◎5
コトルに抱えられながら葉月は空を眺めていた。
「太陽なくなっちゃうね」
木々の隙間からみえる夕焼けはずいぶんと沈み、夜へ近づいている。夕方のアニメはもうおわっている時間、と葉月はがっくりと肩をおとす。
「うん? ハヅキは太陽が好きなの?」
「嫌いじゃないよ。コトルのお尻は柔らかいから好きだよ」
「……そ、そっか」
一瞬、コトルの体が停止し、八つ目の瞬きが多くなった。う~ん。とコトルは不思議そうに頬をかいた。
「……変わった褒め方だね。ありがとう、ハヅキ」
「どういたしまして」
赤い空がべつの色へと染まっていく。それを見てどうしてか葉月は胸がしんみりとするのに寂しさを覚えた。それから、葉月は消えた夕焼けから近くにある、八つの朱い光をじっと見つめる。
「コトルの目は赤いね。太陽みたい」
「火蜘蛛だからね。赤いよ」
「? 火蜘蛛ってなに?」
葉月よりも大きな瞳が四つ。左右のこめかみに二つずつ小さな瞳が並び、ひゅん、ひゅん、と朱い光が暗闇の中で動いている。
「う~ん」
コトルは考え込むようにいい、語尾が小さくなる。さ、と朱い八つ目が左斜め上のほうにむいた。葉月は八つ目の動きをじっとみる。
「火に強い蜘蛛だよ」
「あ! 水蜘蛛ならきいたことあるよ! 忍者がね、水蜘蛛を使って水の上を歩くの!」
「うん? ハヅキの世界には魔物はいないはずだよね?」
「? 魔物はいないけど、水蜘蛛ならあるよ!」
葉月は首をかしげ言うと、コトルは頬をかき、しばらくして何かを納得したようにうんうんと頷いた。
「そっかそっか。俺の知ってる水蜘蛛ではないんだね。俺の知ってる水蜘蛛はね。水に強くて火蜘蛛と違って目が蒼いんだよ。ハヅキ、ハヅキの知ってる水蜘蛛はどういうの?」
「水蜘蛛があれば、水の上をすいすい歩ける道具! けどね、普通の人は使えなくてね、ニンジャならできるんだよ!」
「うんうん。忍者はすごいんだね」
「そうなの! 忍者はすごいんだよ! いっつも悪い人たちをやっつけてるの!!」
「そっかそっか。ハヅキの世界ではニンジャが正義の味方なんだね」
「そうなの! それでね、すっごく強いの! 悪の上層部の悪代官の悪巧みをいっつもとめてるんだ!」
葉月は夕方のアニメを思い浮かべながら、身振り手振りをつけていうのでコトルは葉月の手が目に当たらないよう首を動かしてよけていった。話すことに夢中な葉月は気づいていない。コトルは困ったように笑い頬をかいた。
「うんうん。かっこいいんだね」
「それでね! 一番かっこいいのは紅の親友なんだよ!」
「うんうん」
「親友は悪代官の愛人の息子なんだけどね。愛人の息子だから城下町に捨てられてね。そこで紅と会ってね……」
葉月はアニメの面白い場面を思い出したのか、くすぐったそうに笑う。ゆっくりと手の動きが止まり、目がさされることがないと安心しながら
「うんうん」
つられて、コトルは微笑む。足元の影が大きくなり、木々の隙間から月が見えた。時間が流れ、もう夜だった。
「もう夜だ。太陽が休むからハヅキ、良い子はもう寝る時間だね」
「……」
そっと後ろから風が吹き、コトルの茶色の髪が揺れる。
「……」
「……あ。ハヅキ、寒く……寝てる?」
コトルは呟き、軽く首をかしげた。そういえば、とコトルの腕で抱えているハヅキが心なしか微かに重くなっていた。また風が吹き、さっきよりも冷たくなっている。コトルは数秒の間、目をふせた。