバの方へは視線は向けず、ただ大河の水面の方へと視線を送っている。

「……わかったよ」

 長い沈黙を破ったのは、マオだった。

「とりあえず、あんたらをどっかに隠さなきゃなんないか……」


       ◆


「御館様? ちょっと、お話があります」

 マオが、ダンにだけ聞こえるように、小声でささやいた。

「娘達に気がつかれないよう、私の愛馬は屋敷の裏の厩から、昼間のうちに神殿の裏手に移動させてきました」

「?」

 ダンの前に姿を現したマオの装束に、驚いたダンは慌てて立ち上がった。

 頑丈そうな上着に革の短衣を身にまとい、旅行者用のマントを身にまとった姿は、まるで隊商の護衛を務める鏢師のような姿だった。

 サキの男っぽい装束を非難しながら、マオはサキ以上に荒くれ者共の姿に近い。

 そして、手にしているのは鮮やかな紅色に染められた長い布だった。サキ達神殿警護官が腰に巻く緋色のサッシュよりも濃い赤色が、燭台の炎に反射して輝く。神殿でのマオの服装は、常に目立たぬ暗色系が多い。マオが鮮やかな紅い色を身に付けるのは、もう二十数年もなかった。

「御館様と知り合って、もう二十数年……本当に長い間、シェフィールド家にはお世話になりましたわ。

 今生のお別れになるかも知れませんので、先にお別れの御挨拶をさせて頂きますわ」

 マオの喉元で、白金の海竜をかたどった首飾りにはめ込まれた緑色の霊石が微かに光った。

「おーい、いったい何が起きた?」

 ダンは、まだ状況を把握していない。

 マオが、表情を改めた。シェフィールド家ではかつて見せたことがないような、マオの厳しい表情だった。

 マオの青い眼が、鋭い輝きを見せている。

 マオの迫力に押され、思わずダンが居住まいを正した。

「二十五年前のお約束、お忘れでしょうか?

 二度と起こりえないとは思っておりましたが、現実のものとなりました」

「話が、飛びすぎてないかな? もうちょっと、わかりやすく説明してもらいたいんだが?」

「私の家族を殺し、アストレアの民を離散させた売国奴、アルバ・クロフォードがこの都に姿を現しました」

「!」

「恐らく、この都に、二十五年前の災厄を再び巻き起こそうという魂胆でしょう……それだけの証拠が、手元に集まっております」

 二人の脳裏に、二十五年も前の出来事が急激に蘇ってきた。

 アストレアの大荒野での出会い、冒険、そして無二の相棒としての信頼……それは、二人に共通した忘れられない記憶だった。

 ダンは、全てを悟った。

「そうか……だが、別に今まで通りに暮らしながらも、奴の陰謀を探ることも出来るだろう? あの頃と違い、命を張ってくれる仲間も減っているだろうに」

 だが、マオの決死の覚悟を前にして、止めることは不可能だった。

「シェフィールド家には、迷惑をかけたくありません」

 マオが、ぴしゃりと言い切った。

「特に、セアラ、サキ、スーには絶対に秘密にしておいて下さいませ」

 その言葉の重さに、ダンは黙らざるを得なかった。

 はるか昔の約束だが、ダンはマオの要望を断れない事情があった。

「私に、出来ることは?」

「御館様には、王家との大切な調整のお役目がありますわ……平和ボケしているヴァンダール王家を護れるのは、御館様だけでしょう?」

「わかった、明日の朝一番に王城へ行って、国王陛下への謁見をお願いしよう」

「では、御館様とはこれでお別れです」

 マオが、そっと扉を開いて室内から風のように姿を消した。

「マオ? お前は、依然としてシェフィールド家の一員だ。

 いつでも、戻ってこい」

 ダンの言葉は、静かに閉ざされた扉の向こうに届いたかわからない。

 マオの気配が消えてから、ダンは父親の神官長アモン・シェフィールドとダンの弟で神殿警護長官のカロンを叩き起こすべく、そっと部屋を出た。


       ◆


 すでに、真夜中だった。

 そんな真夜中に、一頭の馬が人通りの途絶えた運河沿いの道を駆け抜け、港湾地区のゼメキスの波止場に入ってきた。

 ゼメキスの大きな商家の前で手綱が強く引かれ、馬が鋭くいなないて停止する。鞍上の人物が、軽い身のこなしで鐙を利用して地上に降り立った。

 ゼメキスの広大な商家は、こんな深夜でも常夜灯が周囲を明るく照らしている。

「こんな刻限に、何か御用でしょうか?」

 商家の扉が開き、ゼメキスの商家で船乗りを務めるルタン・バードの巨躯が、のっそりと出てきた。赤銅色に日焼けし、鍛え上げられたその身体は六尺を遙かに上回り、胴回りも木樽のように太い。長年の船乗りとしての重労働で鍛えられた手足の筋肉も、銅線を撚ったような凹凸を浮かび上がらせている。

 言葉使いこそ丁寧だが、もし暴れたら手に負えない膂力を秘めた男だった。

 そんなルタン・バードは、不審者を警戒する表情で、目の前に立った細身の人影を透かし見る。

 来訪者は、目深に被っていたフードをそっと外した。

 フードを下ろした素顔が、玄関の常夜灯の光の中に浮かび上がる。

「えっ?」

 相手の正体に気がついたルタン・バードの顔色が、大きく変わった。反射的に姿勢を正し、王城の近衛兵並みの直立不動を見せる。

「お久しぶりねぇ」

 マオの声だった。

 声音は柔らかいが、ルタン・バードにとっては猛獣使いの鞭の音に聞こえてしまう。身に焼きついた習慣は、三十年近く経った今でも消えない。

「はっ……大親分……いえ、マオ様もご壮健で何よりで」

 思わずの失言に反射的に肩をすくめ小さくなったルタン・バードを見て、マオが氷のような冷たい微笑みを浮かべた。

「今度、大親分って口走ったら、お仕置きね」

 マオの言葉に、ルタン・バードが身をすくめた。

「へぇ……すみません、つい」

「使いっ走りのルタン坊やが今じゃ、いっぱしの船乗り……お互いに、歳を取ったわぁ」

「坊や……まだ、坊や扱いですかぁ」

 ルタン・バードが顔をしかめた。

 マオが、艶然と微笑んだ。

「あの時は十歳? 十一歳?」

「九歳でした」

「あの頃の、ルタン坊やの印象が強くってね……つい、坊や扱いしちゃうのよ」

「そりゃ、まぁ……でも、人前で坊やは勘弁願いますよぉ」

 マオの微笑みに、ルタン・バードが苦笑した。

「ちょっと、込みいった相談事があってね……大至急、アウラとヘルムートを呼んで頂戴」

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