◎4
「えっ!?」
葉月は少年の言葉に驚き、少年から一歩下がる。
「珍しいよね。人間が、ましてや人間の子供が森にくるなんてさ」
そのまま、上半身も地面へとだした。いやな予感がした葉月はすぐさまコトルのもとへとしたが、それよりもさきに、ぬめり、とした感触が背中をおおう。肩にはぽたり、と水がおちた。あわてて振り向けば、少年が葉月を後ろから掴んでいた。
「きゃ!」
コトルに助けを求めようと視線をやれば、困ったように苦笑し、頬をかいている。
「人間と魔物の平和条約が結ばれてるはずだから、食べないよ」
「えー? バレないって!」
「だめだめ。それにハヅキは迷い子だから種族なんて関係なく保護しなくちゃ」
少年から逃げようとするも、腹に腕を回されていた。それでも逃げようと前にでるが、腕はびくともしない。ぐぐ、と腕を睨もうとして、葉月はその腕をみて瞬時に目を瞬かせた。
「コトル、すごいよ! 人魚の腕って鱗があるんだね」
少年の腕には葉月と同じ人間の腕に転々と鱗がまじっている。鱗かただの肌かで、部分の感触がちがう。葉月は指の腹で少年の腕を触ってみる。
「鱗ってコトルのお腹よりつるつるだね! コトルみたいにつるつるになるもの食べてるの?」
「は?」
「けど肌の色一緒だ! 人魚にも鱗あるって知らなかった!」
「あんな弱っちいのと間違えんなよ! ナーガだボケ!」
「ナーガ? なにそれ?」
葉月はくるりと振り向き、少年を真正面にみる。沼の水の臭いがして、葉月は顔をしかめた。
「ナーガはナーガだ!」
「変なの、草ついてるよ? ナーガのおしゃれ?」
葉月は言いながら、少年の髪にひっついている水草をとってみせる。水か草の性質かそれとも両方かのぬめぬめ、が気持ち悪い。葉月はとってすぐに少年の肩にひっつけた。
「ああ!?」
少年は驚き、腕が離れた。葉月はすかさずコトルのもとに急いで戻る。
「ただいま」
「おかえりなさい」
葉月はコトルのお尻の後ろに隠れ、こそ、と顔をだすがすぐに毛布のようなお尻に隠れた。葉月は少年の言葉にこわくなり、糸がでるとこに注意しながらやわらかな毛を触る。
「……コトル」
「なに? ハヅキ」
汚れちゃったね、と笑いながらコトルは指先からだした糸で葉月の体についた汚れをふきとっていく。葉月はごめんなさい、と小さくいうとにじむ視界にコトルの顔をいれる。
「コトルは私を食べるの?」
目からこぼれるものをおさえれば、葉月の視界がさらに歪む。コトルは葉月の体をふくのをやめ、困ったように頬をかく。
「ちょっとまて! 人間だぞ!? 人間喰えば強くなれんだぞ!?」
少年がなにかいっているが葉月は無視した。葉月にとってコトルの言葉のほうが重要なのだ。
「食べないよ。人間食べなくても生きてけるし」
「ほんとに?」
「うんうん、ほんとほんと。 だから早く服着よう?」
「うん!」
葉月の頬に熱いものがこぼれてい歪んだ視界が元に戻った。コトルは指先を糸のかかっている木のほうへさした。しゅるしゅる、と糸がコトルの指にはいっていく。葉月の衣類も糸につられるようにしゅるしゅると地面に落ちることなく移動している。
「どうやったらコトルの指から糸がでるの?」
「う~ん、生まれときから糸だせたし……考えたことないや。はい、服」
「そうなんだ。ありがと」
葉月はコトルから衣類を受け取ると、すぐに着る。コトルは葉月が服着るのを手伝いながら、しゅるしゅると指先から糸をだし、服を補強していった。
「とりあえず、巣に帰るか。ハヅキ、ばんざいして」
「うん! ばんざーい!」
コトルは葉月の両脇を抱えるよう……しばし考え込むと、抱っこして帰ることにした。