果たせない約束
2026年 9月21日 月曜日 10:17
「取り逃がしたとはどういうことだ!!」
自衛隊員の報告を聞き、陸上自衛隊のトップであり運命会の幹部である湯浅は自らの机に両手を叩きつけた。
湯浅の目の前には報告の為に来た士官が立っており、彼の額には大粒の汗が浮かんでいる。
「確実を期すために戦力を回したはずだぞ、それがどうして子供二人を始末できんのだ!」
「はっ、それが……子供二人の他にどうやら協力者が居たらしく……」
「協力者だと?」
「はい、それがどうやら──」
「私の姉だ」
両腕を組んだまま、壁に寄りかかっていた峰がそう呟いた。
「なに?」
「あの戦力差を覆して逃げられる奴など、この日本で私と姉上以外に居る訳が無い」
「……それは確かな情報か?」
「はっ、学園の名簿には確かに峰京子と言う名前の教師が在籍していたようです」
「リサーチ不足か、担当者はあとでXシリーズの素材行きだな」
湯浅は溜息を一つ吐くと、士官にそう一言告げ退出を促す。
士官がホッと息を吐きながら退出するのを見届けると、峰が口を開いた。
「今の士官は素材にしないのか?」
「次に失敗を報告しに来たらそうなる、お前とて例外ではないのだぞ? 最近負けが続いているようではないか」
「最低限の仕事はこなしている」
「それで満足されては困る、仕事と言うのは120%をこなしてこそ本当に仕事と言えるのだ」
偉そうに言う湯浅に、フルフェイスの兜の中で峰はうんざりした顔をした。
「老害が……」
「なに?」
「何も、それよりこれからどうする? 連中の捜索はしなくてもいいのか?」
「それは……これから考える!」
「ふん、それがお前の120%の仕事というわけか」
峰の悪態に、彼女の倍以上は歳が上の湯浅は激昂する。
「なんだと! 貴様、わたしを誰だと……!」
「湯浅陸上幕僚長、63歳。 他人を蹴落として地位を手に入れたが仕事は今一出来ない権力欲だけの男、だろう?」
「貴様!」
湯浅は懐から拳銃を抜き出し、峰に向けるが彼女は相変わらず壁に寄りかかったままだった。
「私にそんなものは効かないことは理解しているだろう、鉛玉を吐き出すよりも有効な策をその頭から捻り出したらどうだ?」
「そんなことは貴様に言われなくとも分かっている、貴様こそ何度も奴等に敗北しているくせに何を偉そうに……!」
銃口を峰に向けたまま、湯浅はそう言ってニヤリと口角を上げた。
「いや、そうか……よく考えたらお前には無理な話だったか」
「……何?」
「聞く所によればお前は一族の出来損ないだったそうじゃないか、姉に一度も勝てた事が無いとも聞いているが……それであれば奴等相手に勝てないのもしょうがない話か」
「…………」
湯浅に峰は黙ったまま、視線だけを兜の内側から向ける。
それに気づいているのかいないのか、湯浅は嘲笑を浮かべたまま言葉を続けた。
「そもそもが貴様が奴らを初回で仕留めてさえいればよかったのだ、そうすればこのような事態には……」
「ふん、確かに私があの時きちんとあの子供を仕留めていればこんな事態にはなっていなかっただろうな」
峰は視線を湯浅の向こう側にある窓の外へ向ける。
窓の外には広大な敷地が広がっており、その敷地の中では自衛隊員達が兵器の積み込みなどを行っていた。
「あぁそうだ、それも全て貴様の──」
「だが……それを言い始めるならそもそも大門司がアモンの指輪を奪われなければ良かった話だが?」
「なっ、それは……」
「奴らを利用して大門司に恭順しなかった連中を殺害し、半ばクーデターの様に国を乗っ取った訳だが……そもそもアモンの指輪さえあれば三年前に既に決着はついていた」
峰は兵士数人を乗せ、飛び立っていくヘリが視界から消えると湯浅へ視線を戻した。
「この場合は大門司が無能ということになるのか?」
「何を馬鹿な、そんなものは論点を変えただけではないか!」
「最初にそれを始めたのはお前だったと思うのだがな……」
「小娘が……!」
拳銃の引き金を引こうとする湯浅と、それを全く気にせず壁に寄りかかる峰。
今すぐにでも発砲音が響きそうな室内に、別の音が響いた。
「失礼いたします!」
ノックもせず、先程の士官が部屋に再び現れる。
焦った様子の士官は、部屋に入るなり味方に拳銃を突き付ける湯浅を見て更に困惑した表情を浮かべた。
「ゆ、湯浅幕僚長? これは……?」
「はぁ……良い、報告を聞こう」
湯浅は峰に銃を突き付けているのを士官に見られ、溜息を吐きながら椅子に座り直した。
それを見て、峰は微かに笑うと視線を窓の外へと移す。
「あ、はぁ……ではご報告します! 閼伽井誠の母親、並びに山城花の親族を捕獲しに行った部隊が全滅しました」
「全滅? どういうことだ、いや、まさか……」
「奴等か」
「はい、どうやら捕縛の寸前にどこからか現れたようで……強襲されたようです」
「やはり生きていたか、どうする湯浅?」
楽しそうに問いかける峰に、湯浅は静かな怒りを浮かべながら言葉を返した。
「直ぐに現場に向かい奴らの痕跡を探せ、今度こそ逃がすな!」
「言われるまでも無い、案内しろ」
「はっ、直ぐに!」
湯浅の命令に士官は敬礼を返すと、峰を連れて部屋を出て行った。
「デアデビルか……子供と思って侮り過ぎていたか?」
机の上で腕組をしながら、湯浅は次の策を思索するのだった。
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「母さん!」
「誠!」
二人は、互いの顔を見るや否やどちらともなく走り出すと互いを抱きしめた。
「無事だったのね誠、心配させて……」
「ごめん母さん、心配かけて」
「ううん、いいのよ……誠が無事で良かったわ」
二人は離れ、互いの顔を見ながらそう言葉を交わす。
誠の母は気丈に振舞いながらも、目には涙が浮かんでいた。
「母さん、泣いてる」
「当たり前でしょう、息子が突然指名手配されて心配しない親がどこに居るの」
そう言って、母はハンカチを取り出すと自らの目を拭くのではなく誠の目を拭った。
「か、母さん?」
「それにあなたも私の事を心配してくれていたんでしょう? ほら、誠も泣いてるもの」
母が誠の目元を拭うと、そこには確かに涙の跡が残っていた。
「……うん、心配してた」
「ありがとう、誠」
そう言って、母は笑った。
誠もまた、それにつられるように笑う。
穏やかな時間が、異界に流れていた。
「微笑ましいですねぇ先輩!
「そうっスねぇ……」
「親子の情愛と言うのは美しいものだな」
「……かもな、アタシ母親いねーからわかんねーけど」
「ま、色々あったが無事に助けられて良かったよ」
そんな二人を遠巻きに、仲間達が談笑し合う。
それに気恥ずかしさを覚え、誠は母ともう幾つか言葉を交わすと仲間の下へ歩み出した。
「あんまり見られてると恥ずかしいんだけど……」
「なんだ、そんなこと気にしてんのか? 折角久しぶりに会えたんだから成華さんにもう少し甘えてもいいんだぞ?」
「べ、別に甘えてなんか……」
「別に誤魔化さなくてもいいっスよ誠君、家族と一緒に居たい気持ちは理解できるっス」
「いや、それは……」
困った表情を浮かべる誠に、三木と古森はニヤニヤしながら近づくとそう言い放つ。
そんな男達のやり取りを女性陣は呆れた表情で見ていた。
「男というのはどうしてああなんだ?」
「バカなんだろ」
「ま、まぁまぁ……ちょっとからかう位なら可愛いじゃないですか」
呆れた様子で誠達を見る峰達に、誠の母が近づくと声を掛けた。
「あの……先ほどは危ない中を助けていただいてありがとうございました」
頭を下げる母に、峰は首を横に振った。
「いえ、やるべきことをやっただけです」
「それなら私も私がやるべきだと思ったからお礼を言っただけです、受け取っていただけますか?」
「……えぇ、そういうことなら喜んで」
峰は微笑みを返し、隣に立っていた花も顔を綻ばせた。
「それにしても、閼伽井先輩のお母さんが無事で良かったです!」
「ほんとにな、あの攻撃の中でよく無事だったよな」
「えっへん、お母さんは強いんです! なんてね?」
「いえ、本当に大したものです」
「うふふ、ありがとうございます皆さん。 でも私よりも皆さんの方が心配です、お怪我はありませんか?」
自らを心配してくれた三人に対し、母は心配そうに質問する。
だが彼女の質問に全員が首を縦に振ると、彼女は安心したような表情を見せた。
「そうですか、それなら良かったです……誰かが傷つくことは悲しい事ですから」
「やはり閼伽井の母君ですね、心根が彼とよく似ている」
「確かにそういうことアイツは言う」
「えぇ、私の自慢の息子なんです」
峰の言葉に、母は満面の笑みとピースサインを返す。
すると彼女の背後から、誠をからかい終わったのか三木が近づいてきた。
「成華さん、少しいいですか?」
「あ、三木さん。 あなたも怪我は無い?」
「怪我? あぁいや、別に大丈夫ですが……」
「そう、なら良かったわ! それでどうしたの?」
「あ、はい……いえ、こちらへ移動してくる最中にも言いましたが今は緊急事態なので別室で他の方と待機をお願いします」
三木は誠の母の質問に多少困惑しながら、別室で待機している花の家族達に合流する様に説明する。
彼の説明に彼女は頷くと、口を開いた。
「えぇ、分かってるわ。 でもその前にもう少しだけ誠と話をさせて欲しいの」
「それはもちろん」
「ありがとう三木さん、いつも私のわがままに付き合ってくれてありがとう」
「いえ、先輩ならきっとこうしたでしょうから」
彼女の礼に、三木は真顔でそう答えると道を開けた。
「誠……」
「母さん、ごめん、俺──」
「何も言わなくていいのよ、道中色々説明されたけどお母さん全く分からなかったし! あっはっはっは!」
申し訳なさそうな誠に対し、母は豪快に笑い飛ばすと彼の手を握った。
「あなたがこれから何をするのかはお母さん良く分からないけれど……きっと止めても無駄なんでしょうね」
「それは……あぁ、止めてもやるよ」
「ならしっかりやり切ってきなさい、そして……ちゃんと無事に帰ってきて、約束よ」
無事に帰ってきて、と言う言葉に誠は一瞬動揺を見せた。
だが母はそんな彼の動揺を認識しつつも、しっかりとした表情で彼の顔を見つめている。
「約束、出来るわね?」
「…………あぁ、必ず母さんの所に戻るよ」
「うん、それなら行ってよし! って行くのはお母さんの方だったわね!」
誠の真剣な表情での返事を聞き、母は笑うと彼の手を握った。
「本当に……気を付けてね誠」
「うん、ありがとう……母さん」
そして手を離すと、彼女は三木の元へ小走りで近寄るとそのまま別室へと消えて行く。
誠は彼女を見送ると、母に握られた両手を少しの間見つめていた。
「良い母ちゃんだな」
「あぁ、本当に……俺の自慢だ」
「ふん、では茶番も終わった所でそろそろ本題に入るとするか」
少しだけ嬉しそうに言う晶に、誠は頷きを返す。
すると上空よりアモンの声が響き、誠の頭上へ悪魔がとまった。
「おっ、アモンじゃねーか! テメェ今までどこほっつき歩いてたんだよ」
「どこ、か……強いて言うなら長い旅路の終着へ向けてと言うべきだが」
「あ? 何言ってんだこいつ? いや、っていうかテメェ……何かアタシと……」
「それに関しては我ではなく、マコトに聞いたほうが早いな」
アモンの言葉に訝しげな表情を向ける晶。
それを見て、誠はその場に居る全員を見ると彼等に聞こえるように言った。
「…………皆に言わなきゃいけないことがあるんだ」
「何か重たい話のようだな」
「え、え、な、何かすっごいことなんですか先輩!?」
「あー、それなら三木さんが戻ってきたら別室で今後についてのことも交えながら話するっスか」
「……お願いします」
何かを察したような表情をする古森に、誠は頭を下げる。
その一連の流れの中で、晶だけが己の内に芽生えた一つの疑問に対する恐怖や葛藤が綯交ぜになった表情を浮かべていた。




