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ACT11 影法師の夢

 目の前を、無数の鬼火が乱舞している。

 やがて無数の鬼火が一カ所に集まり始め、一人の姿になってゆく。鬼火が、人影のような姿へと変化してゆく。

 鬼火の人影が手にした弓が、静かに構えられた。その弓矢も、鬼火が創り上げたのか緑色に輝いている。

 弓の弦が、大きく引き絞られた。

 サキは、それを魅入られたように眺めている。

 弓鳴りの音と共に、矢が放たれた。

「!」

 危険を感知し、サキが反射的に大刀を鞘から抜いた。

 サキめがけて、勁烈な勢いで緑色に光る矢が襲いかかってくる。

(うわっ!)

 サキのすぐ脇を、矢がかすめた。

 ギリギリで矢を回避したサキは、大地に身を投げ出した。

 すぐに、二の矢が飛んでくる。

 とっさに、大刀の刃を寝かせた。幅広の柳の葉に似た弯刀の刃を寝かせ、矢を受ける。火花を散らして、滑った矢尻がサキの身体をギリギリで外れる。

 立て続けの、弓矢の連射だった。

(立ち止まったら、危ない!)

 サキの本能が、危険を告げている。素早く側方に身体を滑らせ、視界の外から矢を射ってくる射手の狙いを外す。

 ひときわ大きな矢が、飛んできた。

 騎士の槍並みの長さの大矢が、サキめがけて襲いかかる。

(避けられない!)

 反射的に、大刀を正面に構えた。

 大刀の刃と矢尻が衝突し、火花を散らす。

「!」

 サキは飛び起きた。

 自分の寝床だった。悪夢にうなされていたせいか、寝間着が不快な汗で湿気っている。

 上半身を起こしたサキは、しばらく夢の出来事を考え込んでいた。

 サキは、大きく息を吐き出した。

(夢、かぁ……でも、何だったんだろ?)

 サキが、暗闇の中を見つめる。

 夜通しの鍛練のおかげか、サキは常人よりも遙かに夜目が利く。

 傍らのティムの金目銀目が、星明かりを反射して怪しく輝いている。

 サキは、大きく息を吐き出した。

(王家の練武場で新式の(いしゆみ)の試射を見たのが、この夢に関連してるのかなぁ?)

 思い返しても、つくづく奇妙な夢だった。

(鬼火が集まって人の姿に変じて、弓矢で攻撃してくる……)

 サキの夢に出てくる影法師はいつものことだったが、このような不思議な夢を見ることはあまり記憶にない。

「今度の宿題は、矢留かぁ……」

 サキには、刀術の師はいない。

 柳の葉のように柔らかく彎曲した片刃の大刀など、このヴァンダール王国に扱える者がいない。シドニア大陸の遙か東方諸国の騎馬民族が馬上で使うような、全長四尺に及ぶ大きな刀だった。

『この刀と早く友達になりなさい』

 サキの祖父に当たる神官長のアモンは、神殿の宝物庫から七歳になったサキがこの大刀を選んだ時に、そう示唆しただけだった。

 それ以来、サキはこの大刀を唯一の友として肌身離さずに、この大刀と生活している。

 サキは、この愛刀を自由自在に扱えるように、まるで何かに取り憑かれたかのような不眠不休の鍛練を続けてきた。

 そんなサキにとって師匠といえるのは、毎夜のようにサキの夢に出てくる影法師が唯一の存在だった。

 サキが刀術の工夫に明け暮れている時に、夢の中に姿を現した影法師が見せる技をなぞることで、サキの刀術の腕前は上達した。

 百年近く前のこの大刀の元の持ち主、レオナ・リシャムード姫の亡霊が影法師の正体だったことを悟ったのは、つい半年ばかり前の出来事だった。

 霊力が皆無に等しく、魑魅魍魎、妖魔、オバケの類いが一切駄目なサキにとって、この影法師の師匠だけは、別だった。夢の中でサキが見たことがないような技を披露する影法師に対して、不思議なことに恐怖感は抱かない。

 だが、毎夜のようにサキの夢に出てくる刀術の師である影法師には、情け容赦がない。毎夜のように、サキに刀術の課題を次から次へと出してくる。

 その課題を何とかしないと、さらに課題の難度が上がるので、サキはおちおちと眠ってもいられない。起きているんだか寝ているんだかわからない状態が、十年も続いている。

 そして、深夜の影法師の夢が示唆したのは、飛来する矢を大刀で打ち落とす矢留の課題だった。


       ◆


 大刀を腰に佩いたサキは、こっそりと屋敷の裏口から外へ出た。

 背後を振り返ったサキは、寝静まった屋敷の方へと視線を移した。

 だが、屋敷の一階にある両親の部屋には、小さな灯りが見えた。

(やばい、まだ父様と母様が起きてる?)

 夜中に屋敷の周囲を徘徊しているのがばれたら、また説教が待っている。

(母様、いつ眠ってるんだろ?)

 サキは、どこからかマオに見られているような気がして、小さく身をすくめた。

 暗闇の中、サキはそっと物音を殺して雑木林の中の小径に足を踏み入れた。深夜とはいえ、頭上には雑木林の梢越しに、満天の星がきらめいている。夜目が利くサキには、足元を探るのは容易だった。

 石畳が敷き詰められた、小さな裏庭だった。傍らには、神殿の森からわき出す清水がたまる石組みの小さな泉がある。

 サキが、夜通しの刀術の鍛練によく使う空間だった。

 大刀を腰に佩き、満天の星々が瞬く夜空を見上げる。星の位置を見ると、夜明けにはまだ二刻はある。

「矢留、ね」

 サキは、小さくため息をついた。

 深夜の鍛練の項目が、一つ増えた。

 サキが、大刀の柄に手を掛けた。そっと、呼吸を整えその場にたたずむ。サキの全身の感覚が、研ぎ澄まされてゆく。

 秋の夜風が、神殿の森の中を吹き抜ける。

 不意に、強い風に枝が揺られ、樫の木からドングリが落ちてきた。

「!」

 頭上から落ちてきたドングリを、大刀が弾いた。

 サキが放った殺気に驚いた鳥が、樹上で驚いて羽ばたいた。

 すでに、サキの眼には周囲の光景が映ってはいない。

 サキの脳裏には、夢に出てきた光景が蘇ってきている。現実の光景と重なった緑色に輝く光の矢を、大刀で迎え撃つ。

 サキは、脳裏に浮き上がった矢の軌跡に応じて位置を変えながら、大刀を振るう。

 百年も昔、かつてレオナ姫がこの大刀を愛刀にしていた頃、柄頭に埋め込まれた宝珠は真紅に輝いていたという。だが、霊力が皆無に等しいサキが新しい持ち主になった時には、その霊石は透明な済んだ輝きになっていた。霊力に反応し色を変える霊石らしいが、サキが見る時は、常に透明な無色の霊石だった。

 サキの動きに応じて大刀が、縦横無尽に空気を切り裂く。

 いつの間にか、大刀の柄頭に埋め込まれた宝玉が、微かに赤みを帯びた輝きを見せている。

 だが、サキにはそれにも気がつかない。

 十年にも渡る激しい深夜の鍛練が、再び始まった。


       ◆


 神殿警護官の詰め所に向かうには、まだ少し早すぎる刻限だった。

 腹を空かせたサキが、朝飯を食べようと屋敷に戻ってきた。深夜の鍛練も、たいした成果がなかった。飛来する矢をどう防ぐか、勝機が見いだせぬまま、夜が明けてしまった。

 弓矢も距離や、弓の張り方の強さで軌道も飛来する速さも変わる。まして、連射されるとサキにはお手上げだった。二、三射の矢はかわせても、雨あられと無数に飛来する矢を完全に防御する方法が思い浮かばない。

(我ながら、未熟だよね)

 サキは、影法師の夢に出てきた宿題を考えながら、こっそりと屋敷の裏口へ回った。

(やっばいッ!)

 だが、こっそりのつもりが、裏口から出てきたマオと遭遇してしまった。昨日の母娘喧嘩以来、顔を合わせていなかった。サキは夜中にこっそり帰宅し、セアラが用意してくれていた夕食をそそくさと食べ、寝入りばなに影法師の夢に叩き起こされて、深夜の鍛練をしていたから、マオとまだ和解していない。

 だが、マオは昨日の険しい感情をどこにも残していない。いつもと同じ、おっとりとしたマオの態度だった。

「おはよう、サキ」

「おはようございまーす」

 早い、と言うよりサキはろくに眠っていない。

 深夜から徹夜で刀を振っていたと知られたら、また、どんな説教を喰らうか知れたものではなかった。

 小言を頂戴しないように、サキは小さくなってマオとすれ違った。

 すれ違いざまに、マオの唇が小さく動いた。

「夜くらいは、ちゃんとお眠りなさいな……寝不足でぼんやりしていると、神殿警護のお務め中に不覚を取りますわよ」

「!」

 サキは、首をすくめた。

(やばい、母さんにバレてる)

 だが、マオはそれ以上何も小言も言わず、箒と篭を持って立ち去ってしまった。

 立ち止まって振り向いたサキは、マオの後ろ姿を複雑な表情で見送った。

 サキの心の内にある両親に対する感情は、かなり複雑なものだった。

 その破天荒な行状で、小さい頃から叱られてばかりいるサキは、両親と折り合いが良くない。

 悪いのは、間違いなくサキの方だった。

 だが、難しい年頃のせいか、サキの中には両親に対する反発と愛情が混在している。

「サキ、あなたが食べないとお片付けできないわよ」

「あっ、ごめん!」

 厨房からのセアラの声に、サキは慌てて食堂に飛び込んだ。

 家族は、もう朝食を済ませている。

 いつものように、サキ一人の食卓だった。

 神殿警護官の詰め所に向かう刻限まで、あと半刻余り。サキは急いでパンを手にした。


       ◆


 マオは、長柄の箒と篭を持って雑木林に入った。雑木林の間にある細い小径を抜けると、雑木林の奥に石畳の空間が拡がっていた。

 つい先刻まで、サキが刀術の鍛練に使っていた広場だった。

 傍らに小さな人工の泉があり、神殿の森からのわき水が流れ込んでいる。

 マオは、掃除を始めた。

 落ち葉を片隅に寄せて篭に入れる。

 落ち葉も乾燥させればかまどの火口に使えるし、腐らせれば畑の肥やしに使える。

 質素を旨とするシェフィールド家では、ほとんどが自給自足だった。

 使用人もいないため、屋敷周りの雑用も一家総出でこなしている。シェフィールド家の所領から戻ってきたばかりのダンとマオも、旅の疲れを癒やす暇もなく屋敷周りの雑事をこなすのが常だった。

 一通り枯葉を片付けたマオは、ふと掃除の手を止めた。

 不意にマオは、持っていた箒を両腕で頭上に挙げて構えた。両手の中で長柄の箒が風車のようにくるりと回転し、風を切る鋭い音が響いた。マオの頭上、前後左右を箒が峻烈な早さでなぎ払う。

 箒が、突然ぴたりと止まった。

 箒を大上段に構えたマオの両目が、鋭い輝きを見せた。

 その瞬間、箒から強烈な殺気が放たれた。サキの比ではない強烈な殺気に、森の木々が揺れた。雑木林をねぐらとする鳥達が、その殺気に驚いて一斉に飛び立った。

「もう、二十年……」

 マオの口から、奇妙な言葉が漏れた。

「久しぶりだものねぇ……ちょっと腕が鈍ってるわ」

 箒を降ろしたマオは、何事もなかったように掃除を再開した。

 マオが見せたそれは、長柄の戦斧を馬上で扱う特殊な操法だった。


       ◆


 鋭く鳴き叫びながら一斉に鳥が飛び立った衝撃で、早朝の涼しい空気が大きく震えた。

「えっ? 何? 今の?」

 朝食のパンをくわえたまま、サキが顔をあげた。

 大きく開け放った食堂の窓の外を、思わず振り仰いだ。

 足元で、ティムがぴくりと耳を動かし、餌皿から顔をあげる。

 立ち上がったサキが、窓から身を乗りだすように窓の外を見る。

 神殿を取り囲む森の全域で、鳥の大群が雲霞のように舞っている。しばらく鳥の騒々しい鳴き声と音が響いていた。

 サキの脇から白毛のティムがひょっこり頭を出して、サキと同じ方向を見あげる。

「何だったんだろ? 鷹でも襲ってきたのかしら?」

「お行儀が悪いわよ」

 厨房から顔を出したセアラの叱責が、サキの背中に飛んできた。

 首をすくめたサキは、くわえていたパンを慌てて飲み込んだ。

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