#41
10月3日 夜
オスカー・ローランド
共和国某所 軍刑務所
いくら俺達が問題を起こした囚人兵だとしてもタダ飯を食わせて貰える訳じゃない。
ましてやそれが戦時下なら尚更だ。
フランカの暴走を止められなかった俺は2-2部隊指揮官から外され、今は懲罰兵として刑務作業に従事する身となっている。
俺の配属された作業場に連日運ばれてくるのは各地の戦線で損傷した銃器、戦車、大砲・・・果ては銃剣まである。
それらをいくつかの区分に分かれて整備・補修を行うのが俺達の刑務作業だ。
そんな作業にも慣れてきた頃、俺は突然刑務官から呼び出された。
手錠をかけられ、連行された一室。
そこには既にコッチ少佐と数名の幹部の階級章を付けた士官が居た。どれも佐官、コッチ少佐と同格あるいは上の階級ばかりだ。
「座って」
名前も知らない士官の声に俺は少佐の隣の椅子に座る。
「さて、君たちを呼び出したのは他でもない。君ら、いや・・・あの『女の子』を含めた君達の今後についての事だ」
「こちらも多忙な身でね。シンプルに話を進めさせてもらうよ。」
少しの沈黙。
「コルネリウス少佐、ローランド軍曹、君達に汚名返上の機会を与えたいと我々は考えている。もちろん君達の部下であるあの『女の子』にも、だ。」
『フランカにも、ですか?お言葉ですが彼女は経歴が特殊でしてー』
「軍曹。今は戦時下だ。祖国の盾となるのならば誰の経歴であろうと些細な事だ。むしろこのままタダ飯食らいのままの方が我々としては困る」
『・・・失言、失礼いたしました。』
士官は一度咳ばらいをする。
「それで、我々共和国軍は君らを含めた有罪判決者達に対し、軍務に服する事を条件に恩赦を下す事を決定した」
『・・・それはつまり我々をー』
「オスカー、腹をくくれ。どの道俺達に選択肢は無い」
隣でコッチ少佐が肘で小突いて俺を止める。
「共和国の民全てが君達に期待している、その身を以て期待に応えてくれる事を多いに期待している。」
「・・・・・・・・・・・・・」
『・・・・・・・・・・・・・』
「我々も人の子だ、せめてもの情けで『勝利か神の下』か、それくらいは選ばせてやる」
士官達は最後に『健闘を期待する』とだけ残し部屋から出て行った。
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10月3日 深夜
カリーナ・フォン・ヴィルヘルム
前哨基地『フロイライン』 執務室
青少年団がこの基地に配属となって早3日。
その間に彼らの間で私は『母親のような上官』という存在になっているらしい。
これは今日の当番兵となっていた青少年団の兵士から聞いた話だ。
現に今日私が関わった部隊の幼き兵士達の目が着任直後の時と明らかに違っていた。
不安に満ちたものではなく、安堵や憧れに満ちた目だった。
まぁ、無理もない話だろう。
彼らとてまだ子供、母親に甘えたい盛りの者も居るだろう。
そんな彼らにとって身近な女性が私だけとあれば、私に母親を重ねてもおかしくは無い。
彼らには信賞必罰を念頭に接してきたつもりだが、それがどうしてこうなったのだろうか?
『・・・まぁ、薄汚い性欲の眼差しで見られるよりは何倍もマシだがな』
とはいえ、これが規律の乱れに繋がるのならば一度、彼らの目を覚ましてやらねばなるまい。
私はあくまで彼らの『上官』であり、『母親』じゃないのだから。
『母親、か・・・・』
私はそう呟き、自分の腹部に手を置く。
一方的に私から迫ったとはいえ、クラウスと体を重ねた。
あの夜の出来事の『結果』を知るのはまだずっと先の話・・・
その『結果』次第では私は『母親』となる。
それがとてもとても楽しみで仕方がない。
『『お母様』、出来れば貴女にも見せてあげたかった・・・私の夫となる人を。そして私達の子供、貴女の孫の顔を』
机の端にある写真立て、その中の幸せそうに微笑む母と私の写真を眺めながら私はそう口にしたが・・・
そんな思い出にふける時間は、突然鳴り響いた備え付け電話の音で終わりを迎えた。
瞬間的に一切の私情が霧散し、次のベルが鳴る頃には私はもう『軍人』だった。
『こちら『フロイライン』基地司令だ、そちらは?』
「夜分遅くに恐縮です准将、ユリウスです」
『ユリウス?こんな時間になんの用だ?』
「・・・・・・・・・・・」
受話器の向こうからためらう様な息遣い。
『聞こえてるのかユリウス?一体どうしたというんだ!?』
私の僅かに荒げた声の直後、意を決したような息遣いが聞こえ・・・
「まもなく『槍が放たれ』ます。帝国軍は夜明けと共に共和国に総攻撃を仕掛けます」
『槍が放たれる』。
その暗号は『雷の槍』作戦発令を意味していた。
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10月4日 未明
アドラークラウス
共和国軍ギルト野営地近域
まだ月が夜空高くに浮かぶ中、俺達はいつぞやの辛酸を舐めさせられた『作戦区域ベルタ』にいた。
参謀本部から『雷の槍』が発令されたのが今日、いや昨日の夜9時頃。
そこから眠りにつこうとしていた第3機甲師団の兵士を叩き起こし、わざわざ前線を超えてここまで来たのだ。
小高い丘の上に陣取り、数キロ離れた先に見えるは以前に攻撃に失敗した名も知らぬ市街地、現在は共和国軍の野営地となっている。
あそこを早急に攻略し、主要都市攻略のための橋頭保とするのが俺達の任務だ。
「中佐」
俺の乗る戦車の足元から声。見ると暗い人影がこちらを見上げていた。
「各部隊から報告です、『ファルケ隊』『フォーゲル隊』は準備を終えました。『ドロセル隊』と『ゲニッツ隊』は少々遅れてますが所定時刻までには間に合わせる、との事です」
『ご苦労、最後に準備を終えた部隊から交代で休息をとるように伝えてくれ。伝達を終えたら君も休んでくれ』
「はい、失礼します」
人影は早歩きで闇夜に消えていった。
『さて・・・俺も少し寝よう』
俺は大きくあくびをして戦車内へと入った。
もうすぐ『戦争』が再開する。
敵味方を問わずに大勢の兵士が死ぬ。
罪の無い民間人も血を流すことになる。
その中でかつての『俺』が生まれるのだろう。
『・・・これが戦争だ、悪く思わんでくれよ』
脳裏に浮かんだ『光景』を振り払うように俺は毛布にくるまった。